第四章 気分屋
第140話 いつものお馴染みのコース
「師匠!」
あまさき屋に一同が入ると調理場から店の看板娘の家村小夏が駆け足でシャムに向かってくる。
「ナッチー!この人数、大丈夫?」
シャムが走って行き、いつものようにがっちりと抱き合う。そしてそれを見てかなめがいつも通りの生ぬるい視線で二人を見ている。なんとなくそんな不愉快そうな感じを滲み出しているのがかなめらしくて安心できる。そんな自分に笑いがこみ上げそうになる誠だった。
「ヤッホー!みんなー!」
奥のテーブルで白い長い髪の女性が手を振る。それが鈴木リアナだと誰にでもわかった。正面に座っているワイシャツのがっちりした体格の男性はリアナの夫、鈴木健一だった。そしてその隣には技術部小火器管理主任のキム・ジュンヒ少尉と運行部でアイシャの副長昇格で正操舵手となったエダ・ラクール少尉がたこ焼きをつついていた。
「言っとくが、奢るのはお前らだけだぞ」
言葉はきついがかなめの表情はどこかしら余裕があった。アイシャは少しばかり狙いが違ったという顔をしながら店に入る。
「アイシャちゃん!こっちよ!」
リアナがまた手を振った。そしてその隣では健一が照れ笑いを浮かべている。
「ワイワイやろうや。このテーブル良いんだろ?」
そう言うとかなめが四人がけのテーブルを確保する。そしてそのまま隣に誠を座らせたので、意地になったアイシャが誠の正面に、成り行きでカウラはその隣に座っていた。
「そう言えば、神前君。君、理科大だろ?」
健一は笑顔で誠の母校、東都理科大の通称を言った。
「ええ、まあ……鈴木さんも?」
誠も久しぶりに聞く母校の難関理系大学の名前を聞いて笑みを浮かべる。
「ああ、工学部の電子工学科だ。君は?」
「機械工学です」
「そうか……」
「菱川重工はOBが多いですからね」
誠の席から正面に見える妻に健一はそう言うと満足げにリアナは頷いた。そんな中、かなめは何か小声で小夏と話をしていた。
「まあね。特機開発三課、今はうちの担当は次期主力アサルト・モジュール予定機の09型の法術戦想定のタイプの開発中さ」
そう言うとこの店の女将の家村春子が運んできた二皿のたこ焼きを手に取る。リアナの前に一皿を置くと、春子に開いたジョッキを手渡してお代わりを頼む。
「しかし、君のデータは実に興味深いよ。正直、あのサーベルは法術効率が悪すぎて、僕は実戦投入には反対したんだがね。それを見事に使いこなす力は大したものだ。あれくらい活用してくれると開発者冥利に尽きるというものだよ」
誠はふと気付いてかなめの方を見た。明らかに今日の機嫌の良さが消えていた。その顔には明らかに『仕事の話はするな』と脅迫してくるようないつもの凄みがある。
「かなめちゃん、なに膨れてるのよ。神前君のことは一番わかってるのはかなめちゃんなんだから、健一君にもっと教えてあげてよ」
リアナはかなめが少し寂しそうにしているのに気がついてかなめに声をかけた。
「はあ、まあアタシよりもカウラの方が良いんじゃないですか?」
少し斜に構えたような言葉尻に少しばかりアイシャが困ったような顔をしているのが誠から見えた。
「でもかなめちゃんは二番機担当でしょ?一隊員として接するのと隊長として接するのは違うと思うの」
フォローのつもりでか、リアナの言葉に再びやる気が起きたようにかなめは顔を上げる。
「隊長のカウラの方が分かってるんじゃないですか?神前を」
小夏が付き出しを持って来た。彼女もまたかなめにいつもの噛み付くような視線で睨まれる事も無い事に驚いているように誠には見えた。
「ご注文は?」
「おい、アイシャ。オメエが選びな」
小鉢を配っていた小夏がその言葉に目を丸くする。カウンターの向こうの女将の春子と料理長の老人、源さんも目を丸くしている。
「いいのね?」
アイシャは比較的早く冷静さを取り戻していた。それ以前にこれが彼女の狙っていた状況だった。誠から見てもアイシャの脳がすばやく計算を始めているのが良くわかった。
「二言はねえよ!好きなの頼みな。とりあえずアタシはいつもの奴だ」
隣のテーブルで様子を覗っていたキムとエダが不思議そうに誠達のテーブルを覗き込んでいる。すぐさまカウンターにホワイトラムのボトルが並び、小夏がそそくさとグラスとボトルを運ぶ。
「なんだよ。頼めよアイシャ」
一人、かなめは手酌でグラスにラム酒を注ぐ。さすがにここに来て異変に気付いたのか、リアナ夫妻は驚いた表情でかなめを見守る。
誠は雰囲気を察してかなめを観察した。タレ目の目じりがさらに下がっている。島田が『西園寺大尉ってエロイよな……巨乳でたれ目ってなんかそそる』と下士官寮で話していたのを思い出して今のかなめを見てみる。何となく島田の言葉に誠も納得していた。
「いいから頼め、頼め」
「ほんとにいいの?じゃあ……」
アイシャは小夏に手招きする。察した小夏は小声でささやくようにして注文するアイシャの言葉を聞きながら手元の帳面に注文を書きつけていた。
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