第210話 姐御の婚礼話
下っていくエレベータ。シャムが不安そうに眉間にしわを寄せているかなめの顔を見る。
「ああ、そう言えばシャム。花屋寄ってかんとまずいだろ」
「そうだよ!そのためにもかなめちゃんのところに来たんだから!」
吉田とシャムがかなめのタレ目を覗き込む。
「何が言いたいんだ?」
エレベータの扉が開く。すばやくその間を抜けて歩き始めたかなめが吉田達に振り向いた。
「聞いてないのか?」
「だから何をだよ!」
そうかなめが言い放つと、困惑したように吉田とシャムが顔を見合わせる。
「タコの奴、ようやく腹を決めたんだわ」
それだけではわからない。誠はその言葉の意味が分からず茫然と吉田の顔を覗き込んだ。
「来年の六月にね、同盟司法局本局の
一瞬の沈黙。マンションの自動ドアを通り過ぎた地点で、かなめはようやく意味が聞き取れたと言うように立ち止まった。本局付きで、クバルカ・
ランの前任の司法局実働部隊副隊長だった明石清海中佐、そして技術部部長で司法局実働部隊の実力ナンバーワンの許明華大佐。その二人の名前を思い出し誠はようやく納得したようにうなづいた。
「姐御が……マジか?」
吉田を見つめるかなめ。誠は呆然と吉田達を眺めた。
「嘘ついてどうするんだよ。シャム、カウラには連絡したろ?」
シャムが吉田を不思議そうな顔で見つめている。吉田は頭を抱える。
「そう言うことは早く言えよ!それで渡す花束のコーディネートをアタシに頼もうってんだろ?」
ようやく納得がいったとでも言うようにかなめは目の前に止めてあった吉田のワンボックスカーのドアを開けた。
「吉田。重要なことはシャムに任せるんじゃねえよ。それにしても、暑いなあ。ったくクーラーくらい付けろっての!」
そう言うとかなめは石油エネルギー全盛期の地球製と思われる吉田の古いクーラーの無いワンボックスカーの後部座席に座り込む。
「夏は暑いから夏なんだよ!我慢しなきゃ!」
助手席のシャムは平気な顔をしている。一方でガムを口に放り込んでエンジンをかける吉田も平然としている。誠は噴出す汗を感じてすぐに窓を全
開に開けた。吉田の趣味らしく電子音が揺れているようなポップな音楽が大音量で流れる。
「花屋に任せりゃあ良いじゃねえか。それとも何か?アタシに指導料でもくれるのか?」
音楽に負けない程度の声でかなめが叫ぶ。
「同僚だろ?それに西園寺流華道家元の娘らしいことしてくれても罰は当たらないんじゃないか?」
そう言うと吉田は車を出した。
「それにこいつ。ほっとくと花とか食うからな」
「酷いよ俊平!アタシそんなもの食べないよ!」
シャムが口をとがらせて抗議する。誠は苦笑いを浮かべて様子をうかがっていた。市の中心部へと向かう大通りに入り込んだ車は、吉田の的確なハンドルさばきで次々と先行する車両を抜き去る。
「そう言えばパーラが華道やりたいとか言ってたぞ。教えてやれよ」
吉田がそれとなく振り向く。かなめは無視してそのまま車窓を眺めている。工事中の立体交差の大通りを前に左折し、裏道に入る。少しすすけたよ
うな旧市街の町並みが続く。
「しかし、タコの奴心境の変化でもあったのかね。独身主義者とか言ってただろ?」
開け放たれた窓からの風に前髪を揺らしながらかなめがつぶやく。
「まあ俺はあいつのプロポーズがいつになるか楽しみだったんだけど、アレは無いよなあ……」
吉田の口から漏れたその言葉に、かなめとシャムが食いつくように目を向けた。
「先に言っとくぞ。明石の旦那は一応俺の上司だ。あいつの不利になるようなことは言わねえからな」
「勿体付けんなよ。吉田のことだからカメラ仕掛けるとか盗聴器しかけるとかしてよく知ってるんだろ? 教えろよ」
かなめが運転している吉田の頬をぺたぺたと叩く。目を輝かせているシャムが黙って吉田を見つめる。
「だから、たいしたことは無いんだって!」
そう言うと車がすれ違うには難しいような細い路地へと吉田は車を向かわせる。
「まあいいか、どうせ叔父貴が言いふらすだろうからそっちから聞くわ」
そう言うとあきらめたようにかなめは後部座席で思い切り伸びをした。
「もう少し粘ったら教えてやったのにな……」
吉田の言葉にかなめは一瞬後悔するような顔をした後、思い直したように視線を車の進行方向に向けた。
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