第161話 明るいニューフェイス

「これは奇遇ですね」 


 誠が廊下の先を見ると、そこに立っていたのはアメリカ海軍の夏服を着たロナルド、岡部、そして初めて見るみる浅黒い肌の将校と、長いブロンドの髪をなびかせている眼鏡の女性の将校だった。


「こいつか?昨日、神前が見たって言う……」 


 失礼なのをわかっていてかなめがロナルド達を指差す。


「そう言うことなら話は早い。西園寺中尉、お初にお目にかかります。私は……」 


 ロナルドの言葉にかなめのタレ目がすぐに殺気を帯びる。その迫力に思わずロナルドは口を噤んでしまった。


「おい!誰が中尉だ!アタシは大尉だ!」 


 戸惑っているロナルドだが、かなめは急に襟首に伸ばそうとした右手を止めて静かにロナルドを見つめた。いつもならすぐに殴るか蹴るか関節を極めに行く彼女が不意に手を止めたことが誠には少しばかり不自然に見えた。ロナルドは苦笑いを浮かべながら言葉を続ける。


「失礼、では西園寺大尉とお呼びするべきなんですね。そして第二小隊隊長、カウラ・ベルガー大尉。運用艦『高雄』副長アイシャ・クラウゼ少佐。私が……」 


「オメエ、パイロット上がりじゃねえな」 


 ロナルドの言葉をさえぎって、不敵な笑いを浮かべながらかなめがそう言った。


「なぜそう思うんです?」 


 まるでその言葉を予想していたように、ロナルドも頬の辺りに笑みを湛えている。誠にはかなめの言葉の意味がわからなかった。岡部と隣の軽そうな雰囲気の髭の将校とロナルドの雰囲気の違いなど誠にはわからなかった。だが得意げにかなめは話を続ける。


「なに、匂いだよ。カウラやうちのチビ隊長みたいに正規任務だけをこなしてきた人間にゃあつかない匂いだ。海軍ってことは『シールチーム』か?」 


 一呼吸置こう、そう考えているとでも言う様に、ロナルドは呼吸を置いて話し始めた。『シールチーム』アメリカ海軍の特殊部隊。誠も話は聞いていた。敵深くに軽装備で潜入して調査、探索、誘導などを主任務とする部隊の隊員として知られている。それぐらいの知識は誠にもあった。だがロナルドは相変わらず社交辞令のような笑みを絶やそうとはしない。


「それについては否定も肯定もしませんよ。規則上私の口からは言えないのでね。なんなら吉田少佐にでも調べてもらったらどうですか?彼のテクニックならペンタゴンのホストマシンに介入するくらいの芸当は出来るでしょうから」 


 特殊部隊上がりによく見られる態度だ。誠は以前部隊に配属された初日に警備部部長のマリア・シュバーキナに感じた違和感を思い出してようやくロナルドに感じて納得がいった。


「まあ、その口ぶりではっきり分かったわ。どことは言わんが非正規戦部隊出身の特務大尉殿か」 


「旦那!俺等のわかるように話してくださいよ!」 


 ラテン系と思われる髭を生やした中背の中尉がロナルドの脇をつつく。そして岡部の脇からチョコチョコと眼鏡をかけたブロンドの女性将校が誠を見ている。誠が微笑みかけると、逃げるように岡部の後ろに隠れた。そこで岡部が一歩足を踏み出して誠達を見回す。


「自分が……」 


「俺がフェデロ・マルケス海軍中尉。合衆国海軍強襲戦術集団出身で……」 


 岡部を押しのけて自己紹介を開始したフェデロだが、しらけた雰囲気に言葉を飲み込んだ。


「フェデロ。もう少し余裕を持て。それと彼がジョージ・岡部中尉だ。このフェデロとは強襲戦術集団のパイロット時代からの同期だ」 


 ロナルドがそう言うと静かに歩み出た岡部がかなめに向かって握手を求める。


「ジョージでいいです。まあ、このうるさいのとは強襲戦術集団の頃からの腐れ縁で……」 


「腐れ縁ってなんだよ!いつもお前の無茶に付き合わされてた俺の身にもなってみろ」 


 小柄なフェデロはそう言うと岡部の手を引っ張る。


「それならお前が馬鹿やった席の尻拭いをさせられた回数を教えてもらいたいものだね」 


 にらみ合う二人。


「あのー」 


 そう言って話しかけてきた眼鏡の女性将校を見て、かなめの動きが止まった。


「でけえな」 


 かなめは一言そう言った。確かにそれは海軍の制服を着ていても分かるくらいの大きさの胸だった。隊のかなめとマリアは大きい方だが、メガネの将校の胸は何かと邪魔になるだろうと心配してしまうような大きさだった。かなめはそれを確認すると、緑のキャミソールを着ているカウラの胸に視線を持っていった。


「平たいな」 


「おい、西園寺。何が言いたいんだ?」 


 カウラはさすがにすぐに気がついてこぶしを固めてかなめをにらみ付ける。


「カウラさん落ち着いて!」 


 誠が思わず二人の間に入る。眼鏡の女性将校はおびえてしまい、また岡部の後ろに下がろうとする。


「シンプソン中尉。そんなに怯えなくてもいいですよ」 


 ロナルドのその言葉で落ち着いたシンプソンと呼ばれた女性将校がおずおずと前に出た。


「私がレベッカ・シンプソン技術中尉です。よろしくお願いします」 


 レベッカは消え入るような声でそう言うと頭を下げる。かなめ、カウラ、アイシャの視線が彼女の胸に集中する。


「そんな……見られると……私……」 


 レベッカはそう言ってまたロナルド達の後ろに隠れた。

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