第二章 のぞき見をする趣味のあるサイボーグは面倒ごとを押し付けられる

第138話 のぞき見をする趣味のあるサイボーグは面倒ごとを押し付けられる

「楽しそうじゃねえの。何でお前行かなかったんだ?」 


 司法局実働部隊駐屯地、隊長室。百貨店の防犯カメラの映像をハッキングした画像が乱雑に書類が置かれた隊長の机の上に展開していた。


 埃っぽい部屋の中、直立不動の姿勢を取っていた吉田が苦々しげに頭を掻く。


「楽しそうねえ……どうせ、俺には別の仕事があるんじゃないんですか?」 


 嵯峨はそんな吉田の態度に大きくため息をついた。そして机に置かれた書類の束をそのまま持ち上げる。机の上に積もっていた拳銃の部品を削って出来た鉄粉が濛々と立ち込め、それに合わせて吉田がわざとらしく咳払いをする。


「お前さんの報告書。ありゃあ面白かったよ。先月の近藤事件、そしてその金の動き。確かにあそこで近藤さんを逮捕してたら同盟がぶっ壊れても不思議じゃないようなやばい話が満載だ。あれが裏付け付きで表に出たらかなりの数の胡州等々の政治家や官僚、軍幹部も切腹もんだよな」 


 そう言うと嵯峨は画像を切り替えて銀行口座と思われる映像を見つめた。並んでいる名前は胡州の政治、官僚機構、軍部、財界の重鎮ばかり。さらに別ページに切り替えれば東和や西モスレムの野党指導者やゲルパルトの手配中の政治犯の名前が並ぶ。そんな中、嵯峨は胡州外の勢力への出金帳簿にしるしをつけていく。


「しかし、そんな事よりこいつだ。月に三百五十四回、振込先は別々だが金額は同じ」


 嵯峨はそう言いながらしるしをつけ続ける。他の金額と比べると特に大きいとは言えない単位の金に出金明細に赤いラインが引かれていく。 


「そしてその振込先はどれも登記のみで実体の無い幽霊会社ってわけだが……」 


 画面をスクロールする嵯峨。振り込まれた先の幽霊会社のデータを見る。金はほぼ考えられないペースで引き落とされていた。嵯峨も吉田もその金額が身分証などを必要としない最高限度の金額であることには気づいていた。


「マネーロンダリングってのは判るんだけどさ。ここまで細かくやるっつうのは、どうにもねえ手間食いすぎだろ」 


「それを追えと?証拠がどっかにあるとでも?いくら近藤さんが無謀でもそんな間抜けなことしないでしょ」


 めんどくさそうに吉田がつぶやいた。


「でも探さにゃならん。それがお前さんのお仕事だ」


「人使いが荒いことで」


 思わず吉田は悪態をついていた。そんな吉田を見ながら嵯峨は頭を抱えながら今度は山のように積まれた書類の束を見つめる。


「まあ近藤さんの遺産は順次処理するとしてだ。忠さんがねえ……」 


「胡州帝国海軍第三艦隊司令の赤松忠満(あかまつただみつ)中将がなにか?」


 吉田が赤松の名前を口にした時、嵯峨は顔をしかめた。嵯峨の竹馬の友で、かなめの父、胡州帝国宰相、西園寺義基の右腕の名が出たことに吉田は首をかしげた。


 嵯峨は吉田を一瞥すると別の冊子を取り出す。吉田は長い付き合いで嵯峨の愚痴が多いところは知り抜いていたので涼しい顔で彼に付き合う。


「あいつ、同盟会議の『法術者、及びその定義に関する軍事法上の認定基準』なんてのが必要だなんてぶら下がり取材に答えやがって……おかげで白書を発表するから目を通せだってさ。こんなのやってられるか!馬鹿野郎!アイツが胡州帝国高等予科学校を三年で卒業できたの俺のおかげじゃねえか!ったく!恩を仇で返しやがって」 


 司法局実働部隊設立を提案し、その部隊長に東和の三流大学の国際法専門の講師だった嵯峨を推薦したのは他でもない赤松中将だった。


 胡州第三艦隊、通称『播州党』司令として知られ、先の大戦で敵には母である胡州帝国海軍連合艦隊総司令赤松虎満(あかまつとらみつ)と並べて『虎の子は虎』と地球軍から恐れられた男である。猛将として知られる彼が門外漢の法律がらみの頼みごとをするのに、映像通信の向こう側でどれだけ卑屈に独特の関西弁で嵯峨を口説き落としたかを想像すると、吉田は自然に頬を緩めていた。


「まあまあ赤松中将も隊長には言いてーことがいっぱいあるって言ってたよ。まーあれだ。持ちつ持たれつだ」 


 隊長室の扉が開くと、アサルト・モジュール部隊の小さな部隊長クバルカ・ラン中佐の可愛らしい声が響いた。その目つきの悪い小学校低学年が軍服を着たという姿に吉田は思わず吹き出しそうになった。近藤事件の際、彼女は胡州帝国の状況確認の為に胡州の首都帝都に派遣されており、そこで赤松等嵯峨の兄である宰相西園寺義基シンパの軍高官から情報収集をしていた。その時点で赤松の書類の内容は見せられているらしく、冊子をちらりとも見ずに嵯峨の執務机のそばまで歩み寄る。


「ラン。また管理部と技術部の連中を苛めたのか?島田が『レールガンにあんな精度は必要ない!』って切れてたぜ」 


「そんなことは言わねーでください。アタシも神前のガキが来てから訓練メニューはほとんど火力支援だけだし。当たる銃にしてもらわな身がもたねーですよ」


 吉田の突っ込みに苦笑いを浮かべながらランは机の上の会議用原稿を手に取った。ちっちゃいランが伸びをするように手を伸ばす姿に思わず嵯峨は微笑んでいた。


「まあ金の動きは俺がとりあえず追えるところまで追ってみます。何が出てくるかは判りませんがね」 


 吉田の言葉に渋々嵯峨がうなづく。ランも表情は厳しかった。


「そう言えば隊長は盆休み取りましたよね。今年も」 


 吉田が静かにそう尋ねる。頷きながら嵯峨はタバコを取り出した。そして書類の山の下から使い捨てライターを取り出し、すばやく火をつける。


「まあな。かみさんの墓参りさ。結局、今年は線香上げてとんぼ返りになったがな」 


 嵯峨の妻、エリーゼ。当時の外惑星の軍事大国、ゲルパルトの名門シュトルベルグ公の姫君であり、かつては遼州星系の社交界の花として名をはせた才媛として知られていた。吉田もランも目の前の若く見えるとは言え、年中無精ひげを部下から不快な目で見られてもニヤついて返す中年男がマスコミを騒がせたラブロマンスの主人公だったことなど信じてはいなかった。


 二人が熱い恋に落ち、嵯峨は陸軍大学の卒業を待たずして結婚することになるわけだが、当時のニュースを見てみても目の前のくたびれたおっさんがそんな社交界の花を落とすような器用な真似がなぜできたのか二人には理解できなかった。


「西園寺にも実家に顔出すくれーの時間をやりてーところだがな」 


 苦笑いの中でランは話題をかなめの話に変える。だがそれは西園寺一門の一人である嵯峨の身内の話として彼の表情を複雑な笑いへと変えてしまった。


「かなめにゃあちょっとねえ。俺もできれば西園寺の家には近づかないようにしてるからな」 


 嵯峨はそう言うと灰皿にまだ長いタバコを押し付けてもみ消した。そして少しいらだっているかのように、次のタバコを取り出すと先ほどと同じように火をつける。


「まあアイツ等には休めるときに休ませときますんで」


 そう言うとランは口を押さえたまま小走りに部屋を出て行った。


「そんなに埃ひどい?」


「ええ、まあ」


 吉田の言葉に嵯峨は足元から鉄錆で赤茶けた雑巾を取り出すと机の隅のホコリをぬぐった。


「こりゃ汚ねえや……茜はいつ来るのかね」


「娘さんだのみじゃなくて自分で掃除をしてください」


「だって……面倒だし」


 目の前の子供のような上司に吉田は大きくため息をついて背を向けた。


「はあ……掃除か……」


 文武両道に長けた智将として知られる嵯峨は一番の苦手科目を思い出して大きなため息をついた。

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