第111話 切り込み隊長

 近藤は敵に回した司法局所属のひねくれた顔の全身義体の少佐の顔を思い出した。


「やられた!吉田少佐のクラッキングだ!艦内モニターはどうなっている!」 


 近藤は目の前が白くなっていくのを感じていた。


『すべての特機は陽動。本艦への白兵戦攻撃が本命か!』 


「第23番脱出口の映像が生きています!メインモニターが回復したので投影します!」 


 近藤は映された画面を見てただ絶句する他なかった。


「嵯峨……、惟基……」 


 ダンビラを抜いて第六惑星3番衛星系連邦の特殊部隊上がりの精鋭を付き従えた大男が、はっきりとカメラのほうを意識して見つめていた。


『近藤君、見てるかね。まあ他に見るものもないだろうから、見といてくれよ』 


 カメラに向けてはっきりと嵯峨は言った。


『シャムは手順通りに拘束された兵の救出にあたれ!』 


 発せられた嵯峨の命令を聞くと、彼の目の前位に立つ見るからに小柄な少女に見える中尉と暗視用ゴーグルをつけた少佐に命令を下した。きびきびと与えられた任務にかかる嵯峨の二人と閉所戦闘に慣れたと思われる兵士が数名、近藤からすれば地球に魂を売った犬どもが動き始める。


『返事はいいや、聞こえてるんだろ?近藤君。俺はこれからそっち行くから、ちゃんと玉露と茶菓子でも用意して待っててくれや』


 嵯峨はそう言うとモニターの画面から消える。


 しかしすぐコントロールが奪われた艦内監視用カメラは次の映像、忍び足でブリッジへ続くエレベータのところまで行く嵯峨の姿を捉えた。


「警備兵に連絡は出来んのか!」 


 近藤は叫んだ。先の大戦時は不戦派の西園寺家の家系と言うことで、汚れ仕事として違法な手段を用いてのゲリラ狩りを押し付けられ、敗戦の色が濃くなってからは捨て駒同然に最前線に送り込まれた『ダークナイト』の異名を持つ男。それと対峙する恐怖が近藤の掌に汗をかかせる。


「無理です、艦内の管制機器はすべて乗っ取られています!こちらからの操作に一切応じません!」

 

 先程の暗視ゴーグルをつけた少佐はおそらく嵯峨の片腕であるサイボーグ、吉田俊平であることは近藤にもわかった。そうなればこの艦のシステムが完全に乗っ取られていても合点がいく。


「近藤中佐。とりあえずここのクルーだけでも武装の許可を」 


 暗い面持ちで艦長が語りかけてくる。


「すぐさま白兵戦闘に向け準備にかかれ!」 


 帽子を被りなおしながら近藤は静かに言葉を搾り出した。クルーは一斉に足元から自衛用のサブマシンガンを取り出してマガジンを差し込むとボルトを引き装弾する。


 画面の中では突然の事態と連絡もなく現れた嵯峨の存在に驚きながら、拳銃をホルスターから出そうとしては惨殺されていく同志の姿が映し出されている。


『ずいぶんな歓迎だな!だがもう少しましな連中を用意してくれよ。これじゃあ俺が弱いものいじめしているようにしか見えないじゃねえか』 


 嵯峨の上半身は5人目のクルーを斬った頃には、返り血で紅く染まっていた。


「本当に一人で来るつもりなのか?」 


 嵯峨の部下達はすべて決起に応じなかった兵士達が監禁されている後部格納庫に消えた。ただ一人、嵯峨だけが第一艦橋に向かう階段を上がってきている。


「中佐!一箇所だけ、この部屋のドアの開閉は操作可能です!」 


 補助通信士の叫びで呆然と画面を見つめている近藤は我に返った。


「そうか、全員の武装は終わっているか?」 


 自分の言葉が震えているのがわかる。軍本部上がりの近藤自身、ここまで敵が迫っている状況を経験したことは無かった。かつて彼が立案し、頓挫した作戦で死んでいった指揮官はこんな気持ちだったのか。そう思うと皮肉にも笑みすら浮かんでくる。


「準備は完了しております。中佐はどうされます?」 


 艦長はそう言うと明らかに自棄になったというような笑みを浮かべた。


「私はいい」 


 腰のホルスターに手をやった近藤だが、すぐに手を引っ込めた。


『所詮は刀のみ装備した敵だ。一斉射すれば蜂の巣にできる』 


 近藤はそう確信していた。おそらく電子戦のプロである吉田俊平少佐が近藤に恐怖の味を見せ付ける為だけに映っている画面で、もう12人目の同志である機関員が袈裟懸けされた。すぐさまカメラを見て笑みを浮かべる嵯峨の妙に余裕のある瞳に近藤は一抹の不安を感じていた。


『ったく、部下をあっさり捨て駒にするたあ、やっぱり政治家ぶら下がりの本部付きエリートは考えることが違うねえっと』 


 13人目の前部ミサイル砲手の首が胴を離れ、頚動脈からあふれる血が天井を染める。


『何を考えている!あいつは何を考えている!』 


 ブリッジ要員は全員ドアに銃口を向けたまま待機していた。


 モニターの中の嵯峨はエレベーターにたどり着き、ブリッジのある最上階のフロアーに到着した。今度はブリッジの隔壁に仕掛けられたモニターの映像が映っている。東和陸軍と同じ灰色の勤務服。その多くは赤黒く、近藤の同志達の血で染まっていた。


 確実に大きくなるその男、嵯峨惟基の影。


「各員短機関銃を構えて敵を待て!」 


 艦長のその言葉にブリッジ要員達はサブマシンガンを手に隔壁を包囲するように並ぶ。モニターにはドアの向こうで立ち止まった嵯峨の姿が映る。


 ドスン。


 嵯峨は隔壁を蹴った。


『お客さんを迎える準備はできたか?』 


 そう言いながら、嵯峨は東和軍の半長靴で隔壁を蹴飛ばし続ける。


 まるでヤクザだ。近藤はそう思いながら隔壁の前で部下達の後ろに立ち合図を待つ艦長に視線を投げた。


「今だ!隔壁開け!撃てー!」 


 艦長のその声で隔壁が開く。


 隔壁が開くと、ブリッジクルーは一斉にフルオート射撃をドアの向こうに立っているであろう敵の総大将に浴びせた。弾幕は何かに突き当たるかのように広がり、視界が利かなくなってきていた。それでも兵士達は何かに憑かれたかのように予備の弾倉に交換してまで射撃を続ける。そして煙で視界が利かなくなったとき彼等は射撃を止めた。霧のようなものの向こうには何があるのか、それを確認するために、先任将校の操舵手がゆっくりとその霧のほうに近づいた。

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