第105話 格納庫の中で
ヘルメットを抱えたままかなめが喧騒の中へ突き進んでいく。その姿がなぜか神々しく感じられるのを不思議に思いながら誠はかなめの後に続いた。
『つり橋効果ってこう言うものなのかな』
誠には柄にも無くそう思えた。
格納庫に入ると作業がもたらす振動で、時々壁がうなりをあげた。誠の全身に緊張が走る。作業員の怒号と、兵装準備のために動き回るクレーンの立てる轟音が、夢で無いと言うことを誠に嫌と言うほど思い知らせる。
「おう!着いたぞ」
かなめがすでに時刻前に到着していたカウラに声をかける。
「問題ない。定時まであと三分ある」
長い緑の髪を後ろにまとめたカウラは、緑のヘルメットを左手に持っている。
「整列!」
カウラの一言で、はじかれるようにして誠はかなめの隣に並ぶ。
「これより搭乗準備にかかる!島田曹長!機体状況は!」
「若干兵装に遅れはありますが問題ありません!」
05向けと思われる250mmチェーンガンの装填作業を見守っていた島田が振り返って怒鳴る。
「各員搭乗!」
三人はカウラの声で自分の機体の足元にある昇降機に乗り込んだ。誠の05式乙型の昇降機には隊で最年少の西二等技術兵がついていた。
「神前少尉。がんばってください!」
よく見ると西の作業用ヘルメットの下に『必勝』と書かれた鉢巻をしているところから見て、彼が胡州出身だと言うことがわかった。部隊最年少、19歳の彼は、誠を輝くような瞳で見つめながらコックピットまで昇降機で誠を運んだ。
「わかった。全力は尽くすよ」
目だけで応援を続ける西にそれだけ言うと誠は自分の愛機となるであろう灰色の機体に乗り込んだ。西が合図を出すのを確認してハッチを閉める。
装甲板が下げられた密閉空間。
誠の手はシミュレータで慣らした通りにシステムの起動動作を始める。当然、法術システムの起動も忘れない。
計器はすべて正常。
それを確認すると誠はヘルメットをかぶった。
『神前少尉。状況を報告せよ。また現時刻より機体名はコールナンバーで故障する。ブラボースリー大丈夫か?』
「ブラボースリー、全システムオールグリーン。エンジンの起動を確認。30秒でウォームアップ完了の予定」
それだけ言うとモニターの端に移るカウラとかなめの画像を見ていた。
『どうだ?このままカタパルトに乗れば戦場だ。気持ち悪いとか言い出したら背中に風穴開けるからな!』
かなめはそう言いながら防弾ベストのポケットからフラスコを取り出し口に液体を含んだ。
『ブラボーツー!搭乗中の飲酒は禁止だぞ!』
『飲酒じゃねえよ!気合入れてるだけだ!』
あてつけの様にかなめはもう一度フラスコを傾ける。カウラは苦い顔をしながらそれを見つめる。
『忙しいとこ悪いが、いいか?』
チェーンガンの装弾を終えたのか、島田が管制室から通信を入れる。
『神前。貴様に伝言だ』
「誰からですか?」
心当たりの無い伝言に少し戸惑いながら誠はたずねる。
『まず神前薫(しんぜんかおる)ってお前のお袋か?』
「そうですけど?」
誠は不思議に思った。東和軍幹部候補生試験の時、最後まで反対した母親。去年の盆も年末も誠は母親がいないことを確認してから実家に荷物や画材、フィギュア作成用の資材などを取りに帰っただけで、会ってはいなかった。
『ただ一言だ。『がんばれ』だそうだ』
『なんだよへたれ。ママのおっぱいでも恋しいのか?』
かなめが悪態をつく。誠はその言葉に照れてヘルメットを軽く叩いた。
『それとだ、管理部の菰田からも来てるぞ。まったく人気者だな』
「なんて書いてあるんですか?」
誠は思わぬ人物からの手紙に少し照れながら答える。
『馬鹿だアイツ。これも短いぞ『もどって来い。俺が止めを刺す』だと。嫌だねえ男の嫉妬は』
『カウラ!いい加減アイツ絞めとかないとやばいぞ』
笑いながらかなめが突っ込みを入れる。何のことかわからず途方にくれるカウラ。誠はかなめにつられ
て笑いをこぼした。
『ブラボーワン!吉田少佐が作戦要綱を送ったそうですが見れますか?』
島田は先ほどのダレタ雰囲気を切り替えて、仕事用の口調でそう言った。
『大丈夫だ。ちゃんと届いている。ブラボーツー、ブラボースリー。今そちらに作戦要綱を送ったので地図とタイムスケジュールを開いてくれ』
カウラの声がヘルメットの中に響く。誠は画面を切り替えた。ハンガーを映していたモニターに近隣宙間の海図が映し出された。
胡州外惑星系演習場の近辺の海図がモニターに表示される。正親町連翹(おおぎまちれんぎょう)の家紋の艦は司法局実働部隊運用艦、重巡洋艦『高雄』。
その進路の先にXマークが見える。
『わかると思うが現在、我々は正親町連翹のマークのところにある。Xマーク地点に到着次第作戦開始だ。そしてそこから距離五万八千のところが目的地の演習用コロニーだ』
カウラはそう言うとコロニーの印にマークを入れた。
『現在、確認されている戦力は加古級重巡洋艦『那珂』を旗艦とする第六艦隊分岐部隊。『那珂』の他、駆逐艦三、揚陸艦八だ。状況としては近藤シンパが五時間前にすべての艦およびコロニー管理部隊を完全制圧。同調しなかった将兵は旗艦『那珂』に幽閉されている』
『人間の盾かよ。しゃらくせえまねしやがんなあ』
フラスコを傾けながら口を挟むかなめを無視してカウラは続けた。
『敵機動兵器の主力は火龍54機、疾風13機。それに密輸用と思われるM1が69機だが、パイロットには近藤シンパが少なく、稼動数は30機前後と予想される』
『まあな。海軍は元々大河内公爵の地盤だ。それにパイロットには赤松の旦那の信奉者が多いからな。明らかな命令違反行為に付き合うお人よしは少ねえだろう』
『じゃあ胡州軍部通のブラボーツー。近藤中佐はどう言う布陣をしくと思う?』
横からほろ酔い加減で茶々を入れるかなめに愛想をつかして、カウラがそう問いかけた。
しかし、かなめはフラスコをベストのポケットにしまうとニヤリと笑って海図にラインを引いた。
『この半径が『那珂』の主砲の有効照準ラインだ。このラインに入らなければ主砲はそう簡単には撃てない。当然アタシ等はこの正親町連翹(おおぎまちれんぎょう)から出発するわけだから、『高雄』はその外側で待機することになる』
「つまり敵艦の主砲は我々に向くと?」
つい合いの手を入れた誠だが、かなめの眉間には皺が浮かぶ。そして静かに首を横に振った。
『お前馬鹿だろ?戦艦の主砲でアサルト・モジュール落とせるか!東和軍には教本も無いのか?』
あきれた。そういう顔をしてかなめは話を続けた。
『敵は機動兵器、もしくは無人観測機を使用して『高雄』の所在確認、照準誘導による主砲での撃沈を目指すはずだ。こちらがその阻止に向かうことも念頭に入てれるとなると、第一部隊は左舷10時方向下のデブリ、第二部隊はこちらの主砲の使用許可が下りていないと読んで正面を突く』
『さすがに嵯峨大佐の姪だな。吉田少佐の作戦とまったく同じだ。我々は左舷10時方向、距離二万一千のデブリに取り付き、これを死守する。主砲の射程外のデブリに取り付けば向こうは大型レールガンでも用意していると考えるだろう。その間に別働隊が『那珂』にとりつくそれが作戦目的だ』
カウラはそう言うとゆっくりとヘルメットを被った。誠は作戦要綱をじっと見つめながら、それを必死に頭に叩き込んだ。
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