第312話 必殺の一撃

 目の前の制圧兵器の砲身が赤く輝き始める。そこから発射される思念介入粒子にすべてをかける。誠に今できるのはそれだけのことだった。


「エーテル波正常。アストラルリンク、第四段階までクリアー!」 


 誠はただ何も見えない空間に伸びる銃身だけに神経を集中する。カウラの表情が誠のモニターの中で歪んでいるのがわかる。彼女を苦戦させる敵に誠は一瞬レーダーに目をやった。そこに光るのは遼南軍のアサルト・モジュールの識別信号を出している敵機だった。


『パルチザン化か!まったく遼南軍にはプライドが無いのか?』 


『いまさら何を言っても仕方が無い!あと少し……』 


 カウラの刺のある言葉、かなめが祈るようにつぶやく。誠の視線は臨界点に近づきつつある法力ゲージに視線を移した。


「カウント!テン!ナイン!エイト!セブン!……」 


 誠はカウントを開始する。機体と自分が一体になっていることを感じていた。砲身は血を思わせる暗い赤色から次第に灼熱の鋼のようなまぶしい赤に色を変えつつあった。もう止められない。誠はそう思いながら精神を集中する。


『範囲指定は完璧よ!行け!』 


 アイシャの言葉に誠は目の前の地図に浮かぶビーコンの位置に精神をさらに高揚させる。次第に目の前の空間が桃色に光り始め、そこからあわ立つように金色に光る粒が地面からあふれ出てくる。


 そこに突然光りだす地表から生えてきたとでも言うように黒いアサルト・モジュールが姿を現したのに誠は叫びを上げるところだった。先ほど起動したと言う遼南から反政府軍に寝返った機体。法術対応型の証の様に干渉空間を展開しながら一気に誠の機体に距離を詰めていく。司法局実働部隊の05式と同じようなフォルム。そして動きの切れはM7などとは違い明らかに最新世代のアサルト・モジュールの動きだった。


 さらに近づくたびに肉眼でも見える干渉空間を展開している敵は、M7などを改造した取ってつけた法術対応型のなどではなく、遼南正規軍配備の最新の機体であることを示していた。


『なんだと!新型?07式?聞いてないぞ』 


 通信機からかなめの声が響く。だが、誠はすでに法術非破壊兵器の発射体勢に入っていた。


『神前!』 


 かなめが叫ぶ。


『誠ちゃん!』 


 アイシャの悲鳴。


『神前』 


 カウラは言葉を飲み込んだ。


『間に合え!』 


 遊撃隊の撃退に成功したランは一気に機体を誠達めがけて降下させていた。


 誠の目の前で07式がサーベルを振り上げて向かってくるのが分かった。


 だが、誠は操縦棹の先の法術兵器の起動ボタンを押すこと以外何もできなかった。


「行けー!」 


 誠の叫びと共に目の前の赤く光る空間を炎が飲み込むように周囲を真っ赤に染める。進んでくる敵機も、足元の警備部の兵士達もすべてが赤く染まる。それだけではなかった。逆流するように誠の機体の後ろにも赤い炎は広がり、旧式のM5やM7の動きが引きつったように大きく跳ね上がった直後に力なく地面に倒れこんでいく。


 だが、目の前の07式は一瞬ひるんだだけで、赤い炎の中を誠に向けて突き進んできている。サーベルが振り上げられ、誠はただ砲身を抱えたままでそれを受けるしかないように思った。


 だが、不意にその07式がコントロールを失ったように足をもつれさせた。次の瞬間、コックピットの中から破裂するように装甲版がめくれあがり、そのまま誠の機体を避けるように倒れこんで動きを止めた。


『炎熱系の法術で内部から撃破したのか?何者?』


 07式にたどり着いたかなめがつぶやく。


 誠はそのようなことを無視してひたすら指定範囲に効力が発生するように機体のバランスを保った。そして地図上の効果範囲は次第に赤く染まり、それがすべてを多い尽くした時、次第に法術兵器の砲身はその赤いきれいな光を弱めて行った。


 闇夜が赤く染まる。全周囲コックピットの大半を赤いやわらかい光が多い尽くした。


『これが……』


 カウラはそれだけ言うと口を一文字にかみ締める。モニターの中のかなめもアイシャも驚いたように口を開けていた。


「ふう……」 


 ようやく終わった。そう言うように誠はシートに体を預けてため息をついた。そして同時に着陸して敵機の07式の隣でライフルを構えているランの07式に目をやった。


「クバルカ中佐……」 


『言いてーことは分かるよ。07式を仕留めた法術師がどこかで見てるってはなしだろ?だがそれは今はアタシ等の仕事じゃねーんだ』 


 ランも気づいていた。誠が目の前に07式を見つめた時、明らかにその機体を捕捉している法術師の気配を感じていた。その力の感覚は先日アイシャと喫茶店でお茶を飲んだ時に感じた法術師の雰囲気と似すぎていた。


『そんな悠長なこと言ってられるのかよ!普通じゃねえぞ!こんなところでわざわざ法術を使うなんて全うな市民のすることじゃねえ!テロリストかなんだろ。すぐに追っ手をかけてだなあ』 


『西園寺大尉!とりあえず目の前の仕事に集中!速やかに当該地域の敵勢力の排除しなさい』 


 アイシャの声が高らかに響いた。かなめは画面の中でサイボーグ用のゴーグルを無理やりはがして頬を膨らましている。誠もかなめの気持ちが痛いほど良くわかった。


『指揮官殿の命令だ。抵抗する勢力の排除と敵の07式を回収が私達の任務だ』 


 淡々とした調子でカウラがかなめに命じる。


『カウラちゃんは甘いわね。まあいいわ。すでに『高雄』はこの空域に進行中よ。積荷は食料と医薬品など、これから法術兵器の効果で倒れたあらゆる人命の救助を担当することになるわ。法術兵器の効果についてはすべての観測地点で十分なアストラルダメージ値を観測しているから、私達の仕事はこれで終わり。そのデータの調査はシュペルター中尉のお仕事だもの』 


 アイシャはそう言うとそれまでの緊張した面持ちから変わって、柔らかい視線を誠に向ける。


『本当にこれで終わり?なんだかあっけないな。それに実際の効果が出てるかどうかは見てみないと分からねえんじゃねえのか?』 


 すでにタバコをくわえているかなめを見ながら誠も頷いていた。


『ああ、それなら大丈夫よ。サラが一目でわかるデータを送ってくれたわ。見る?』 


 アイシャはそう言うと画像を一枚転送してきた。


 そこに写っていたのは地面に大の字になり失神する技術部整備班長島田正人准尉の姿だった。周りの部下達は倒れて泡を吹く上官の顔に落書きをしている。


『あの馬鹿、実験してみるとか言って干渉空間遮断シェルターから出てモロに誠ちゃんの攻撃を受けてみたみたいなのよ』 


 アイシャが呆れたように笑う。かなめは二枚目の画像で真正面から捕らえた島田の表情がつぼに入ったのかタバコを吐き出して笑い始めた。誠もあとで確実に告げ口されるだろうとは思いながら、いつもはクールな兄貴を気取っている先輩の島田の間抜けな失神した顔に声を上げて笑い始めていた。


『任務完了!第二小隊撤収!』 


 安堵したような笑顔を浮かべているカウラの一言に誠は敬礼をした。

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