決戦兵器

第442話 戦機

「大丈夫ですか?アイシャさん」 


 そう言って誠はカウラのスポーツカーの後部座席に座るアイシャを振り返った。


「駄目、死ぬ、あーしんど」 


 そう言ってアイシャは寮の食堂から持ってきた濡れタオルを額に乗せて上を向いている。隣ではその様子を冷ややかに眺めているかなめがいた。


「どうでも良いけど吐くなよ」 


 そんないつもなら誠にかけられる言葉をかなめから受けて、アイシャは熱い視線を助手席の誠に投げる。見つめられた誠は思わず赤くなって前を向いて座りなおす。


「自己管理のできない奴が佐官を勤めるとは……どうかと思うぞ」 


 減速しながらカウラがつぶやいた。目の前には司法局実働部隊のゲートが見える。


 誠から見ても明らかに警備体制は厳重になっていた。いつもならマガジンを外した警備部の制式小銃のAKMSを下げている歩哨が巡回することになっているが、普段は歩哨など立てずに警備室でカードゲームに夢中になっている警備部員達である。


 それが重装備の歩哨はもちろん、いつの間にか警備室の前に土嚢を積み上げて軽機関銃陣地までが設営されていた。


「なんだ?戦争でもはじめるのか?」 


「違うわよ。これからシャムちゃんを首領にして篭城するのよ。猫耳の世界のために」 


「なんだそれ?」 


 くだらないやり取りをしているかなめとアイシャを無視してカウラはそのまま近寄ってきたヘルメットをかぶっている警備隊員に声をかける。


「例の件か?」 


 誠はここで思い出した。嵯峨の専用機『カネミツ』。シャムの専用機『クロームナイト』。ランの専用機『ホーン・オブ・ルージュ』。この本当の意味でのアサルト・モジュールの名前に足る三機の搬入作業が昨晩行われていたことを。


「まあ、そんなところですよ。しかし、フル装備での警備なんて。重いし……冬でもこれじゃあ暑くって……」 


 兵士はそう言って苦笑いを浮かべる。ゲートが開き部隊の敷地に入るが、明らかにいつもと違う緊張感が隊を覆っているのを感じる。


「お望みの緊張感のある部隊の体制だ。優等生には最高なんじゃないのか?」 


 かなめのあざけるような笑顔が見える。アイシャはそれどころではないという表情で濡れタオルを折りたたんでいる。誠の目に駐車場の一番手前でジャッキアップしてすべてのタイヤを取り外した乗用車を囲んでロナルドと技術部の兵士達が談笑しているのが目に入った。


 手を上げるロナルドが見えた。さすがに吹っ切れたというように、昨日のまとっていた絶望的な雰囲気は消えていた。そのままカウラは数台先に車を止める。


 かなめに急かされて誠は助手席から降りた。満面の笑みでそれを見つめるロナルドが見える。そのつなぎには油がしみこんでおり、周りに照明器具まで用意されているところから見て一晩中彼が愛車の調整をやっていたことを意味しているように見えた。


「よう、元気そうだな」 


 昨日のロナルドからは想像もできないような笑顔に後部座席から降りたばかりのかなめも複雑な表情を浮かべていた。


「どうです?吹き上がりは」 


 かなめの言葉に満面の笑みでロナルドは運転席に乗り込む。フロントをむき出しのまま彼はエンジンをふかす。


「いい吹け具合じゃねえか。がんばったねえ島田も」 


 そう言いながら狭い後部座席で今にも吐きそうなアイシャを目にしていたかなめは大きく伸びをする。


「本当にいい仕事をしてくれたよ。俺が留守の間にサードパーティーでも俺が目をつけてた部品をそろえていてくれてさ。そしてすでにくみ上げ前の再調整までしてくれていたんだ。本当にいい仕事をしてくれる男だよ」 


 軽快に回っていたエンジンを止めてロナルドはにこやかに笑いながら誠達を見つめる。それに対してアイシャは迷惑そうに濡れタオルで頭を冷やしながら見つめる。


「なんだ、クラウゼ少佐は飲みすぎか?何事も程々がいいぞ。じゃあ、彼等も仕事があるだろうから……」 

 

 ロナルドは島田の側近の技術下士官に目をやる。そのまま彼等はロナルドに敬礼すると走ってハンガーに向かう。


「元気がいいねえ。どうだ、アイシャ!見ていくだけ見ていくか?カネミツとか」 


 かなめは先頭に立ってにこやかな表情でハンガーに向かう。アイシャは仕方がないというようにそれに続いた。


「ああ、ベルガー大尉。後で……」 


「ガソリンエンジン搭載車の特性でも聞きたいんですか?じゃあ昼休みにでも」 


 一度話し出したらとまらないような様子のロナルドをやり過ごしてカウラはそのままかなめ達の後に続いた。


 三つのコンテナがハンガー前のグラウンドに並べられていた。ハンガーからは冬の豊川の気温をはるかに下回る冷気が流れ出して白い煙のように見えていた。先に歩いていたかなめはハンガーの中を覗き込んで少しばかり困惑したような表情を浮かべていた。


「おい、カウラ……」 


 同じく立ち止まったアイシャを制止するとかなめはカウラに目をやる。誠とカウラはそのまま二人のところまで歩いていった。


「これは?」 


 誠の痛い機体を先頭に司法局実働部隊の保有するアサルト・モジュールが並んでいたが、先日まで嵯峨の四式改、シャムの05式特戦乙型、ランの07式特戦に変わり、はじめてみる機体が並んでいた。特に目を引いたのは調整を終えて装甲を装備している『クロームナイト』や『ホーン・オブ・ルージュ』よりも奥。関節部のアクチュエーターなどを露出している嵯峨の『カネミツ』の姿だった。


 腕と膝からは動力ピストンを冷やすための冷気が滝のようにこぼれてきている。さらにいつもならこんな時間には実働部隊の詰め所で音楽でも聴いているはずの吉田が、コックピットに伸ばしたコードをつけた調整用の端末を操作しているさまが異常に見えた。


 誠達を見つけた吉田は迷惑そうに目を逸らした。その動作に気がついたのか、コックピットに引っかかっている大きな塊が振り向く。


「おう、おはよう」 


 それは法術技術担当士官のヨハン・シュペルター中尉だった。その肥満体が身を小さくして何やら携帯端末を叩いていた。


「どうですか!調整の方は!」 


 膝から下の装甲板の取り付け作業で響く金属音に負けないようにとカウラが大声を張り上げる。


「まあ、なんとかなりそうだ!」 


 ヨハンも叫ぶ。それを無視して吉田は作業を続ける。


「こんな物騒なもの。よく同盟上層部が運ぶ許可を出したな」 


 階段を上りながらかなめがつぶやいた。昨日少しばかりカネミツの運用記録を見てみたが、ほとんど冗談のような戦績に誠は苦笑いを浮かべるしかなかった。


 出撃時に100パーセントの確立で撃墜を記録している。それは切り札的に使われた決戦兵器の宿命かもしれない。被弾率がほぼ0に近いのは慎重派の嵯峨がパイロットを勤めていれば当然の話と言えた。だが、一回の出撃の撃墜数の平均が10機を越えているのは明らかに異常だった。


「叔父貴も本気になったのかねえ」 


 階段を上りながらも目はカネミツを眺めていたかなめがそう言った。決して笑っていないその目に誠は寒気を感じる。


「おう!ついに来ちまったな」 


 そう言って階段の上で待っていたのは嵯峨本人だった。どうにも困ったことがおきたとでも言うような複雑な表情の嵯峨。誠達はそれに愛想笑いで答える。


「おい、よく三機もオリジナル・アサルト・モジュールを引っ張り出すなんてよく許可が出たな。どんな魔法を使ったんだ?」 


 駆け上がったかなめの言葉に嵯峨は訳が分からないというように首をひねる。そしてしばらくかなめの顔を見つめた後、気がついたように口を開いた。


「ああ、押し付けられたんだよ。実際維持費だけでも馬鹿にならない機体だ。遼南も東和も管理する予算が出ないということでな。それで俺のポケットマネーで何とか維持しろと言われて届いたわけだ。まあ輸送に関する費用はあちら持ちだけどな」 


 嵯峨はあっさりとそう言った。国防予算に明らかに円グラフの一部を占めるほどの維持コストのかかる機体の導入。誠がちらりと管理部のオフィスを見れば、机に突っ伏しているように見える高梨の姿が見えた。


「さすが領邦領主としては最大の規模の嵯峨家というところですか」 


 カウラはそう言うと作業が続くカネミツを見下ろしていた。


 嵯峨家は胡州四大公家の一つ。泉州を中心としたコロニー群を領邦として抱え、そこからの税収の数パーセントを手にすることができる富豪の中の富豪と言える。その当主の地位は今は第三小隊隊長のかえでの手にあったが、嵯峨本人は泉州公として維持管理の費用が寝ていてもその懐に入る仕組みになっていた。


「ったく……面倒なものが来ちまったよ」 


 嵯峨はそう言うと口にタバコをくわえてハンガーに降りていった。


「本気で言ってるのかねえ……」


 そんな嵯峨を見送りながらかなめはハンガーを見渡しながらそうつぶやいた。

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