第160話 本物のお嬢様
部屋に戻った誠は荷物を片付ける仕事があった。すでにキムは荷物の片づけを終えて、景色を見るべくベランダにいた。島田は入り口のそばで屈伸をしている。
「早くしろよー!」
サングラスをかけた島田が上目遣いに誠をにらむ。誠はそそくさと隣の和室に入ると、かけてあった儀礼服をバックに突っ込んだ。
「それだけか?荷物」
「ええ、とりあえず一泊ですから」
そう言うとジッパーを閉めてバッグを小脇に抱えた。大型のリュックを背負って島田が立ち上がる。
「おい!キム!行くぞ」
ガラスをたたいて島田がキムを呼んだ。赤とオレンジが基調の派手なアロハを着たキムがガラスを開けて自分の旅行かばんを指差した。
「暑いなあ、さすがに。ビールでも飲みたい気分だな」
「止してくれよ。お前、帰りの運転手じゃねえか」
島田はそう言うとキムにバッグを渡す。
「それにしてもいい天気だな」
誠は島田の言葉に釣られて大きな窓に目を向けた。水平線ははっきりと見える。空の青はその上に広がり、太陽がそのすべてに等しく日差しを振りまいている。
「よしっと」
窓の前で島田が再び屈伸をした。彼が履いているのはビーチサンダルでいかにも浜辺に向かうのに適した格好に見えた。
「もしかしてプライベートビーチとかですか?」
ホテルの裏の、時期にしては閑散としているように見える浜辺を見た誠がつぶやく。
「いや、アイシャのおばさんが『プライベートビーチなど邪道だ!』とか言って隣の一般海水浴場に行くんだと」
「誰がおばさんよ!誰が!」
いきなりドアが開いて胸だけを隠しているように見える大胆な格好をしたアイシャが怒鳴り込んできた。彼女はそのまま島田の耳をつまみ上げる。
「痛い!痛いですよ!鍵がかかってるでしょ?どうやって入ったんですか?」
島田がそう言う後ろから、一枚のカードを持ったかなめが入ってくる。
「一応、このホテルの名義はアタシだからな。当然マスターキーも持ってるわけだ」
「聞いてないっすよ!」
島田の驚く顔を見てかなめは満足げに頷く。涙目になりかけた島田を離したアイシャが誠の手をつかんで引っ張った。誠はとりあえずかなめの機嫌がよくなっていることに気づいてほっと胸を撫で下ろす。
「さあ先生!行きましょうね!」
紺色の長い髪をなびかせながら誠を引っ張ってアイシャは廊下に出る。廊下には遠慮がちにアイシャの荷物を持たされている淡い緑色のキャミソールを着たカウラがやれやれと言ったように二人を眺めていた。
「んじゃー行くぞ!」
かなめが手を振ると皆はエレベータルームに向かった。
「西園寺さん。この絵、本物ですか?」
明らかにこの集団が通るにはふさわしくない瀟洒な廊下が続いている。そこにかけてあるのは一枚の絵画だった。印象派、ということしか誠には分からない絵を指してかなめに尋ねた。かなめはまったく絵を見ることはしない。
「ああ、モネの睡蓮な。模写に決まってるだろ」
「そうですよね」
「本物は実家だ」
それだけ言ってかなめは立ち去る。あまりにも自然で当然のように振舞うかなめにただ呆然とする誠だった。
「本物持ってるの?かなめちゃん」
思わずアイシャが突っ込む。かなめはめんどくさそうに額に乗っけていたサングラスを鼻にかける。
「親父が9歳誕生日にプレゼントだってくれたのがあるぜ。アタシは印象派は趣味じゃねえけどな」
開いたエレベータの扉に入る。感心したようにかなめを見つめるアイシャと島田。カウラは意味がわからないと言うように首をひねりながら誠を見つめている。
「さすがにお嬢様ねえ。昨日の格好も伊達じゃないってことね」
アイシャが独り言のようにつぶやくと、かなめは彼女をにらみつけた。
「怖い顔しないでよ。別に他意はないんだから」
笑ってごまかすアイシャ。島田は両手で計算をしている。誠にはつぶやいている内容からして、実物のモネの睡蓮の値段でも推理しているように見えた。扉が開き、エレベータルームを抜けたところで、先頭を歩いていたかなめの足が止まった。
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