第136話 誠には刺激が強すぎて……

「なんだ。さすがに時期だけあって結構場所とってるんだな」 


 エレベータからかなり離れた場所に女性用水着の専門店がある。かなめの言うとおり目の前のエントランススペースまで売り場がせり出していた。


「赤札が出てるわね。もう夏も終わりだし、叩けばもっと値切れるかもしれないわ」 


 ようやく前に出てきたアイシャを先頭に売り場に入る。誠は正直どうするべきか迷っていた。高校、大学と野球サークルでは堅物と思われて過ごし、訓練校では厳しい寮の門限のせいと酒癖の悪さから水着を選んでくれと言ってくるような彼女などいるわけが無かった。そんな誠を島田がニヤニヤしながら見守っている。何か言葉をかけてくれれば良いと思う誠だが、サラがさっそく赤札のついたピンク色の鮮やかな、背中が大きく開いた水着を持って島田を連れて行ってしまう。


「何してんだ?来いよ」 


 かなめのその一言に、しかたなく周りを気にしながら誠は売り場に入った。その表情は部隊に入ってはじめて見る無邪気そうな女の子のものだった。


「どれにするかな……」


 そう言うとかなめは青いビキニを手に取る。誠は苦笑いを浮かべながらかなめの後に続く。


「西園寺さん……」


「とりあえずこれ」


 かなめはそう言うと携帯端末を誠に向けた。その中には手にしている青いビキニをつけたかなめの姿があった。


「似合う……かな……?」


 ここで初めてかなめは自分が何をしているのか気づいたとでも言うように照れ笑いを浮かべた。かなめが手にしている端末の中には豊かな胸を見せびらかすようにしてポーズをとるかなめの姿があった。


「ええ……?」


 急なかなめの問いに答えようとした誠の背中にハンガーが押し付けられる。振り返るとそこには髪に合わせたエメラルドグリーンの水着を手にしたカウラの姿があった。


「カウラさん」


「私のも……見てくれ」


 突然のカウラの行動にあっけにとられている二人をしり目にカウラが携帯端末を誠に向ける。そこには同じように水着を着たカウラの姿があった。背筋を伸ばし、いかにも几帳面でどこか不器用な彼女らしく恥じらう姿が画面に映りこんでいた。


「おい、カウラ」


「なんだ、西園寺」


 それまでの和やかな雰囲気をぶち壊しそうなどすの効いた声が二人から発せられる。誠はただ呆然として目の前の二人の上司のやり取りを見守っていた。


「はいはい……二人とも喧嘩しないの」


 タイミングを合わせたように白い水着を手にしたアイシャがやってきて携帯端末を誠の目の前にかざす。


「ほら、似合ってるでしょ?どう?誠ちゃん」


「ええ、まあ」


 ハンガーを押し付けてくるアイシャに誠は苦笑いを浮かべながらそう答えた。こちらも八頭身美人のアイシャらしい伸びやかな肢体が画面に映っていた。


「おい、アイシャ。お前まで!アタシが最初に神前に見せたんだぞ!」


「あら、かなめちゃん。いつ二人きりで水着を選べるなんて決めたのかしら?ここは甲斐性のない誠ちゃんに少しでも私達との接点を持ってもらおうと、この私がセッティングしたショッピングツアーなのよ。それとも何?誠ちゃんを独り占めしたいと……独り占めしたいほど好きと……」


「そんなんじゃねえよ!そんなんじゃ」


 そう言うとかなめはそのまま手にした青いビキニを元の場所に戻した。


「アイシャ。挑発はやめろ」


 カウラの一言でようやく気が済んだかのようにアイシャが大きく深呼吸をする。


「あら、別に挑発なんかしてないわよ……そうね。じゃあ私は誠ちゃんに選んでもらうとするわ……って似合う?」


 アイシャはそう言うと携帯端末を誠の前に吊るしてみせる。誠はただ目の前に並べられたかなめ、カウラ、アイシャの携帯端末に映る水着姿を見ながら力なく立ち尽くすしかなかった。


「ちょっと!誠ちゃん……って刺激が強すぎたかしら」


 正直こんな体験は生まれて初めての誠は気の利いた言葉の一つも口にできずにただ見ていることしかできなかった。

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