第二十二章 出撃
第103話 ブリーフィング
「それでは時計あわせ、三、二、一」
司法局実働部隊運用艦『高雄』実働部隊控え室。その名前にもかかわらず、誠はここに乗艦以来、一度も入ったことは無かった。カウラ、シャム、かなめ、誠が直立不動の姿勢で、部隊長代理の吉田がその前に立っている。
「今回の作戦の特機運用は第二小隊だけで行う」
口の中でガムを噛みながら吉田はそう言い切った。
「アタシはどうすんの?」
「質問は後だ。現在一一○○(ひとひとまるまる)時。一二○○(ひとふたまるまる)時にベルガー、西園寺、神前はハンガーに集合。そして別命あるまで乗機にて待機。以上質問は?」
「ハイ!ハーイ!」
まるで小学生が出来た答えを発表するような勢いでシャムが手を上げた。
「ちなみにシャムの質問はすべて却下する!」
「それひどいよう!俊平!」
「俺には聞こえん!何も見えん!」
吉田とシャムがいつも通りじゃれ始めたので誠達はすることも無く、力を抜いて立っていた。
「吉田少佐。せめて侵攻ルート等は……」
「すべて搭乗後に連絡する。今回の作戦は非常に機密性が必要とされる作戦だ。それに現状で静観を保っている地球等の異星艦隊の動きがどうなるか読めん。作戦開始時まで何箇所かある進行ルート候補の絞込みを行ってから連絡を入れる」
そう言うと吉田は彼の胸を叩いているシャムの頭を押さえ込んだ。
「離せー!離せー!」
「それよりそいつ何すんだ?」
かなめはじたばたしているシャムを指差してそう言った。
「こいつと俺は別任務。まあ、今回はお前等で十分だろ?値段じゃあっちの火龍の20倍はする機体なんだぜ05式は。落とされたら管理部の連中が発狂するぞ」
「ふうん。けど新米隊長と実戦経験ゼロの新入り。不測の事態って奴がな……」
「何だ、西園寺は自信が無いのか?」
明らかに挑発する調子で吉田がきり返す。
「そんなこといつ言った!このでく人形が!」
「やめろ!」
カウラの一喝。じたばたするのを止めてシャムは恐る恐るカウラの表情をうかがう。吉田はニヤつきながらガムを噛む。かなめは挑戦的な視線をカウラに投げる。誠はじっとしてとりあえず雷が自分に落ちないようにじっとしていた。
「ともかくこれが現状での俺の命令ってわけだ。各員出撃準備にかかれ。それと一応聞いておくけど遺書とか書いとくか?」
「馬鹿言うなよ。アタシが簡単にくたばるように見えるか?」
「必要ない。死ぬつもりは今のところ無い」
かなめとカウラはそれだけ言うとドアに向けて歩き始めた。
「僕は書きます」
自然と誠の口をついて出た言葉に全員が注目した。つかつかとかなめは誠に歩み寄り、平手で誠の頬を打った。
「勝手に死ぬな馬鹿!お前が死んでいいのはな!カウラかアタシが命令した時だけだ!勝手に死んでみろ!地獄までついて行って、もう一回殺してやる!」
それだけ言うとかなめは振り向きもせずに、ドアの向こうに消えていった。
「アイツどうかしたのか?」
かなめの剣幕に少しばかり首をかしげながら吉田がカウラに尋ねる。
「そんなこともわかんないんだ!この鈍ちん!」
シャムはそう言うと思い切り吉田の足を踏んだ。思わず吉田が痛みに少し顔をしかめる。
「へえ、あの西園寺がねえ。カウラはどう思ってるの?こいつのこと」
そう言って吉田が呆然と突っ立っている誠を指差した。
「仰ってる意味がわかりませんが?」
本当に不思議そうにカウラは緑色の髪をなびかせながら答える。
「そんなの決まってるじゃん!カウラも誠ちゃんのこと好きなのよね!」
シャムは小さな胸を張って答えた。誠は狐につままれたという顔の典型とでもいう表情を浮かべた。カウラは透き通るような白い肌を紅潮させてうつむく。
「まあどうでもいいや。神前、どうする?遺書書いとくか?」
投げやりに言う吉田を前に静かに誠は首を横に振った。
「まああれだ。05は素人が乗っても火龍程度は軽くあしらえるスペックなんだ。いざという時は機体を信じろ。まあ俺の言えることはそれくらいだな」
吉田はそう言うとシャムを連れて部屋から出て行った。
「カウラさん?」
うつむいたまま立ち尽くしているカウラに誠は思わず手を伸ばしていた。
「隊長命令だ、直立不動の体勢をとれ!」
一語一語、かみ締めるようにしてカウラは誠に命令した。誠は言われるまま靴を鳴らして直立不動の体勢をとる。
「一言、言っておくことがある。これは作戦遂行に当たっての最重要項目である」
「はい!」
うつむいたままのカウラは肩を震わせながら何かに耐えているように誠には見えた。誠を見つめる緑色の瞳。
潤んでいた。
「死ぬな。頼む……」
「はい」
誠は思いもかけぬカウラの言葉に戸惑っていた。同じように自分の言葉に、そして自分のしていることに戸惑っているカウラの姿が目の前にあった。
「言いたいことは、それだけだ。先に出撃準備をしておいてくれ。ハンガーでまた会おう」
カウラは今度は天井を見上げながらそう言った。誠は一度敬礼をした後、静かに控え室から出た。
『高雄』艦内の廊下は同級艦と比べて広めに設計されている。それを差し引いても、誠には私室に続くこの廊下が奇妙なほど長く感じられた。廊下には誰もいない。昨日まで雑談や噂話に明け暮れていたブリッジ要員の女性隊員も、無駄に元気そうにつなぎ姿で馬鹿話に時を費やす技術部員も、カードゲームの負けのことを考えながら頭を抱えている警備部員もそこから姿を消していた。
「静かなものだなあ」
誠はそう独り言を言った後、居住スペースのあるフロアーに向かうべくエレベーターに乗り込んだ。
「んだ?ロボット少佐殿に絞られたのか?」
エレベータ脇の喫煙所で、かなめがタバコを吸っていた。
「それともあの盆地胸に絞られたとか……」
かなめのその言葉に誠は思わず目をそらす。
「おい!ちょっとプレゼントがあるんだが、どうする?」
鈍く光るかなめの目を前に、誠は何も出来ずに立ち尽くしていた。
「そうか」
かなめの右ストレートが誠の顔面を捉えた。誠はそのまま廊下の壁に叩きつけられる。口の中が切れて苦い地の味が、誠の口の中いっぱいに広がる。
「どうだ?気合、入ったか?」
悪びれもせず、かなめは誠に背を向ける。
「済まんな。アタシはこう言う人間だから、今、お前にしてやれることなんか何も無い。……本当に済まない」
最後の言葉は誠には聞き取れなかった。かなめの肩が震えていた。
「ありがとうございます!」
誠はそう言うと直立不動の姿勢をとり敬礼をした。気が済んだとでも言うように、かなめは喫煙所の灰皿に吸いさしを押し付ける。
「今度はハンガーで待ってる。それじゃあ」
それだけ言うとかなめはエレベータに乗り込んだ。また一人、残された誠は私室へ急いだ。
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