黄金卿の章―― 神の右腕 其の③

「――それで? 『黄金卿エルドリッジ』の秘密ってのは何なんだ?一向に話が見える気配がしないんだが」


 部屋の中を夜風が吹き抜ける中、ザッシュはアリスの次の言葉を待つ。


 「うーん。じゃぁ逆に聞きますよ。ザッシュさんは彼の正体って何だと思いますか?」


 「はっ、ただのイカれた機械野郎だろう。奴の身に着けている『右腕』とやらには興味あるがな」

 

 ザッシュの問いにアリスは少し呆れた様に溜息を出した後、すぐに真面目な顔に戻り、こう切り出した。


 「いえ、見た目のことを言ってるんでなはくて、もっとこう根本的なことを言ってるんですよ。だって、おかしいとは思いませんか。この荒廃した時代には似つかわしい機械の肉体。どう見てって今の技術じゃ不可能なんですよ」


 「――何が言いたい?」


 「『黄金卿エルドリッジ』はの人間じゃないってことですよ。いえ、正直にいえば『人間』かどうかも怪しいぐらいです」


 アリスのその発言にザッシュは心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じた。自分以外にがいる可能性がある。確かにあり得る話ではあった。自身のように冷凍睡眠コールドスリープから目覚めた者がいてもなんら不思議なことではない。


 「……なるほどな。で、お前の仮説が本当だったとして、それがオレに何の関係があるんだ?」


 ザッシュはあくまで平静を装ったまま、アリスに投げかける。心の澱で疑心が確信へと変わりつつあることに畏怖を抱きながら。


 「本当は何もかも分かってるんじゃないですか?『黄金卿エルドリッジ』もかつての――の時代からやって来た……ということを。知ってるんですよ、わたし。だって、あなたの右腕だって――」


 (ああ、それ以上先を言うんじゃねぇ。それを聞いたら……オレは……)


 「――古代文明の産物ばけものじゃないですかぁ」


 アリスが言い終わるや否や、ザッシュは左腕でアリスの胸倉を掴み、宙へと吊し上げていた。――『右腕』を戦闘形態へと変形させながら。


 「一緒にすんじゃねぇッ! オレは――オレは人間だ。それ以上でもそれ以下でもねぇ!」


 それはまさしく激流の様に。ザッシュの口の中から悲哀と憎悪に満ちた感情が噴出した。自然とアリスを締め付ける力が強まる。


 「テメェに何が分かる!? 一番信頼していた仲間に突如右腕を奪われて!何も分からねぇまま右腕を改造されて! 何百年も先の知らねぇ時代へ投げ飛ばされた! 日に日に薄れていく記憶。オレが何者であったのかさえ分からなくなる毎日。オレの苦悩が……絶望が……お前如きに分かってたまるか!」


 アリスはそんなザッシュの行動に抵抗することもなく、彼を睨みつけると、毅然とした口調で言葉を紡いだ。


 「ええ、知らないですよ。だってそんなの興味ないですし。いつまでも過去なんかに拘って、先の未来ことを見ようとしない人のことなんて。……しっかりして下さいよ!遂に手掛かりが見つかったんですよ?あなたは何のためにこの街へと来たんですか!」


 アリスの叱責を受け、ザッシュは遂に我に返った。腕を離し、彼女を解放する。そうだ、自分には目的がある。必ず『右腕』を取り戻すという何よりも優先すべきものが。ザッシュは気合を入れ直す様に自身の頬を2回叩いた。

 

 (はっ、情けないぜ。まさかコイツに思い知らされるとはな。コイツと初めて会った時のことを思い出すな。確か、あの日もこんな風に叱られたっけか)


 ザッシュは皮肉に口元を歪めながら、かつて同じ様なやり取りをしたことを思い出した。そして自身の衝動的行動について反省した。


「――悪い、少しヤキが入ってしまったみてぇだ。……アリス、お前の言う通りだ。オレはこんなところで燻っているわけにはいかねぇ。なぁ、アリス。お前の知っていること、全て教えてくれねぇか?頼む。オレにはもう覚悟が出来ている」


 恥じらいもなく頭を下げるザッシュに、アリスは一つ溜息をすると「しょうがないですね」と語りを再開した。


「――彼の名前は『ゾーレス・ドレファン』。500年前の『崩戦カタストロフィ』の生き残りにして、神の右腕の現所有者です」


 その名を聞いて、ザッシュは黒い炎が体内を焼き焦がし、心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。


 (――ゾーレス・ドレファン……いや、ゾード。戦友にして親友……そしてオレの右腕を引き裂き、オレから全てを奪った男。奴がここに……この街にいる……!)


「首洗って待ってろよ、ゾード。必ず貴様を見つけ出し、地獄で詫びを入れさせてやる」


 ザッシュはまだ会えぬかつての友に向け、最大限の呪詛を吐いたのだった。

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