めでたい飲み会

第213話 祝いの席のセッティング

「なんだ、来てたのか」 


 暖簾をくぐると嵯峨がそう言った。誠が店の中を覗くと、すでにさしつさされつ日本酒を飲み交わしている遼州司法局実働部隊技術部長許明華大佐と同じく司法局監察官明石清海中佐の姿があった。


「すみません。ワシ等先やらしてもらってますわ」 


 明石はもつ煮をつつく。少しばかり酔いに頬を染めて、照れ笑いを浮かべる明石を明華が見つめた。


「あのなあ。お前等が先に来てたら吉田の気遣いが無駄になるじゃねえか」 


 そう言うと吉田の手にしている花束を奪ってかなめに握らせた。


「許大佐。婚約、おめでとうございます」 


 後ろから見ても確かに黒いタンクトップにジーンズのかなめとはいえ令嬢の雰囲気を漂わせる彼女が花を握れば絵になった。誠も思わず顔をほころばせる。その様子を一瞥しながら少し照れるように明華が花束を手にする。


「ありがとう。西園寺、アンタが選んだでしょ?相変わらずみごとなものね」 


 明華が受け取った花束の香をかいでいる。


「お前等が一番に着いたのか?」 


「ちゃいますわ、アイシャ達が一番に来て小夏を連れて、なにやら上で仕掛けとるみたいです」 


「それで準備が出来るまで飲んでろって言われたわけか……それで酔っぱらってたら意味ねえじゃねえか」 


 嵯峨はテーブルの上の三つ置かれた二合徳利を眺めた。


「じゃあ俺等はどうしましょうか?」 


 吉田が嵯峨に目配せをする。


「まあ、こいつ等と第四小隊以外は上がっても大丈夫なんじゃないの?」 


 そう言うと嵯峨はそのまま奥の階段を上り始める。


「ちょっと新さん」 


 厨房から出てきた春子が呼びかける。タバコに取り出しかけた手を置いた嵯峨が振り返る。


「こっちにあるビールのケース。運ぶの頼んでも良いかしら?」 


 そう言われると嵯峨は吉田に目配せをした。吉田はシャム、かなめ、そして誠の頭を軽く叩く。


「ああ、吉田さんと誠君が来てくれれば大丈夫よ」 


 春子の指名で目を見合わせた吉田と誠は、カウンターをすり抜けて厨房に入る。


「そこに二ケースあるでしょ?それを上に運んでもらえるかしら?」 


 言われるままに吉田は冷えたビールのケースを持ち上げる。誠はそれに付き合うようにその下のケースを持った。


「今日はメインは何ですか?」 


「牛のもつ焼きよ。何でもスミス大尉が大の好物なんですって」 


 春子はそう言うと宴会の仕込みに取り掛かった。


「アメリカ産の癖に妙なもん食うんだな」


 そう言う吉田を先頭に、あまさき屋の狭い階段を上り始めた。


「おう、ご苦労さん!そこに置けや。それと一本ビールを持ってきてくれ」 


 部屋の奥に腰をすえた嵯峨がタバコをくゆらせ始める。誠が見回すと部屋には紙でできた飾りや、万国旗が飾られている。


「誠ちゃん!そこの紐持って向こうの梁に取り付けてくれない?」 


 アイシャがそう言うと、部屋の中央にある万国旗の紐を指差した。


「おい、アイシャ!せっかくビール持ってきてくれたんだ。少しは休ませてやれよ」


 手が痺れた誠がぐるぐる手を振っているのを見てかなめが叫ぶ。 


「言うわね、かなめちゃん。もしかしてあなたの部屋で何かあったわけ?」 


 目を細めるアイシャ。その言葉にシャムとサラが興味深げにかなめの顔を見る。


「馬鹿言ってんじゃねえ!そんなことあるわけねえだろ!先輩としての気遣いから言ってやってるだ

けだ!島田!オメエがやれ!」 


「また俺ですか?人使いが荒いなあ」 


 愚痴りながら島田が万国旗の紐を持ち上げる。誠はビール瓶を持って嵯峨と吉田の隣に座った。


「まあ、一杯やろうや」 


 そう言うと後ろから嵯峨が栓抜きとコップを三つ取り出す。


「お前もこれから大変だろうからな」 


 誠から瓶を奪い取って、吉田が嵯峨の手の中のコップにビールを注ぐ。


「なっちゃん!これ大丈夫なの?」 


 シャムがアイシャのバッグの中から取り出したクラッカーを取り出した。


「大丈夫ですよ。どこぞの馬鹿が拳銃ぶっ放すのとはわけが違いますから」 


「小夏。それはアタシか?アタシのことか?」 


 そう言うと紙の飾りを取り付けようとしていたかなめがそれを投げ捨てて小夏に歩み寄る。


「かなめ!急に離したら!」 


 パーラのその声の後、誠が吉田に注いでいたビールの中に紙の飾りが落ちた。


「おい、西園寺……」 


「はあ?オメエ等、ビール運んできただけじゃねえか。それに糊の味が加わっておいしくなるかも知れねえぞ?」 


 いつものようにかなめはさっきとは真逆なことをしゃあしゃあと言う。


「はい、喧嘩はそこまで。とりあえずお疲れ」 


 そう言うと嵯峨は一息でビールを飲み干した。気を利かせてビールを飲み干した誠が立ち上がった。


「大丈夫よ誠ちゃん。もう終わるから飲んでて」 


 アイシャはかなめが放り出した紙の飾りを画鋲で壁に貼り付けるとあたりを見渡した。


「こんなもので良いかしら?」 


「良いんじゃねえの?」 


 そう言いながら残っていたビールを自分のグラスに注ぐ。嵯峨は泡の少ないコップを何度か眺めた後、ビールを飲み干した。そしてそのコップがテーブルに置かれた時に宴会場にカウラ達が姿を現した。


 入ってきたのは複雑な表情を浮かべるカウラと菰田率いるヒンヌー教団。それを見ながら部屋ではサラと島田が誠達が運んできたビールを各テーブルに配っている。


「そういえばキム達はまだなのか?」 


 二本目のビールを受け取った嵯峨が下座に陣取ったアイシャに声をかけた。


「もうそろそろ着くと思いますよ。それとシュバーキナ少佐がお客さんを積んで本部を出たそうです」 


 アイシャの言葉に黙って頷く嵯峨。それを見てすぐさま誠の隣に陣取るかなめ。そして向かいにはカウラが座った。


「なんか、ここ狭すぎるだろ。向こう行けよ、お前等が主役じゃないんだから」 


 嵯峨はかなめとカウラにそう言うとアイシャとパーラの座っている下座のテーブルを指差した。


「アタシ等の引越しは祝ってくれねえのか?」 


「そんなの知らねえよ、明日勝手に引越しそばでも食ってろ」 


 そんな嵯峨の言葉を浴びると、渋々かなめが立ち上がる。誠とカウラも顔を見合わせてそのまま階段沿いの席に腰を落ち着けた。誠が階段を覗き込むと、明石が顔を覗かせている。


「タコ。まだ見るんじゃねえ!」


 かなめが叫ぶ。 


「なんじゃ、ワシ等はまだ蚊帳の外か」 


 そう言うと明石の大きなスキンヘッドがゆっくりと階段を下りていった。すれ違いで上がってきたのはキムとエダだった。そのままアイシャの前に立ったキムは、手にした書類ケースを彼女に渡した。


「一応こんだけ集めましたけど」 


 ちらちらと誠からも見えるのでそれが不動産屋の広告であることがわかる。アイシャがトランクルームを探しているということを誠は思い出して一人頷いた。


「ああ、ありがと。後でお返ししてあげるわね」 


「お礼はプラモやフィギュアというはやめてくださいね」 


 キムは満面笑みのアイシャに向けてそう言うとサラと島田が占領しているテーブルについた。

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