3日目 姉(2)
背中の浸食された部分がかなりじくじくと痛む。
だけど、ここで目をそらしてはいけない。
そんな気がした。
「さてと、楽しませろよ?」
「2対1で何言ってるの~?まぁそのぐらいなら余裕で対応してあ・げ・る♡キャハ!」
男勝りな口調になった課長の圧と女の圧がぶつかり合う。
「じゃあ、行くぜ?」
「いつでもいいよ♡」
掻き消える瞬間に幾度と鳴る音。
恐らく、何度もぶつかっているのだろう。それも、聞こえてる音以上に。
二人だけいる次元が違う。
あまりにも高い次元だと、概念が効かないのではなく、使うより殴ったほうが早い。
それもそうだ。これだけ速ければ、考えるより早く動かない限り間に合う訳がない。
ココアは割入らないのだろうか?そう思っていたが、僕たちを衝撃から守っていてくれていた。
飛ぶ血しぶき。飛び散る肉片。時折聞こえる罵声。
まるで雨のように注ぐそれらは、そう少なくないどちらか、もしくは双方の被害を伝えていた。
『主らには見えとらんじゃろうが、今かなり互角に戦っておる。それにしてもあの女子は良く戦えておるのぉ・・・全盛期程ではないとは言え、ほぼ全力は出しておるぞ?』
二人の動きが唐突に止まり。止まった時の余波で雲が大きく揺れた。
赤く染まっているの部分は課長が多いのに、相手の方が疲れているように見えた。
「意外と頑張ったな・・・だからこそ言おう。ちゃちなもん翳してんな。お前。」
「はぁ、はぁ・・・何がちゃちなもんなの?生きたいって意思が。はぁ、自由でありたいって思いが、何が悪いの?はぁ・・・アタシは、自分らしく自由に生きたいの!」
「誰を犠牲にしてもってか。」
「そうよ、それの何が「そりゃあ大層なことで、あ~あ。」
必死にしゃべる女に対して、とても冷めた瞳を向けた課長。それは女越しに見ていた僕らさえ凍り付かせた。
そして一言・・・
「もういいです。」
『――――すまんがもう終わりじゃ。』
一瞬で背後を取ったココアに反応できない女。
勝敗は明確だった。
前から課長が大きく手を振りかぶり、ココアさんが後ろから大きく口を開く。
「何を?「それじゃいただきます。」『久々の悪食だのう。』えっ?」
「【グラトニー】」『【ゴッド・イーター】』
「あ・あ・ああああああああああ!?!!?!??」
二人の攻撃は女を透過しながら、直前の反応さえさせず、何かをされたという結果のみを残して終わった。
膝から崩れ落ち、急激に見た目が変わり始める女。
髪から色素が抜け落ち。一気に体が細り始める。
「ふむふむ、これは後で皆さんにお返しせねば。それはそれとして、ごちそうさまでした。雑魚が。」
『おええええええええまっずなんじゃこれ!?マジで死肉を腐った状態で食った気分じゃ!』
「返せ…全部返せえええ!」
『「無駄ですよ(じゃ)」』
踊りかかるも一瞬で再び膝をつかされる。その瞬間みえた見た目は酷く、病弱そうな、幸薄そうな要望をした少女だった。
「寿命を人から奪った報い。受けてもらいますよ・・・っく結構反動が来ますね・・・やっぱり権能行使はだめでしたね。あのクソ神が。」
「・・・ん?わりぃ完全に気絶してたわ。おー課長さん久しいなぁその格好。何年ぶりだぁ?お?もう戻すのか」
アレックスが目を覚ました時で課長が元に戻った。課長は顔が青ざめて、体中に謎の赤い模様が浮かび上がる。ココアさんは依然として吐き続けていた。・・・あれ魂でてないよな?
『クソ神のせいでこれ以上は参加できなさそうです。ココリアルもちょっと無理そうなので、あとは頼みます。アレックスは私が治しておきましょう。あと、拘束解除も私がやっておきます。アレックスはここに残ってこの子の対処。健太さんあなたはテツさんと一緒に――――――――』
「姉さん!もうやめてくれ!」
「ようやっと、救世主様が来たみたいだな?」
「そうだね・・・ちょっと疲れたかな。」
そこにはズタボロのシンさんと、レイくんがいた。
最後まで僕らのために戦った二人が。
「ありがとうございました。あとは僕とテツに任せてください!」
『――――2人を助けてあげて下さい。』
背中がうずく。
メヲサマセ
悪意の発露を感じる。姉に対する敵意が燃え上がる。
メヲサマセ
だが、これぐらいでいい。
「友達巻き込んでの兄弟げんかといこうか。」
「すごく、ださいなそれ。」
「うっさいよ。テツ。」
「これぐらいのほうがいいだろ?」
「あぁ・・・頼む。テツ」
「さっきは活躍できなかったからな。頼まれた!」
イマトキハミチタ
うるさい
キサマノアイヲシメセ
分かってる。
じくじくと痛む背中に、自分が浸食されていくのを感じながら、微かに最初よりいい顔になった。姉を見据える。目が濁ってどこか別のところを見ていた。
異形じゃなくなったみたいで良かった。
ヤルノカ?
余裕だ。示してやるよ。
ソレデイイサスガハオレッチダナ
頼むよ。『俺』。
「目覚ませやあああ!」
『るぉおおおおおお!』
「ちょっと!?ケンちゃん!?」
感謝を持って全力で殴りかかると、お互いに全く同じ場所にこぶしを当てあう。
頬に突き刺さる左ストレート。でも、それは以前喰らった時の数倍は軽かった。
そうしてお互いに吹っ飛び立ち上がり再び見つめあう。
見ると今までの全てのオーラを無くしながら、目をキラキラとさせた。
いつもの姉がいた。
イイパンチダ!サイゴニイイモンガミレタヨ
最期?なんで?
アンタノシンショクサレタノハゼンブオレッチガツレテッテヤルヨ
ダカラアンタハオレッチノカワリニ――――――――
「さぁ。」
『健太・・・』
「いくよ?」
『ええ!おいで!全力で!』
「俺、これどうしたらいいんすか?」
『…誰?』
あぁ、姉さんが戻って来てるな。最後に何かしたいんだろう。
なぁ『俺』本当にいいのか?
イインダ
オレッチハドノミチタイジョウヨテイダッタカラ
チョットハヤマッタダケダ
ありがとうな。
イイカゲンメヲサマセッテオレッチハソッチトオナジナンダカラ
イクゾ?
『そこの人たちにはごめんね・・・でも負けたくなかったから!』
「目覚めたきっかけは?」
『いい感じの右ストレート!』
「よし、始めようか!僕一人じゃ絶対勝てないから2対1で!」
「嘘だろケンちゃん!?」
『おっけー!』
「嘘だろケンちゃんのお姉さん!?』
『「冗談に決まってるでしょ!」』
概念なんて、魂装なんていらない。
この身一つ。
打ち出すは自分史上最高で至高の打撃。
『俺』から託された思い。今までの感謝と・・・
『いっ「せーのっ!」』
『「おらぁ!」』
・・・恨み!
――――――――アノバカアネヲタタキノメセ!
容赦なく互いに顔面を殴る。
そこに意味はなく。
あるのは意地と意志。
故に正解などなく。
故に思惑もない。
姉に(弟に)負けたくないというだけの浅はかな思い。
散々迷惑かけやがってという恨み。
無駄に溜め込みやがってという姉ならではの思い。
互いに互いを1ミリも嫌っていない。
だからこそ容赦はない。
だからこそ絶対に避けない!!!
殴りあっては互いにたたらを踏み。踏ん張る。
テツはそれを見ておろおろしていた。
が、笑顔なのを見て、止めることを辞めた。
右手に込める、『俺』と僕の思い。
顔に吸い込まれていき。同時に僕のほうに姉の重い一撃が炸裂する。
『「あああああああああ!!!」』
そこに居たのは獣か、人間か。
そんなのは1ミリも関係なくなっていた。
どちらかの意思が折れたらそこでおしまいの姉弟喧嘩。
僕らは最高に楽しかった。
どれくらい時間が経ったのだろうか?1分?10分?1時間?全く分からない。
鼻から血は流れ、歯が2本ほど無くなり口の中がじゃりじゃりしている。
ふらふらしながらも、まだいけるという確信があった。
だが、体はあと一回しかもってくれそうになかった。
それは姉も同じようで。
『「次が最後だね。」』
そう言いあって、姉が不敵に笑みを浮かべた。
僕も自然と口角が上がった。
動いたのは同時だった。
ゆらっと動き出し、加速し、感謝を込める。
『「今までありがとう!!」』
口から自然と漏れる。感謝の言葉。
互いに射程に入る。
体から放たれる、全身から放たれる、筋肉だけでなく、骨、内臓も最大限活用し加速する。打ち抜く。その感覚が目の前で未来視のように見えた。それをなぞるように体を動かす。それは確かに――――――――
『「おらぁ!!」』
――――――――人生最高の一撃だ。
姉の攻撃が入る前に当たる拳。
それはピシピシという音をもたらし、姉を砕いた。
『あちゃ~負けちゃったか~。』
「あぁ、姉さん。あなたの負けだ。」
『最後の見えなかったよ~すごかったなぁ~。』
「それは良かった。僕も最高だと思ったよ。」
『そう言えば俺って言わなくなったんだね。」
「・・・あぁ。」
『なんか・・・色々ごめんね。』
「いいんだ。」
『もう時間はないみたいだから、これだけやっていくこととするよ。』
どんどん崩れていく姉の体。魂の無いまま無理をしたからだろう。もう消えてしまうのかもしれない。
「えっ!?待ってまだ聞きたいことが!」
『ダメです~お姉ちゃんはわがままなのです。そこの男の子健太のお友達かな?』
「あっはい。」
『この子のこと、任せたよ。』
「待って姉さん、いかないで!」
『最期だし、君の中のもう一人の君を救ってからいくこととするよ。そうすれば、真の意味で本来の健太になれる。』
「お願い!やめて!」
『うるさい!』
バァンと背中の浸食された部分を殴られる。
そこから痛みは引いていった。
俺っちがいる!?そっち何かしたか!?
違うよ、姉さんが・・・
なるほどな・・・
『紛い物の私でも愛してくれてありがとう。魂が無くて勝手に歪んじゃってごめんね?でも、食べられる前に逃げられるのは健太のところだけだったの。』
「ずるいじゃないか。言いたいことだけ言って。やりたいことだけ言ってさよならなんて。」
そう言うと姉は心の底から嬉しそうな顔をして笑顔を浮かべた。
『お姉ちゃんはずるいんだよ!』
その笑顔は今まで見た中で一番きれいで・・・幸せそうだった。
パリン
その音と共に僕に憑りついていた姉はこの世界から消えていなくなった。
――――――――
どれだけ手を伸ばしても届かないものはある。
だからこそ、
近くのものを大切にしようとしたんだ。
手に取ろうとしたんだ。
それはもう残ってなくなったけど。
でも、
それには、
確かな温もりが残っていたんだ。
――――――――
「うぅ・・・ひっぐ・・・うあああああああ!!!」
僕は泣いた。
失ったものを確かめるように。
ここに姉がいたのだと証明するように・・・
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