第260話 冷蔵庫
昼飯を終えると誠は『冷蔵庫』と呼ばれている電算室にいた。目の前の空間に浮かぶ画面は二分割され一つは先ほどの戦闘が、もう一つはランに提出を求められた戦闘時における対応のレポートが映し出されていた。
「誠ちゃん」
後ろの声をあえて無視して誠は作業を続けていた。もうすぐ定時である。とりあえずレポートを書き終わった誠はランに指定されたフォルダーにそれを保存すると伸びをした。
「あのね、誠ちゃん」
誠はそのまま自分の肩を叩いて戦闘の様子が映し出されている画面を見つめていた。
「誠ちゃんってば!」
さすがに誠も耳元で大声を出されて後ろを振り返ってしまった。そこにいたのはシャムである。
別に彼女がここにいるのは不思議なことではない。グレゴリウス16世の小屋の材料費。勤務中の整備班員が勝手に近くのホームセンターで買い集めた部品を請求されたシャムが、吉田の入れ知恵でそれを厚生費でまかなうことにしたようで、そのデータの入力の為にシャムはこの部屋に入ってきていた。
シンに正式な経理書類を作成するように言いつけられてシャムは、その書類に必要事項を入力した。管理部の書類作成は原則特殊なプロテクトがかかった専用システムでの入力が義務付けられており、閉鎖環境の端末がない実働部隊の机では対応できずにシャムがここに来るのは至極当然と言えた。
だが、彼女が着ている着ぐるみが誠に彼女を見ないようにという意識を植え付けた。シャムの着ぐるみは誠が配属されてからすでに二つ増えていた。
情報統括責任者である吉田のアバウトな性格から、この電算室は一種の無法地帯となっていた。テーブルにはかなめが読んでいた野球の専門誌や、アイシャのBL漫画が散らばっている。部屋の端に落ちているバイクのサスペンションのスプリングは島田が置いたのだろう。他にも整備員の私物と思しきモデルガンやラジコンのプロポまで転がっている。
そんな部隊員の私物や雑誌が放置されている冷蔵庫の中で、シャムの着ぐるみは異彩を放っていた。その中でも今日初めて着ると言う緑色の着ぐるみは異質だった。
最近、オリジナルキャラらしいものにはまったシャムは、わけのわからないデザインの緑色の着ぐるみを着て誠を見つめていた。
誠は正直何も言いたくなかった。
それはもうなんだかよくわからない姿になっていた。サボテン人間か苔に寄生されたオランウータンか、ともかく誠の知識や理解の範疇から逸脱した奇妙な緑色の塊と化した存在。しかし、上官であるシャムを無視するのも限界に達した時、都合よく電算室の扉が開いた。
「神前、終わったか?」
そう言うと手に缶コーヒーを持ったかなめが現れた。脂汗を流してじっとしている誠に向けてかなめは真っ直ぐ歩いてくる。
「ご苦労なことだな。カウラももうすぐ着替え終わるだろうからこれでも飲んでろよ」
そう言うとかなめは誠に缶コーヒーを手渡した。
「かなめちゃん!」
「ああ、そう言えばアイシャの奴はパーラの車で出るって言ってたから待たねえで良いってさ」
「かなめちゃん!」
「それにしてもオメエ、結構がんばって……」
「かなめちゃん!」
「うるせえ!!」
無視を決め込んでいたシャムの顔を掴むと、かなめはその右耳を引き出してその耳元に怒鳴りつけた。さすがにこれにはシャムも参ったとでも言うように、右耳を押さえてその場にうずくまった。
「そんなにしなくても聞こえるわよ……」
シャムが涙目で答える。だが、かなめもこの異様な格好をしている小学生もどきを一瞥すると何もいえなくなって目を逸らした。
「あ!私のこと馬鹿だと思ってるでしょ?」
叫んだシャムにかなめはまた目をやった後、すぐに誠に視線を移す。
「アホが伝染るとまずいから行くか」
そう言ってシャムを置いて立ち上がった誠を連れ出そうとするかなめに追いすがる為に、シャムは必死で着ぐるみを脱ぐ。ビリッと布が裂けるような音がした。
「ああっ!かなめちゃんがせかすから!」
涙目のシャムをかなめはちらりとのぞいた後、廊下に出た誠にあわせるようにして冷蔵庫にシャムを置き去りにした。
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