第365話 時すでに遅く

「遅かったじゃないか」 


 突然の人の声に銃口を向けた誠の先には嵯峨が着流し姿で立っていた。明らかに不機嫌そうな顔でタバコをくわえている。


「隊長……?なんで?」 


 カウラはすぐに嵯峨の足元に人が縛られて転がっているのを見つけた。


「隊長、この人は?」 


「ああ、この基地の総責任者の三上中佐だ。ちゃんと挨拶した方がいいぞ」 


 そう言う嵯峨の手には日本刀が握られている。それを見ると警戒していたかなめは狐につままれたように呆然と立ち尽くした。


「なんだよ、叔父貴は知ってたのか」 


「知ってたというか……ラン」 


「は!」 


 嵯峨のにごった視線がランを捕らえると彼女の小さな体が硬直したように直立不動の姿勢をとる。


「お前がついているから安心していたんだけどなあ……こりゃあちょっとまずいぞ」 


 そう言うと嵯峨は抜き身の愛刀『長船兼光』を転がっている指揮官の首に突きつけた。


 嵯峨はタバコを再び口にくわえて、足元の三上と言う指揮官を軽く蹴飛ばす。


「コイツに話を聞こうと思ったんだけどさ。まあ記憶が消されてるみたいでまるで話のつじつまが合わなくてさ。お前さんら完全にマークされてるな、研究の指揮を執っている奴に。やられたよ」 


 嵯峨の言葉にかなめの顔が硬直する。


「じゃあこっから先の情報は……事件の糸は切れたわけですか」 


 そう言いながらランは銃口を下げる。


「ぷっつんだな。それにこんだけ派手に動いたんだ。相手もかなり警戒することになるだろう。一声、俺に話しとけば何とかできたかもしれねえが……まあ、もう終わったことだ」 


 いつの間にか外の銃声が止んでいた。そしてフル装備の茜達の陽動部隊が入ってきた。


「ああ、お父様」 


 明らかに茜の声は沈んでいた。察しのいい茜である。この場所に来るまでの景色でこれまでのすべての誠達の行動が無駄に終わったことを理解しているように見えた。


「茜。なんなら安城さんに頭下げるか?機動隊の情報網ならなにか引っかかるかもしれないぞ」 


 嵯峨の言葉に茜は首を横に振った。いつも物腰が柔らかい茜にしては珍しい意固地な表情に誠は驚いていた。


「機動隊に頼めば確かに発見できる可能性は上がりますが、あちらの任務は非法術系の捜査活動に限定されているはずですわ。法術にからむ犯罪は私達の……」 


「そうか。まああちらは俺達と違って暇も無いだろうしな。なら俺も手伝ってやるか」 


 そう言うと嵯峨は立ち上がる。頭を掻いてそのまま誠に近づくと嵯峨は手を伸ばした。


「なんでしょう?」 


「端末」 


 嵯峨の言葉に誠は銃のマガジンが刺さっているベストから端末を取り出して嵯峨に手渡す。


「茜、あんまり期待しないでくれよ。俺も神様じゃねえから、情報網の幅が広いのはそれだけ人生を積み重ねてきただけ……出た」 


 その嵯峨の言葉に茜とランが画面を見ようと飛び出して頭をぶつけてそのまましゃがみこむ。


「あのなあ、逃げたりしないから……ほい、拡大」 


 そう言うと嵯峨は端末の画面を拡大してみせる。


「ゲルパルトの退役軍人支援団体ですか」 


 島田が画面に映る凝ったフォントが踊るサイトの表紙を見つめている。嵯峨はそれに入力が出来ないはずのパスワードを打ち込んで次の画面へと進む。


「オデッサ?」 


 茜が頭をさすりながら画面を見つめる。『ネオ・オデッサ機関』。ゲルパルトの戦争犯罪人として追われている人物達の互助会と言うことで誠も名前を聞いたことがあった。


「叔父貴、ずいぶんと大物が釣れたじゃないか」 


 目を見開くかなめだが、嵯峨は表情を一つとして変えることが無い。


「ああ、こいつらは関係ないよ。裏は取ってある」 


 そう言うと嵯峨は画面を検索モードに戻す。明らかに遊んでいる嵯峨の態度にかなめが拳を握り締める様を誠はひやひやしながら見つめていた。


「最近巷で話題の地球人至上主義を唱える連中が動き出したにしては早すぎるし、あいつ等にしてはこれまでの証拠を並べてみれば抜けてるところが多すぎる。今回の件に直接は顔をだすかどうか……」 


 嵯峨は相変わらず濁った眼で画面を見つめている。彼の足元に転がっている三上と言う名の遼南指揮官は恐怖におびえながら嵯峨の表情を伺っている。


「まあ連中は金は持ってるからな。でも技術はあまり無い。顔が効く範囲で当たってみたんだがやはり、同盟厚生局が噛んでるって所までは当たれるんだけどねえ」 


 そう言うと嵯峨はサラと並んで立っている島田に目をやった。


「?……隊長?」  


 島田が見つめられて自分の鼻に指を当てる。それを見て嵯峨は満足げにうなづいた。そしてそのまま転がっている指揮官に目をやるランに声をかける。


「同盟厚生局はマークしてるんだろ?ならそっちを調べな。ここにいても時間の無駄だぞ。俺は島田と話があるんだ」 


 剣を収めた嵯峨は島田の肩を叩くと廊下を進む。ランは何かを悟ったようにかなめの脇を小突いた。仕方なく不思議そうな顔の島田は嵯峨に続いて廊下に消えた。


「西園寺、司令官殿を連行しろ。サラ、手伝え」 


「でも……」 


 島田が連れ出された出口を見つめるサラだが、鋭いランの視線に導かれるように口から泡を吐いている三上と言う司令官の肩を支える。


「じゃあ、撤収だ」 


 ランはそれだけ言うと銃を背負って歩き出す。カウラもアイシャもそれに習うようにショルダーウェポンを背負う。階段の途中で外で爆音が響いているのに気づいた。


「早速隊長の顔が効いた訳だ」 


 ランは振り返ると部下達に乾いた笑みを投げかけた。そしてそのまま急ぎ足で階段を上りきり施設の出入り口を開ける。


 輸送ヘリから次々とラベリング降下してくる兵士が目に入る。駐留軍の兵士達が次々と黒ずくめの降下してきた兵士達に武装解除される光景が目に

入ってくる。


「ラン!」 


 一人降下した装甲車両の脇で部下からの報告を受けているような女性指揮官が誠達を見つけて手を振っている。誠は苦笑しながら歩いていくランを見つめていた。ランの知り合いらしい女性部隊指揮官は余裕のある表情で時折引きつった笑みを浮かべるランと話し始めた。


「あの人……なんか見たことがあるような……」


 誠はそう言ってカウラとかなめを見た。


「遼南皇家の映像が頭に残っているんだな。ムジャンタ・ライラ中佐か。つまりこの部隊は……」 


「遼南帝国第一山岳レンジャー連隊ってことになるな」 


 かなめの言葉に緊張が走る。弱兵で知られる遼南軍だが、一部の驚異的な強さを誇る部隊が存在することで知られていた。シャムが最初に軍で配属された禁裏守護特機隊、通称『青銅騎士団』は最強のアサルト・モジュール部隊として知られていた。そして目の前で次々と降下し展開する山岳レンジャー部隊もそんな遼南を代表する特別急襲部隊として恐れられる組織だった。


 ランから一通り説明を受けたようで自信に満ちた笑みを浮かべながらライラは誠達に向かって歩み寄ってきた。


「おう、紹介しとくぞ。コイツが遼南第一山岳レンジャー連隊の連隊長のアルバナ……」 


 ランがそこまで言ったところで茶色い地が鮮やかな戦闘服の女性士官がランの頬をつねった。


「クバルカ中佐?その苗字は去年の話でしょ?」 


 にこやかに笑いながらランの頬をつねるだけつねると安心したように敬礼をする。


「遼南第一山岳レンジャー連隊、連隊長のムジャンタ・ライラ中佐だ!」 


 その言葉に誠達は整列して敬礼する。


「ムジャンタ姓……遼南皇家と言うことは……」 


 誠はライラの顔の記憶はあったが皇帝ムジャンタ・ラスコーこと司法局実働部隊隊長嵯峨惟基との関係までは覚えていなかった。


「うちの隊長の弟の娘さん。つまり姪御さんだ」 


 つぶやいた誠の耳元でカウラがささやく。


「やっぱり身内で固めるんだなあ、あのおっさんは。それでこの状況の説明は?」 


 そう言いながらタバコに火をつけようとしていたかなめに、明らかに殺気を込めた視線を送るライラに、思わずかなめの手が止まる。


「それについては説明させてもらう。指揮車まで来てもらおう」 


 ライラはそのまま部隊展開の報告をしようとする部下を待たせて誠達を装甲車両の中へといざなった。


「あのー、警視正……」 


 誠は遅れて歩き出した茜に声をかけた。そのいつも自信にあふれていた表情がそこには無かった。青ざめたような、弱弱しいような。そんな茜の姿に誠はその肩を叩いていた。


「私のせいで……」 


「うじうじすんなよ!間違いなくここで研究が行われていたのは確かなんだ。少なくともここを引き払うのにかかった手間と時間の分だけ被害者を減らすことが出来たんだ」 


 ランが入り口で茜を一喝する。ようやく気づいた茜が指揮車の後部にある司令室に歩き出した。

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