第212話 再会する親子

「凄いですね、西園寺さん」 


 かなめが言葉の主の誠を見てみれば、感動したとでも言うような顔がそこにあった。


「ちょっとした教養って奴だ。こういうことも役に立つこともある」 


 それだけ言うとかなめはあまさき屋のある方向に向かってアーケードの下を歩き出した。


 花屋の隣は締め切られたシャッターが二つ続いた。


「結構寂れてるんですね」 


 誠は辺りを見回す。およそ二軒に一軒は夕方のかき入れ時だというのにシャッターが閉められている。ただ通るのは近くに住んでいるらしい老夫婦や、裏手の工業高校の男子生徒の自転車くらいだった。


「駅前の百貨店とかにかなり客を取られてるからな。ここらだと車を持っているのが普通だから、郊外の量販店なんかに行くんだろ」 


 吉田が淡々とそう答える。


「でも僕の実家の辺りなんか商店街結構繁盛してますよ」 


「それはテメエの家の辺りは下町じゃねえか。それにお太子さんもあるくらいだから観光客もいるぞ」 


 あちこち見ながら歩いている誠をせかすようにかなめがそうつぶやいた。


「でも隊長がなんか商店街の会長さんとなんかやるつもりだって言ってたよ」


 シャムの声に思い出したようにかなめはシャム見つめる。明らかに忘れられていたような態度を取られてシャムは頬を膨らます。 


「そう言えばオメエはこの先の魚屋の二階に住んでるんだったな。叔父貴の奴、またくだらないことでも考えてるのか?」 


 かなめは頭をかく。アーケードが途切れ、雲ひとつ無い夏の終わりの空が赤く染まろうとしていた。


「よう、また俺の話でもしてたの?」 


 突然の声に四人が左を向いた。作務衣を着て扇子を持った嵯峨がそこに立っている。その後ろには昼までの和装と変えて白いワンピースに白い帽子を被った茜が立っていた。


「別に……なあ!」 


 かなめが誠の顔を見つめる。


「そうですよ。それより良いんですか?その様子だと早引きしたみたいですけど」 


「吉田の。お偉いさんの俺等の評価は知ってるだろ?どうせ仕事なんて回ってこねえよ」 


 軽くいなすようにそう言うと嵯峨は歩き始めた。


「どうした、先行くぞ」 


 嵯峨は立ち尽くす四人を振り返る。四人はともかく歩き始めることにした。


「あれだな、東和軍の幕僚とやりあったのか?」 


「当たり。何でも遼南の法術師の初期教育に法術特捜名義で東和軍から法術適性がある隊員をまわしてくれって頼んだのを断られて……」


 吉田の言葉に茜は振り向いて答える。目が合った誠は愛想笑いを浮かべた。


「オメエ等の出張もそれで決まったわけだな」 


 かなめの言葉に吉田は大きく頷いた。


「以前から話は来てたんだがね。要するに俺らで遼南軍の筋の良さそうなのに唾つけて司法局に引っ張ろうって魂胆だ。隊長もただでは起きないって言うかなんと言うか」 


 そう言いながら吉田はちらちら振り返ってくる嵯峨に照れたように頭を掻く。銭湯の煙突に隠されていた夏の終わりの太陽が六人の顔を照らし出した。あまさき屋の暖簾がはためいているのが目に入る。


「じゃあ行くぞ」


 誠達の話題が尽きたのを確認すると嵯峨は歩みを速めながらそう言った。

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