第141話 踊りを踊るシャム
「それにしても……夏か。これで部隊での夏は二回目だな」
かなめはラムをちびちびやりながら話を続ける。
「そうね……でも本当にかなめちゃん変よ」
「そんなことねえだろ」
注文を終えて小夏が運んできたおしぼりで手を拭きながらつぶやくアイシャにかなめは笑顔で答えた。
すぐに小夏の母で女将の春子がジョッキのビールを運んできた。
「はい!焼きそば」
いつの間にか誠の後ろに立っていた小夏が注文の品を運んでくる。
「シャムちゃんが大好きな大たこ焼きよ」
春子は巨大なたこ焼きの並んだ皿をシャムに渡す。飽きた猫耳を外して、ちょろちょろ落ち着かない表情だったシャムの顔が満面の笑みに変わる。
「たこ焼き!たこ焼き!」
そのまま嬉しそうにシャムはたこ焼きに飛びつく。そんなシャムを見つめながらどこか腑に落ちない顔のアイシャが見える。
かなめは飲み続けていた。少しばかり頬が赤く染まっているのは体内プラントのアルコール分解速度を落としているからだろう。だが、かなめはそんなことはまったく自覚していない様に見えた。誠はかなめが酔いたい気分なのだと確信した。理由は特に無いがとりあえず気分的にはハイなんだろう。人口副交感神経のなせる業に少しばかり誠は感心していた。
「まあたまにはこういうこともあるんだよ。それにお前と違って金の使い方は計算してるからな。お前らどうせアニメグッズ買いすぎて金がねえだろうから気を利かせたわけだ」
そう言うとかなめは勢いよく焼きそばに取り掛かった。なんとなく納得できるようなできないようなあいまいな答えに一同はあいまいな笑みを浮かべていた。アイシャもその後にどう言葉を続けようか迷っているようだった。
「かなめちゃんの奢りなんだ。いいなあ」
リアナがうらやましそうにかなめの方を見つめる。正面でジョッキを傾ける健一はリアナにそういわれて流れで頷く。
「奢りませんよ!」
とりあえずこの話題から逃げたいというようにかなめは苦笑いを浮かべながらそう言った。しかし、その目は深い意味などないというように彼女の箸はすぐ焼きそばに向かった。
その時急に店の電気が落ちる。そして突然ついたスポットライトの中にはいつの間にかシャムと小夏の姿があった。
「小夏!」
「アンド、シャム!」
『踊りまーす!』
よく見ると二人はおそろいの猫耳と尻尾をつけている。前触れの無い出来事に全員が唖然としてその姿を見守っていた。急に店の奥から電波ソングが流れる。シャムと小夏。小柄なシャムの方がまるで妹に見える奇妙な光景だった。
「行けー!」
アイシャが叫ぶとシャムと小夏が腰を振ってこれまた電波な踊りを始める。はたから見れば奇妙な光景だが、健一は何度か見慣れているらしく拍手をしながら笑顔で見守っている。
「どうだ?萌え評論家の神前誠君」
ニヤ付きながらかなめが話しかけてくる。いつもならこういうドサクサは見逃さない彼女が誠のグラスに細工をするわけでもなく、ただ笑いながら誠の顔を覗き込んでいる。
「これは実に萌えですね。猫耳万歳です」
『みなさーん!ありがとう!』
ひと踊り終わるとシャムと小夏がぺこりと頭を下げる。そしてあまり長くない電波ソングライブは終わった。
「猫耳か……」
ポツリとカウラが呟いた。
「なに?カウラちゃんも猫耳つける?」
カウラは不思議そうにアイシャを見つめ返す。その姿は自分が猫耳をつけたときを想像しているように誠には見えた。
「私はそういうことには向かない」
しばらく真剣に考えた後、カウラはそう言うといつもどおりウーロン茶を飲み始める。
「確かにテメエにゃ無理だ。キャラじゃねえ」
「それじゃあかなめちゃんがやったら?」
アイシャがそう振ったとき、いつもならかなめの怒鳴り声が飛んでくるところが別に何も起きなかった。
「やっぱりかなめちゃん変よねえ」
首を傾げるリアナ。一同は彼女がろくでもないことを言ってかなめの機嫌を損ねるのではないかとはらはらしながらその白い長い髪を眺めていた。
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