捜査権限

第364話 急襲

 その日の深夜。誠は一人、自分用にキムがカスタムしてくれたサブマシンガンを抱えて、路地裏のごみの山の陰で待機していた。


 東都租界、同盟軍第三基地。東都駐留遼南軍の駐在基地は目の前に見える。魔都と呼ばれる東都租界の住民達もさすがに表立って軍の施設に近づくのは気が引けるようで、基地の入り口でたむろする警備兵以外の人の気配は感じなかった。


『なんだよ、敵兵が起きてるぞ。遼南軍の見張りは眠いと眠るんじゃないのか?』 


 感応通信でかなめが愚痴る。光学迷彩を使用して待機している彼女の姿を当然ながら誠は見ることが出来ない。


『都市伝説をあてにするとは、腕が鈍ったんじゃないですか?』 


 裏口からの襲撃の機会をうかがっている島田の声が響く。正面部隊への対応の指揮はラン、カウラとかなめ、そして誠が攻撃を担当する。裏門の対応には指揮は茜。それにラーナとサラ、島田が待機していた。


「寒いですよマジで」 


 そう愚痴る誠だがそこに不意に光学明細を解いたかなめが現れて驚いて銃を向ける。


「おい、物騒なの下げろよ」 


 実地偵察を終えて帰ってきたかなめは、誠を押しのけると後ろでライフルを抱えているランに声をかける。


「緊張感はゼロだ。あの衛兵達、規則どおりに銃の薬室には弾が入っていないみたいだぞ」 


 そんなかなめの言葉にランは右手を上げた。影を静々と進む誠達。警備兵達は雑談を続けるばかりで気づくわけも無かった。


 直前、30メートル。衛兵達はまだ気づく様子は無い。ランに二回肩を叩かれたかなめは光学迷彩を展開する。


 衛兵達の談笑が突然止まる。眼鏡の衛兵の首をぎりぎりと何かが締め付けていた。話し相手をしていた色黒の伍長が驚いたように銃に手をやるが何者かの足がそれを蹴飛ばす。


「今だ!」 


 ランの声を聴くとカウラは突入する。カウラがベストから取り出した薬剤を警備兵の顔面に散布すると彼等はそのまま意識を失った。


「さて、結果はどうなるのかねえ」 


 そう言いながら光学迷彩を解除してかなめは基地のゲートをくぐる。同時に裏手からも発砲音が響き始める。


「向こうも始まった。西園寺、先導を頼むぞ」 


 ランは呆然と窒息して倒れこんだ警備兵を見下ろしていた視線を引っ張り上げて立ち上がる。正門の警備兵が倒されているが、裏門の派手な銃撃戦に気を引かれている基地の兵士達は寝ぼけた調子でとりあえず護身用の拳銃を手に裏門へ走っている様が見える。


「撃つなよ神前。アタシ等は見つかったら作戦中止だ」 


 先頭を歩いていたかなめが振り返る。誠は大きくうなづいた。隊舎の建物の裏手、影の中を誠達は進む。遭遇する敵兵はいない。


「茜もやれば出来る子なんだな」 


 かなめは皮肉のつもりでそう言うと影の中を確認しながら裏の武器庫の隣をすり抜けようとする。


「誰だ!」 


 武器管理を担当しているような感じの士官が拳銃を向けているのが誠の目にも入った。しかし慌てずにかなめはそのまま士官の手に握られた拳銃を蹴り落とす。そしてすぐさまサバイバルナイフを手に士官を締め上げた。


「眠ってろ」 


 かなめは士官の口に薬剤のスプレーをねじ込むと噴射する。意識を失う男を確認すると、そのままラン達を引き連れて隣の別棟にたどり着いた。


「さあて、どんなものにお目にかかれるかねえ」 


 軽口を言いながら飛び出したかなめは歩哨を叩き伏せて入り口の安全を確保した。


 かなめはホルスターから抜いた拳銃を握って建物の内部に突入する。誠も続くが人の気配はまるで無かった。


「一本道か」 


 脱出口を確保しようと銃を構えるカウラだが、その建物の長く続く廊下を見て進むかなめに続いた。


「おかしくねーか?」 


 最後尾で警戒するランの言葉が真実味を帯びて誠にも響いた。そして倉庫のような扉を見つけたかなめが誠を呼び寄せる。誠はサブマシンガンの銃口の下に吊り下げられたショットガンの銃口を鍵に向けて引き金を引く。


 轟音の後、すぐさま鍵の壊れた扉を蹴破りかなめが室内に突入する。


「空だな」 


 ランの言葉がむなしく何も無い部屋に響いた。かなめはすぐさま部屋を飛び出しそのまま廊下を進む。地下へ向かう階段で先頭を行くかなめは、手を上げて後続のラン達を引き止めた。


「誰かいるな」 


 誠はその言葉にショットガンの装弾を行うが、冷ややかなランの視線が目に入る。


「気づかれたらどうするんだ?」 


 陽動部隊の派手な銃撃音が響く中それは杞憂かもしれないと誠は口を尖らせるが、カウラはそれを見て肩を叩くとゆっくりと下へ向かうかなめの後ろに続いた。明らかに人の出入りがあった建物だった。埃も汚れも無い階段。そして避難用のランプも点灯している。


 そして地下の入り口のシャッターにたどり着いたかなめはポケットから聴診器のような器具を取り出すと壁に押し付ける。


「間違いねえ。人がいるぞ」 


 そう言って誠の顔をかなめは見上げる。誠はシャッターの横の防火扉の鍵にショットガンの銃口を向け引き金を引く。そのままかなめが体当たりで扉から進入、それにカウラとランが続く。誠もその後に続いて赤い非常灯の照らす部屋へと入った。


「これはやられたな」 


 ランがつぶやく。誠もその言葉の意味を理解した。


 廊下には紙の資料が散乱していた。実験資材と思われる遠心分離機が銃で破壊されて放置されている。床にはガラスと刺激臭を放つ液体が広がり、明らかにすべての証拠を抹消した後のように見えた。


 すべてが水泡に帰した瞬間だった。

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