第366話 強権

 指揮車の中ではオペレーターが数名手馴れた調子で端末を操作していた。


「わが国の駐留軍の部隊員は非番の隊員以外は全員身柄を拘束しました。非番の隊員も東都警察に手配して身柄を拘束する体勢はほぼ整っていると言えます」 


 手前にいた女性オペレーターはライラに立ち上がってそう報告するとすぐに座って端末の操作に戻る。山岳連隊隊長ムジャンタ・ライラ中佐は静かにうなづきながら奥の席に腰をかける。


「自己紹介が中途半端だったな。私が遼南山岳部隊隊長ムジャンタ・ライラ……」 


「ちなみにバツイチだ!」 


 ライラの言葉をさえぎってかなめが突っ込みを入れる。明らかに殺気の込められた視線がかなめに突き刺さる。怒りを鎮めるべく大きな深呼吸をした後、ライラは鋭い目つきで誠達をにらみつけながら話を始めた。


「法術師の違法研究の容疑でこの基地の部隊の幹部。同盟厚生局の課長級の職員の手配を済ませて現在、その行方を遼南の特命憲兵隊が捜索中だ。よって、これからのこの事件の捜査権限は同盟軍事機構が引き継ぐことになる。これは同盟加盟国首脳の判断だ」 


 突然のライラの言葉に誠は絶句した。かなめもカウラも呆然と立ち尽くしていた。誠がアイシャを見ると、彼女は後ろを向いていた。


 そこには口を開けたままライラを見つめている茜とその脇で立ち尽くすラーナの姿があった。


「そんな横暴です!それに……」 


「捜査権限を軍や憲兵隊に任せるのは不安だと言うんだろ?しかし、司法局は嵯峨警視正に人的支援をするわけでもなく、情報開示の権限も制限して捜査をさせてきたわけだ。そんな甘い体制ではこの事件の解決には程遠いと同盟上層部は判断したのだろう。だからこれからは私がすべてを引き継ぐ」 


 ライラの声明にかなめの顔に怒りの表情が浮かんだ。


「ライラの姐さん。叔父貴に復讐したいからってやりすぎだぞ。それに同盟首脳の電話会議の結論は姐さん達もこの捜査を独自に進めると言う内容だった。アタシ等が捜査を止めようが続けようが同盟機構は関知しないって話だったはずだな」 


 そのおそらくは同盟首脳の電話会談とその後の実務者会議の議事録でも覗き見たのだろう。かなめの言葉は断定的で、その表情は挑戦的なものだった。誠はただかなめとにらみ合うライラを見つめていた。


「かなめ。お父様の仇を討つのは諦めたって何度言ったら分かるんだ?」 


 急に事務的で無表情に見えたライラの顔が厳しくなる。


「仇?」 


 誠のつぶやきにかなめが大きくうなづく。


「そう!このオバサンは遼南内戦で色々あって親父のムジャンタ・バスバを実の兄であるあの叔父貴、嵯峨惟基に斬られてるんだ。そこで……」 


「つまらない話は止めろ!」 


 ぴしゃりと言い切るライラだが、明らかにその表情は動揺しているように見えた。 


「西園寺。関係の無い話は止めろ。それにアタシ等は喧嘩をしに来たんじゃない」 


 ランの一言でようやくかなめとライラのにらみ合いが終わる。そしてライラは言葉を続けた。


「私の部隊の派遣には同盟機構や東和国防軍の正式な要請によるものだ。それに司法局実働部隊隊長の意見書つきの推薦も得ている」 


 ライラの言葉に後ろで立っていた茜がひざから崩れ落ちた。


「警視正!」 


 ラーナが表情の冴えない茜を支えた。隣ではベストから気付け薬代わりのブランデーの入ったフラスコを取り出すサラの姿もある。


「終わりにしろ?冗談は止めてくださいよ」 


 突然指揮車に乱入してきた足音に車内の全員が振り向く。そこには真剣な目つきでライラをにらみつけている島田の姿があった。


「正人……」 


 サラが驚いたように視線を島田に向ける。いつもなら薄ら笑いを浮かべて黙りこんでいる島田の強気な姿勢に、かなめもカウラも黙って彼を見つめていた。


「島田准尉。これは上層部の決定だ。もう君達は上層部の信用を失っている」 


「上の連中の言葉に従えって言うわけですか?またまた冗談言われちゃ困りますよ」 


 ライラの言葉を斬って捨てた島田は平然とランを差し置いてライラと向かい合う席に腰を下ろした。


「法術系研究施設への取り締まりは司法局実働部隊と法術特捜にのみ許された事項のはずですよ。一同盟加盟国の司令官の掌中に収めていい事件ではないはずですが?」 


 そう言って詰め寄る島田を黙ってライラは見つめていた。


「それに今回は多くの東和国の国民が被害にあっているわけだからこそ法術関連事件の捜査経験のある我々が……」 


「それは貴様の感情の問題だろ?我々の関知するところではない」 


 ライラは明らかにいらだっているように島田を見つめていた。島田はため息をつくと誠を見つめた。


「そう言えばコイツの護衛を頼んだときは同盟の上層部はだんまりでしたね」 


 島田は誠を指差してにんまりと笑う。そんな島田の言葉を聞くとようやく振り返って部下に指示をしていたライラが振り向いた。


「それは近藤中佐の決起が予想以上の早さだった為にこちらの準備が整わなかった事情がある」 


「そんな言い訳聞きたいわけじゃないですよ。だったらなぜ今回動くんですか?隊長からの出動要請は前回もあったはずだ。それを今回は動いて前回は無視。何か上層部で……」 


「黙りたまえ!」 


 島田の言葉にライラはようやく感情的に反応した。だがそれを見てこの捜査の責任者である茜が立ち上がった。少しばかり青い顔で黙っていた茜はようやく状況が頭の中で整理できたというように凛として立ち上がる。


「ライラお姉さま。同盟からの指示が何かは私は存じ上げませんわ。そちらの捜査はご自由にお続けください。ですが私達も捜査は続行します。たとえ同盟司法局が捜査停止を指示してきても私達は動かせていただきますわ」 


 茜はそう言うとサラに支えられるようにしてそのまま指揮室を出た。


「アイツは見ていると心配だからな。アタシも従うつもりだ」 


 かなめの宣言にカウラとアイシャはライラを一瞥して指揮車を出て行った。取り残されたというように一人立ち尽くしていたラーナもライラに敬礼して出て行った。


「神前曹長。あなたはどうされるおつもりですか?」 


 腹を立てていてもおかしくない状況だがライラは朗らかな笑みを浮かべていた。


「僕もこの事件は最後までつき合わせてもらうつもりです!」 


 そう言い切る誠に満足げな表情でライラはうなづく。それを見ると誠もはじけるようにして指揮車を飛び出した。

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