第345話 ジャングルライス

「じゃあ全員得物はそろったわけだな」 


「こいつのはいいんすか?」


 ランの声に手を上げてラーナをかなめが指差す。


「ああ、カルビナ巡査の銃は以前から対法術師装備だ。それじゃあ各員準備して会議室に集合な」 


 そう言ってランは部屋を後にしようとする。


「別に準備とか……」 


「神前。カウラが制服じゃまずいだろ?一応捜査なんだから。それに場所が場所だ」 


 確かに今のカウラは東和軍の勤務服である。しかも租界の付近の廃墟の街の住人が軍服を見れば何を勘繰られるかわからないことくらい誠にも想像がついた。


「大丈夫だ。ちゃんと平時の服も更衣室に用意してある」 


 そう言うとハンガーへ向かう誠達と別れてカウラは女子更衣室に消えていく。


「それじゃあ……って何かすることあるのか?ちび」 


 かなめの言葉に振り返ったランは明らかにあきれ果てたと言うような顔をしていた。


「一応オメーも勤め人だろ?詰め所で端末の記録を覗くくらいの癖はついていても良いんじゃねーのか?」 


 そう言ってランはそのままとっととハンガーへ向かう。


「言い方を少し考えろっての。なあ」 


 かなめはそう誠に愚痴ってその後に続く。ハンガーはやはり重鎮である明華がいないと言うことで閑散としていた。


「銃は受け取ったんで……じゃあ、俺はロナルドさんの車を……」 


そう言って走り去ろうとする島田の肩をランがつかんだ。


「仕事中だろ?着替えたら会議室に直行だ」 


 振り向いて叫んだランの言葉に島田は肩を落とす。サラは微笑んで彼の肩を叩いた。


「ふざけてないで行くぞ!」 


 ランに引っ張られるようにして皆はそのまま階段を上がる。ガラス張りの管理部の部屋の中では先月までのシンに代わり、管理部部長として赴任した文官の高梨渉参事官が菰田を立たせて説教をしていた。


「島田。なんならアタシがアイツと同じ目にあわせてやろうか?教導隊じゃあアタシも平気で二、三時間説教するなんてざらだったぞ」 


 ランの言葉に苦笑いを浮かべた島田は、そのまま早足に実働部隊の待機室を通り過ぎて会議室に向かった。


「冗談の分からねー奴だな」 


 そう言いながらランを先頭に部屋に入るとなぜか全員の机にマグカップが置かれていることに誠が気づいた。誠は何気なく中を覗き込んでその中にうごめく白いものを見つめて口を押さえた。


「なんですかこれ……!」 


 誠が手にしたマグカップの底に三匹の大きな芋虫がのたうっていた。


「あ!みんなお土産だよ!」 


 シャムの元気のよい言葉にカウラとかなめも自分の机に置かれたマグカップの中を覗き込む。


「マジかよ……」 


 そう言ってかなめは得意げなシャムをにらむ。カウラはそのまま引き返して着替えの為に廊下へ出て行った。


 誠はしばらく時間が止まったように固まった後、おっかなびっくりカップの中を覗く。そこでは相変わらず芋虫がのたくっている。


「ゾウムシの幼虫ねえ……なんでこんなものがあるんだ?」 


 自分のカップから白くてやわらかい芋虫を取り出すと、かなめは一口でそれを食べてしまった。その姿に誠は冷や汗をかく。


「ええとね、遼南の山岳レンジャーの隊員がこの前の訓示のお礼だって!遼南を離れて寂しいだろうから遼南の味を覚えていてくれって!」 


 元気良く答えるシャムを見て誠は再びマグカップの中を覗き込んだ。


「まあ見た目があれだが食えるぞ」 


 そう言うとランも芋虫を口に運ぶ。誠は恐る恐る再びカップを覗き込んだ。


「ゾウムシ……」 


 奥で珍しそうにカップを覗いていた、第三小隊小隊長でかなめの妹の嵯峨かえで少佐は、かなめの芋虫を食べる光景を見てこわごわ口に運んんだ。かえではそのままその噛まずに飲み込むには少し大きい物体を一気に飲み下そうとする。だがそれが喉に詰まったのか、すぐに立ち上がると誠を押しのけて廊下へ飛び出した。その様子を見ていた部下の渡辺要大尉もそれに続く。


「ああ、これはリョウナンオオゾウムシの幼虫ですよ」 


 遼南出身と言うこともあり、第三小隊の三番機担当のアン・ナン・パク軍曹は芋虫をつまんで普通に口に運ぶ。誠は次第に握っていた手に汗が出てくるのを感じていた。


「もしかしてこれがレンジャーの主食の虫ですか?」 


 ようやく誠もそれが何かを理解した。


 遼南中央部の密林地帯で一ヶ月間のサバイバル訓練を行う遼南レンジャー部隊。遼南で他国から戦力に数えられている数少ない部隊と呼ばれる彼等と同じメニューの訓練。その厳しい生活を送ったことを示す遼南レンジャー章は遼州同盟各国の兵達の憧れだった。そのサバイバル訓練では食料の自給は欠かせない課題となる。


 そうなると当然、健康を維持するために安定して口に入る動物性たんぱく質が必要になることになる。そしてそのたんぱく質の源が目の前の虫だった。


「やっぱり食べなきゃ……駄目なんですよね」 


 すがるように声を絞り出すのが誠の精一杯だった。


「駄目だよ、誠ちゃん。大きくなれないぞ!」 


「ちっこい奴が何言ってんだか」 


 かなめの茶々にシャムが頬を膨らませる。誠はそのほほえましい光景を見ることもできずにじっとマグカップの中でうごめく虫を見つめていた。


「部品が足りないが……まあ急ぐものじゃないさ……おう、来てたのか」 


 先ほどまで駐車場で自分の車に夢中だった第四小隊長のロナルド・スミスJrが、第四小隊の隊員ジョージ・岡部中尉とフェデロ・マルケス中尉を連れて入ってきた。その顔は誠達が駐車場で見たとき同様、歓喜に満ち溢れていた。むしろ子供のようにはしゃぐ上官に呆れたような表情を浮かべる部下二人が不機嫌そうな顔に見えた。


「ああ、ロナルドさん達の分もあるから」 


 満面の笑みのシャムの言葉にフェデロは何か面白いものをもらえたのかと思って、自分の席に置かれたマグカップを覗いた。その表情はすぐに嫌悪感が煮詰まったようなものに変わる。


「ジャングルライスだ」 


 フェデロの吐き捨てた言葉に岡部も顔を曇らせる。


「良いじゃないか、ジャングルの米。慣れれば恋しくなるものだぞ」 


 そう言うと相変わらず上機嫌のロナルドは自分の机の上のマグカップからすぐに芋虫を取り出して口に運ぶ。そして景気良く噛み砕いてすぐに飲み込んでしまった。


「ナンバルゲニア中尉。やはり今は季節じゃないみたいだな」 


「そうだね。春先のゾウムシが一番おいしいんだよ。あれ? 誠ちゃん。食べないのかな?」 


 ロナルドのそばから今度は自分のそばへ歩いてくるシャムに誠は思わずうつむいた。確かに子供にしか見えないシャムだが、遼南内戦における歴戦の勇士であり、最強のレンジャー指揮官の異名をとる彼女である。断ることが出来ないことはわかっているので一番上の少し弱った芋虫にゆっくりと誠は手を伸ばした。


「いいです!食べますよ!」 


 誠はそう宣言して口に芋虫を放り込む。


 しばらくはざわざわと口の中をうごめく感覚で口をふさぐことが出来ない。無理やり口を閉じて押しつぶす。それでももぞもぞと動く感覚が口の中に広がる。


「大丈夫か?顔が青いぞ」 


 かなめの声も聞かずにひたすらかみ締めて、ようやくぐちゃぐちゃになったものを喉の奥に押し流した。


「すまん遅れた」 


 スタジャンに着替えたカウラがそう言いながら詰め所を覗き込んだ。待っていたかのようにシャムがカウラを見てニヤニヤと笑った。かなめとロナルドは再びカップの中から芋虫を取り出し食べ始めた。その様子を見ながら岡部とフェデロは苦い表情を浮かべていた。


 そして明らかに絶望した顔の誠がいた。


「神前どうしたんだ!」 


 すぐに駆け寄るカウラだが、誠の手の中のマグカップを見て納得した。


「そう言うことか……」 


 カウラの頬が引きつっている。


「そう言うことだ。なに、意地悪じゃねえぞ。あくまで鍛えてやっただけなんだから」 


 カウラの言葉にかなめは浮かれた調子で最後の芋虫を口に入れて机の端末を開いた。


「まあさっきから神前と西園寺の様子を見てると、アタシにはいじめにしか見えなかったけどな」 


 そう言うとランは机の上の端末の確認作業を終えて椅子から飛び降りた。


 そこに死に掛けたような表情のかえでが帰ってきた。


「大丈夫か?嵯峨少佐」 


 ランの言葉にただ青い顔をして表情を失ったままかえではうなづく。


「かえで様、ご気分は……悪いようですね」


 そう言いながら渡辺がかえでの背中を心配そうにさする。


「それじゃあ、会議室。いくぞー」 


 その様子を苦笑いを浮かべながら一瞥すると、ランは一言言って部屋を出て行った。


「あれ? カウラちゃんは食べないの?」 


 シャムの言葉にカウラに視線が集まる。


「それはお前へのプレゼントだ」 


 シャムにそう言ってカウラは素早く部屋を出て行く。


「逃げやがったな」 


 かなめはその有様を見ながらにんまりと笑って、まだ嗚咽を繰り返している誠の肩を叩いた。


「やっぱり……食べなきゃ良かった」


 誠はそう言って食堂を逆流してくる半分消化された朝食と芋虫の残骸を無理やり飲み込んだ。

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