第159話 気になる第四小隊

 観葉植物越しにレストランらしい部屋が目に入ってきた。かなめはボーイに軽く手を上げてそのまま誠を引き連れて、日本庭園が広がる窓際のテーブルに向かった。


「あー!かなめちゃん、誠君と一緒に来てるー!」 


 甲高い叫び声が響く。その先にはデザートのメロンの皿を手に持ったシャムがいた。


「騒ぐな!バーカ!」 


 かなめがやり返す。隣のテーブルで味噌汁をすすっていたカウラとアイシャは、二人が一緒に入ってきたのが信じられないと言った調子で口を中途半端に広げながら見つめてきた。


「そこの二人!アタシがこいつを連れてるとなんか不都合でもあるのか?」 


 かなめがそう叫ぶと、二人はゆっくりと首を横に振った。誠は窓際の席を占領したかなめの正面に座らざるを得なくなった。


「なるほどねえ、アサリの味噌汁とアジの干物。まるっきり親父の趣味じゃねえか」 


 メニュー表を手にとってかなめがつぶやく。


「旨いわよここのアジ。さすが西園寺大公家のご用達のホテルよね」 


 そう言ってアイシャは味噌汁の中のアサリの身を探す。カウラは黙って味付け海苔でご飯を包んで口に運んでいる。二人をチラッと眺めた後、誠は外の景色を見た。


 日本庭園の向こう側に広がるのは東和海。その数千キロ先には地球圏や遼州各国の利権が入り乱れ内戦が続いているべルルカン大陸がある。


「なに見てるんだ?」 


 ウェイターが運んできた朝食を受け取りながら、かなめはそう切り出した。


「いえ、ちょっと気になることがあって」 


「なんだ?」 


 かなめは早速、アジの干物にしょうゆをたらしながら尋ねる。


「第四小隊のことですけど」 


 その言葉にかなめは目も向けずに頷いて見せた。


「ああ、知ってるよ。アメちゃんが仕切るんだろ?それがどうかしたか?」 


 どうでもいいことのようにかなめはあっさりとそう言った後、味噌汁の椀を取ってすすり込んだ。


「でもなんでですか?隊長はアメリカじゃあ非人道的行為で訴追されているって……」 


 そんな誠の言葉に正面切って呆れ果てたと言う表情を浮かべるかなめ。その視線に誠は言うんじゃなかったというような後悔の念にとらわれた。


「単純だねえ。確かに遼南内戦で叔父貴がアメちゃんが支援するゲリラ相手に、ゲシュタポが裸足で逃げ出すような拷問や掃討作戦やったのは有名な話だ。当時は目が飛び出すような賞金賭けて叔父貴のこと追いまわしてたけどな」 


 かなめはそう言うと今度は茶碗を手に取り、タクワンをおかずに白米を口に運ぶ。


「状況はいつでも変わる。叔父貴が『6月クーデター』で遼南の実権を掌握してから最初に手をつけたのはアメリカとの関係改善だ。在位中に3度、つまり一年に一回はアメリカを訪問している。向こうだって下手に出ている相手を無碍(むげ)にすることは出来ねえ。昨日の敵は今日の友。アタシ等兵隊さんの業界じゃよくあることさ」 


 そう言うとかなめはようやく本命のアジをつつき始めた。


「それよりそんな話切り出すなんて……会ったのか?アメリカの兵隊さんにでも」 


 里芋の煮物を器用につかんで口に放り込みながらかなめが不思議そうな目で誠を見る。


「昨日、風呂場で会いました」 


 誠のその言葉に、隣のテーブルのアイシャが突然噴出した。


「なんでオメエが噴出すんだよ!」 


 かなめは変わらない目つきで今度はアイシャをにらみつける。アイシャは慌てて立てかけてあったペーパータオルを何枚も取り出してテーブルの掃除を始める。


「腐った脳みそが動き出したんだろ」 


 カウラは淡々とメロンを食べ続ける。その表情はいつものメロン好きな彼女らしい至福のひと時のように見えた。


「カウラ、知ってんだな、第四小隊の面子」 


 ようやく理解したと言うようにかなめがカウラに話題を振る。


「おとといの部隊長会議で書類には目を通した。小隊長として当然の職務だ」 


 それだけ言うと、なぜか慎重にメロンをスプーンですくう。


「なんだよ、アタシだけのけ者か?」 


 かなめはすねたように外の庭園に視界を移す。


「あの誠ちゃん……」 


 テーブルの掃除を済ませたアイシャの目つき。何を期待しているのかは良くわかった。


「すいませんアイシャさん。お望みの展開にはなっていないので」 


 アイシャが目を輝かせて見つめてきたので、つい誠はそんなことを口走っていた。彼女の思惑通りにロナルドとくんずほぐれつになって見せてやるほど誠はお人よしではない。


「まあ、誠ちゃんはシャイだから。そのうち目くるめく男同士の……」 


「遠慮します!」 


 さすがにこれが限界だったので、語気を荒げてそう言うと誠は味噌汁を口の中に流し込んだ。


「でも男同士で裸だったら……」 


「しつけえんだよ、腐れアマ!本人が違うって言ってるんだからそれで良いじゃねえか!」 


 さすがに癇に障ったように、かなめがアイシャをにらみつけた。口の中でもぞもぞ言葉を飲み込みながら、アイシャはメロンの皿をカウラに渡した。


「いいのか?」 


 嬉しそうでありながら信用できないと言うようにカウラは複雑な表情を浮かべている。


「カウラちゃん、メロン好きそうだからあげるわ。怖い『山犬』が怒ってるから噛まれないうちに準備してくるわね」 


 そう言うとアイシャは食事を終えて入り口で手を振っていたシャムやサラ、そして島田達に向かって歩いて行った。


「ここの露天風呂を使ってたということは、ここに泊まっているはずだが、それらしいのは居ねえな」 


 周りを見渡し、納得したようにかなめは今度は煮物のにんじんを箸で口に運ぶ。


「別館なら完全洋式でルームサービスが出るだろ。そちらに泊まっているんじゃないのか」 


 カウラはそう言うとアイシャの残していったメロンをまたゆっくりと楽しむように味わっている。


「そう考えたほうが自然ですね」 


 誠がそう言うと、目の前に恨みがましい目で誠を見つめているかなめの姿があった。


「誠!テメエ、カウラの話だとすぐ同意するんだな」 


 まるで子供の反応だ。そう思いながらもかなめの機嫌を取り繕わなくてはと誠は首を振った。


「そんなこと無いですよ……」 


 助けを求めるようにカウラを見たが、メロンを食べることに集中しているカウラにその思いは届かなかった。誠は空気が自分に不利と考えて鯵の干物を口に突っ込んで味噌汁で流し込んだ。


 かなめは相変わらず不機嫌そうで言葉も無い。そんな沈黙の中、誠は黙々と食事を続ける。


「ああ、私も先に行くぞ」 


 ゆっくりと味わうようにメロンを食べ終えたカウラが立ち上がる。かなめは顔を向けることも無く茶碗からご飯をかきこむ。誠はと言えばとりあえずメロンにかぶりつきながら同情するような視線のカウラに頭を下げた。


「やっぱりカウラの言うことは聞くんだな」 


 かなめは完全にへそを曲げていた。こうなったら彼女は何を言っても無駄だとわかっている。誠はたっぷりと皮に果肉を残したまま味わうことも出来ずにメロンを食べきって立ち上がる。


「薄情物」 


 去り行く誠に一言かなめがそう言った。誠も気にしてはいたがかなめの機嫌をとるのは無理だと思ってそのままエレベータコーナーまで黙って歩いていった。

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