第311話 ドッグファイト
「大丈夫ですよね」
誠は気づいた。自分の言葉に懇願するような響きが混ざっていることに。だが、カウラは首を左右に振ると誠を先導するように通信の地点へ機体を進める。
『まずいわね。回り込んだのがいるわよ。5機。動きが早いから西モスレムからの義勇兵でも乗ってるかもしれないわ』
画面の中で珍しく神妙な顔をしたアイシャが親指の爪を噛んでいるのが目に入った。
『仕方ないわ。クバルカ中佐!』
『わあってるよ!まあベルルカン内戦がらみの条約だとかは嵯峨の隊長に任せることにして、こっちはアタシがひきつける!カウラと誠はそのまま進撃しろ!』
誠の機体のレーダーで輸送機の護衛に回っていたランがすさまじいスピードで降下していた。
「凄い……」
『感心している場合じゃないぞ!』
カウラの声と目の前が爆炎に包まれるのはほぼ同時だった。そして誠の頭にズキンと突き刺さるような痛みを感じる。
「法術兵器?炎熱系です!」
カウラの機体も炎に包まれていた。誠はすぐさま干渉空間を展開しようとする。
『力は使うな!たかだかテロリスト風情に私が遅れをとるわけがないだろ!』
「でも!」
誠はそれ以上話すことができなかった。モニターの中のカウラのエメラルドグリーンの瞳が揺れている。
『行け!神前!』
ランが敵の遊撃部隊と接触しながら叫んでいる。
「じゃあ!行きますから!」
誠はそう叫ぶと警備部の派遣部隊から出されている信号に向けて機体を加速させた。
「やっぱり付いてくる……二機」
誠は自分の機体の武装を確認する。両腕が法術兵器でふさがっている以上、本体の固有武装に頼るしかなかった。ミサイル系ならば旧式のM5ならどうにか対抗できるが、05式と一つ世代の違うだけのM7に出くわせば目くらまし程度の効果しか期待できない。
「逃げおおせればいいんだ」
自分に言い聞かせる誠だが、明らかに全身の筋肉が硬直していくのを感じている。そして視線はレーダーの中で接近を続ける二機の敵アサルト・モジュールの信号に吸いつけられた。恐怖。心はその言葉で満たされて振り回される。
「やっぱり無理ですよ……僕には……」
アイシャに聞かれているにもかかわらず誠は自然にそうつぶやいていた。
『そうね、そんなに心が弱いようじゃこれから生きていくのも難しいかも知れないわよ』
いつもと違う冷たいアイシャの言葉に誠の頭の中で言葉がはじけた。それは通信システムを通して発せられたものではなかった。
「アイシャさん!」
誠は叫んでいた。
『言いすぎだぞ!アイシャ。神前!アタシは信じてるからな!お前の根性見せてみろよ!』
次に響いたのはかなめの声だった。誠は我に返り、モニターでも捉えられるようになった二機のM5の姿に視線を移す。
『やれるはずだ。お前は私達の希望だからな』
カウラの声に誠は口元をぎゅっと引き締めた。
「格下相手ならこれで十分!」
三人の言葉に誠の心に火がつけられた。むやみにレールガンを乱射するM5の弾道はすべて誠が無意識に形成していた干渉空間にはじかれる。
「こっちも丸腰じゃないんだ!」
雄たけびと同時に誠は全ミサイルを先頭に立つM5に向けて発射した。
ミサイルは一斉にM5を捉えてまっすぐ突き進んでいく。方向を変えようとしたM5の上半身に降り注いだミサイルの雨に形も残さないほどに砕け去る。僚機を失って残りのM5はひるんでいるのが誠の目にもわかった。レーダーに映る少し離れた敵影はかなめ、カウラ、ランの活躍により次第に数を減らしていく。
『誠ちゃん!早くして。予定時刻より1分以上遅れているわよ!そして目を見上げてみて!』
誠が爆炎の中から視線を持ち上げると漆黒の荒涼とした山並みの中に光のサインが見える。
「一気に行きますよ!」
そう言うと誠は法術非破壊砲のバレルを展開させながら一気に山を一つ飛び越え、ビーコンを出して着陸地点を確保している警備部に合流を果たした。
誠は山並みに機体を無事に着陸させる。いつもの危なっかしい着陸を見せられている警備部の面々は、そんな誠に賞賛の拍手を送った。タクティカルベストに小銃のマガジンを巻きつけた兵士達の笑顔も、誠の痛い機体のコックピットの中のモニターに映っている。すぐさま誠はコックピット座席の後部からキーボードを引き出し、模擬戦で何度と無く叩いたコードを入力していく。
「効果範囲ビーコン接続作業開始!法術系システムを主砲に充填開始!必要時間……2分!」
同じく警備部の誘導でカウラの機体が着陸する。
法術兵器の出力ゲージが臨界点に近づいていく。だが、これで三度目と言う射撃の効果範囲は最大300kmと言う範囲である。演習場での範囲が30kmだったところから考えればそれは明らかに広すぎる範囲だった。
「ヨハンさんも認めてくれたんだ。行ける!いや、やるんだ!」
誠は静かにつぶやく。足元では警備部の見慣れた隊員達が向かい側の稜線に向けて射撃を開始していた。
『すまない神前。また渓谷沿いに待機していた敵アサルト・モジュールが起動したとの連絡だ……』
「大丈夫ですよ、カウラさん。僕は一人でやれますから」
レーダーを見る余裕も誠にはなかった。それどころか次第に全身から力が吸い取られていく感じに誠は戸惑っていた。それは目の前で赤く輝き始めた法術兵器の銃身に命が吸い取られていくような感覚だった。
カウラは警備部が射撃を続けている山並みから現れたアサルト・モジュールに向かってエンジンをふかす。
『やばいわよ、あれは遼南帝国軍の機体!おそらく反政府軍に寝返った機体よ!まったく本当に役に立たないどころか邪魔以外の何者でもないわね、遼南は!』
『そんなことははじめから分かってたことだろ?アイシャ!降伏した遼南軍のデータをよこせ!』
アイシャとかなめのやり取りも、今の誠には他人事のように感じられた。遼南軍の弱さは誠も知っている遼州ジョークのひとつだった。だがそんなことを考える余裕は誠には無かった。
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