第211話 フラワーアレンジメント

 住宅街に伸びる細い道が途切れ、アーケードが続く商店街に車はたどり着いた。白いワイシャツがまぶしい部活帰りのような高校生の自転車の車列が見える。宅配便のワゴン車が通り過ぎるのを確認すると、吉田はそのままメイン通りを右折した。かなり寂れた商店街である。郊外型大型店の人気は豊川でも例外ではなかった。


『平河花店』と書かれた看板の前で吉田のワンボックスは止まった。


「ちょっと俺は車置いてくるわ」 


 シャム、かなめ、誠が下りるのを確認すると、吉田はそのまま車を走らせた。


「またここか」 


 かなめはそう言うと店の中に入った。名前の工夫の無さに比べて、店内は比較的明るく、つい最近改修されたばかりという雰囲気だった。


「いらっしゃい……ってシャムちゃん!また来てくれたのね」 


「へへへ。来たよ」 


 店の奥から出てきた若い女主人はシャムの頭を撫でていた。しかし、視界にかなめが入ると、彼女は少し緊張したような表情を浮かべた。


 かなめは冷蔵庫の中の花を一つ一つ確認するように見つめている。


「今日はどう言った花をお探しで……」 


 おどおどとした調子で女主人がかなめに話しかける。かなめはその言葉を軽く受け流すようにうなずいた後、店中をくまなく眺めた。


「花の保管方法は教えてやったようにしたんだな」 


 かなめはそう言うと女主人の方に目をやった。


「ええ、保存温度も西園寺さんのおっしゃるとおりにしましたから」 


 その声を聞くと笑顔を浮かべたかなめが冷蔵庫の薔薇の花に手を伸ばした。


「これが商品になるのは今日までだな。まずはこれを頼む」 


 かなめが手に取った黄色い薔薇を女主人に手渡す。


「これなんてどうでしょうか?」 


 女主人はその隣にある豊川市の花でもある赤い百合を手渡した。少しばかりかなめの頬に皮肉めいた笑みが浮かんだ。女主人もそれを感じているのか、手が震えている。


「色の取り合わせとしては悪くねえが、二つも目玉を持たせるのはどうもねえ。こっちの白いのなら脇で締まって見えるようになるんじゃねえか?」 


 そう言うとかなめは冷蔵庫の隅にまとまって置かれていた白い小ぶりな百合を手に取った。誠はかなめと女主人のやり取りから目を離してシャムのほうを見た。


 シャムはじっとひまわりの花とにらめっこをしている。誠は再び視線をかなめ達の方に向けた。


 かなめと女主人は相変わらず話し込んでいる。ここ数日はかなめの部隊では見れない一面を見ることが多かった。胡州帝国の名家のお嬢様と言う生まれ、そのことを皮肉るような殺伐とした部屋、そして花を選ぶ時の真剣な目つき。


「気に入ったのか?シャム」 


 ようやく花束が一つ出来上がったところでかなめがシャムのほうを見た。


「これ良いよね」 


 そう言いながらシャムが笑みをこぼす。


「オメエも選んでみるか?」 


 そのかなめの言葉にはじかれたように、シャムが店の中の花達を物色し始めた。


「よう、先生。お気に召すモノでも有ったのか?」 


 自動ドアが開いて現れた吉田の顔がほころんでいる。


「まあな。明華の姐御は手を抜くと見抜くからな。それなりのものが出来たと思うぜ」 


 そう言うとそのままかなめはシャムのほうに歩み寄る。


「ひまわりを目立つようにしたいんだろ?だったら桔梗はこっちの落ち着いた色の方が映えるぞ」 


「そうなんだ。じゃあこれをつけてと!」 


 シャムはうれしそうに花を選んでいる。女主人は包み終わった花束を吉田に渡す。吉田はカードで支払いを始めた。


「オメエの頭の中みたいだな」 


 かなめはシャムの手に握られたひまわりのインパクトが強い花束をひまわりが映えるように並べ替えて女主人に渡す。


「そっちの会計は自腹な」 


 会計を済ませた吉田の一言で、シャムの表情が泣きそうなものになった。


「そうだろ?それシャムが持って帰るんだから」 


「ったく度量がないねえ。高給取りなんだから払ってやれよ」 


 目じりを下げてかなめが吉田を見つめる。仕方ないと言うように吉田はまたカードを取り出す。花屋の女主人は再び花束を作り始める。


「いつものことながら見事なもんだねえ」 


 手にしているかなめの選んだ花束を吉田が感心したように見つめる。かなめはさもそれが当然と言うように自動ドアから街に出た。誠はその姿を見て慌ててその後に続いた。

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