第106話 射出されるカタパルトの上

 誠はゆっくりと息をする。


 切り替えられたモニターには演習場を示す海図に代わってハンガーの中の雑然とした光景が回りに広がる。ふと足元で紫色のパイロットスーツの女性仕官がわめき散らしているので、思わず音声センサーの感度を上げた。

 

『馬鹿言ってないでトイレの芳香剤でも何でもいいから持ってきなさいよ!』 


 明華だった。整備員が敬礼し全力疾走でハンガーを出て行く。


『あれだな。たぶん叔父貴の機体、明華の姐御が使うんだぜ』 


 特殊なサイボーグ用の目の辺りを完全に隠すヘルメットを被ったかなめが、見える口元をほころばせながらつぶやいた。


「隊長って出撃時にもタバコ吸うんですか?」 


『出撃時だけじゃねえよ。なんか考える時、あのオッサン、コックピットに座るとひらめくんだと。あ、掃除機持った奴が出てきたよ。灰皿がひっくり返ってでもいたのかな』 


 誠の正面、四式改のコックピットでは整備員達のあわただしいコックピット清掃作業が続いていた。


『すると、第一小隊は待機で、出るのは明華の姐御とマリアの姐御とアイシャとパーラか。姐御が四式。マリアは吉田の丙型、アイシャはシャムのクロームでパーラがランのレッドか』 


「クローム?レッド?」 


 誠は思わず繰り返した。


『シャムのは銀色の機体だ。見りゃわかるだろ?ランのガキの機体は赤いからレッド。わかったか?』 


 珍しくかなめが親切にそう答えた。


『島田!チェーンガン装填終わったか!終わったらすぐよこせ!』 


 かなめが指揮所の島田に向けて叫ぶ。島田が振り返り、部下が両手でバツを作って見せるのを確認する。


『すいません三分ください!』 


『じゃあ三分だけだぞ!』 


 誠はその切迫した雰囲気に飲まれかけていた。


『そんなことよりいいか?』 


 コックピットの全周囲型モニターに新しく画面が開き巨大な顔面が出現する。ジャガイモにバターを大量に塗ったものを口に運ぶヨハンの姿だった。


『エンゲルバーグ!テメエには用はねえよ!』 


『誰がエンゲルバーグだ!ヨハンだ!ヨハン・シュぺルター!』 


『バーカ。知ってて言ってんに決まってるだろ?』 


『ったく……』 


 かなめの茶々を聞きながらヨハンは肉厚の顔面をさらしながら頭をかく。


『ベルガー大尉、西園寺中尉。二人の機体のモニターの法力ゲージはどうなっていますか?』


『コミュニケーションウィンドウの下のゲージか?私のは緑のラインが限界値まで来てるぞ』


『アタシのも同じみたいだねえ』 


 カウラとかなめは不思議そうにそう言った。


『じゃあ神前。何か二人に言いたいことを考えてみろ』 


 突然のヨハンの言葉に誠は戸惑った。


「考えろって……」 


『誰がしゃべれと言った!考えろ!』 


 怒鳴られて仕方なく、カウラに向かって考えた。


『生きて帰ったら、海、付き合います』 


 画面の中のカウラが頬を赤らめて下を向いた。その様子が不思議なのかかなめは口をゆがませる。


『西園寺さん。僕は大丈夫です。生きて帰るつもりです』


『なんだ!頭ん中で声がするぞ!』 


『西園寺中尉!そいつが思念通話です!乙式の法術ブースト機能によりあらゆるジャミング等の状況

や距離に左右されない同時通信システムです』 


『じゃあSFに出てくる感応通信機みたいなものか?』 


『まあ今のところそんなもんだと思っていてください。お二人とも神前に言いたいことがあれば考えてください!』 


『わかった、楽しみにしている』 


 カウラの澄んだ声が、誠の頭の中に響く。


『安心しろ、アタシが殺させやしねえよ』 


 画面の中のかなめの口元が微笑んでいた。


『通信データどうだ!』 


 ヨハンが振り返って背後の技術部員に声を掛けるのを見て三人が唖然とする。 


『おいエンゲルバーグ!今の会話傍受してたのか?』 


『一応、通信記録をとる目的でええと西園寺中尉は……』 


『糞野郎!プライバシーの侵害じゃねえか!読んだら殺すからな!』 


 思わずかなめが激高する。一方でカウラはうつむいてじっとしている。


「シュぺルター中尉。内容までわかるんですか?」 


『実用試験の段階だからな。内容が伝わることが分からなきゃ意味無いだろ?』 


 淡々と答えるヨハンについ絶句した誠がいた。


「シュぺルター中尉……」 


 誠はおずおずと尋ねる。


『安心しろ、野暮なことは言わないから』 


 画面の中いっぱいの顔がほぐれる。誠はヘルメットの上から両手で頭をかきむしりたい衝動にかられながらただじっと黙り込んでいた。


『第二小隊、良いですか?』 


 新たに画面が開き、サラの赤い髪が映し出される。


『オメエが艦長代行か?大丈夫なのか?』 


 かなめの悪態を無視してサラは続けた。


『作戦宙域到達まで後3分です。急いでください』 


『アタシに言うな!技術屋に聞いてくれ!』 


『チェーンガン装着準備よろし!』 


『待ってました!』 


 巨大なアサルト・モジュール用チェーンガンがクレーンで持ち上げられ、かなめの機体に装備される。


『カタパルトデッキの状況は!』 


 カウラが叫んだ。


『いつでも行けます!』 


 島田が叫ぶ。


『西園寺、神前、私の順に出る。西園寺!チェーンガンの設定終了後、すぐに移動開始』 


『人使いが荒いねえ。まあアタシは敵が食えりゃあどうでも良いんだけどな』 


 凶暴そうな笑みが口元からこぼれるかなめに誠は心が寒くなる。


『びびんなって、言ったろ?アタシが守るってな!』 


 かなめは思念通話にもう慣れたらしく誠に話しかける。


「了解しました」


『硬いねえ。それより胸無し隊長殿に何言ったんだ?』 


「秘密です」 


『まあいいか』


『どうしたブラボーツー?何か気になることでも?』 


 カウラが突然言葉を発したかなめに声をかける。


『いんや、何でもねえよ!それより時間だ。島田!第二小隊二番機、『ブラボー・ツー』西園寺かなめ、出んぞ!』 


 かなめはそう叫ぶと機体固定部分をパージしてカタパルトデッキへ機体を動かす。その振動で誠はこれがシミュレーションではなく実戦だと言うことを肌で感じていた。

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