第137話 素敵時間
「ちょっと……アイシャちゃん」
そこに突然の闖入者が暗い声で話しかけてきた。シャムは明らかにうつむき加減でこちらに近づいて来る。誠はようやく息ができるとでも言うように大きくため息をついて彼女の前に歩み寄った。
「ナンバルゲニア中尉……どうしました?」
誠は気分転換でもするように明らかに自分を頼ってきてくれているシャムに声をかけた。
「誠ちゃん……私の水着が……私の水着が売ってないの」
ポツリとシャムが呟く。誠は周りを見てその場の雰囲気からシャムの小さな身体に向いた水着が売っているような場所ではないことに気がついた。
「ああ、シャム。お前は一階下の……」
「ひどいんだ!カウラちゃん。子供向けのところに行けって言うの?アタシは子供じゃ無いんだぞ!アタシの方がみんなよりお姉さんなんだぞ!」
誠も以前シャムの身分証を見た時、その年齢が36歳と聞いて驚いたことを思い出した。
「そんなこと自慢になるか」
ゴネるシャムの姿を見て水着を選びながらかなめが呟いた。その言葉が相当頭にきたのかシャムはそのままずんずんとかなめに歩み寄った。
「おっぱいが大きいからって自慢するなよ!」
シャムの言葉にかなめはニヤリと笑みを浮かべた後、頭の先からつま先までシャムを眺めつくした。そして明らかに興味を無くしたというように大きなため息をついた。
「自慢なんてしてません……それより早くお子様コーナーに行けよ」
シャムを無視することに決めたというようにかなめは水着を物色している。その態度に腹を立てたシャムは今度は誠の手を掴んで引っ張った。
「じゃあアタシが誠ちゃんに水着を選んでもらうから」
突然の展開にかなめが焦ったように振り向いたあとそのまま視線を商品に戻す。
「勝手にしろ」
「勝手にされちゃ困るんですけど……シャムちゃん。後でフィギュア買ってあげるから下の階で一人で水着を選んできてね」
アイシャはすかさずシャムの目の前に人参を吊るしたようなセリフを吐いた。すぐにシャムはうなづくと満面の笑みを浮かべた。
「いやあ……お姉さんがだだを捏ねたらいかんでしょう。いいよ、ここはアタシが譲ってあげる」
シャムはそう言うとエスカレーターの方に向けて一気に駆けていった。
「操縦法を心得ているな」
いつの間にかかなめのように水着の品定めを始めたカウラのつぶやきにアイシャは満足げにうなづいた。
「どうせ後になったら忘れてるわよ」
「どうだかな」
かなめはそう言うと今度はさらにきわどい黒い水着を手に誠に向かってくる。
「神前、これなんかどうだ?」
誠はただ違和感と緊張感で手に汗を握りながらかなめの携帯端末を見つめていた。そこには豊かな胸のふくらみをたたえるかなめの姿が写っている。
「は、ははは……いいんじゃにですか?」
「本気で言ってんのか?」
「本気ですって!でもさっきの青のやつのほうが……」
『刺激が少なくて安全です』という言葉を飲み込んで誠は上目遣いにかなめを見つめた。
「そうか……さっきの奴のほうがいいか……」
かなめは少しばかり残念そうにそのまま戻っていく。その様子をアイシャはニンマリと笑いながら眺めていた。
「なんですか、クラウゼ少佐」
「いえ……なんでも。それにしても……」
今度はアイシャはカウラに目をやった。カウラはぎこちなくハンガーをとっては戻しを繰り返していた。一人東和軍の勤務服と同じ規格の同盟司法局実働部隊の夏服で水着を選んでいるカウラは明らかに浮いて見えた。
「やっぱりうちの制服で水着を物色ってのはどうもねえ」
「それなら最初から指摘してあげればいいじゃないですか」
「本人が気にしないんだからいいじゃないの。それにあの子の普段着のセンスは私でさえ口を突っ込みたくなるくらいだから」
「おう、自分もセンスがおかしいと自覚してたか、アイシャ。神前、これにするんだな」
かなめが先ほどの青いビキニをてに歩み寄ってきている。そしてそのまま手にしたポーチからカードを取り出す。
「じゃあアタシ等はこのまま会計するから」
「アタシ等って何よ。誠ちゃんは私のも選んでくれるのよ」
「グズグズしてる奴のを選ぶのは気が引けるってさ……なあ」
振られて困る話題を振られて誠は苦笑いを浮かべた。それでも気にすることなくかなめはその強力な軍用義体の腕で誠を引っ張ろうとする。
「そんな……西園寺さん?」
「なんだ? 用事が済んだんだからいいだろ?」
「でもお二人の分と島田先輩達が……」
誠はサイズの小さいところで二人で談笑しながら水着を選んでいるサラと島田に目をやる。それから少し離れたところでなぜか悲壮感を漂わせながらパーラが水着を選んでいるのも見えた。
「アイツ等は好きでやってるんだから。ああ、アイシャ。早く決めろよ」
「急かさないでよ!それとかなめちゃん。ちゃんとそこで待っててね」
「あいよー」
力なく呟いたかなめは退屈したようにポーチからガムの包を取り出すと一枚引っ張り出す。
「お前、食うか?」
「いいです」
「あっそう」
かなめは誠の気のない返事に少し腹を立てたというように口にガムを押し込むとそのまま音が出るほどの勢いで噛みはじめた。誠はハンガーを取り出してはそのサイズを見てすぐに戻すを繰り返しているカウラ、ハンガーのコードを読み込んで端末で試着した映像を眺めてはため息をつくアイシャをただ疲れた目で眺めることとなった。
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