2日目 羽化

20xx年6月29日――――――――






夢は見なかった。


朝の陽ざしに温もりを感じた。


くぁとあくびが出た。


僕の体に熱が巡る。


そっと体に風が触れる。


ほどよい涼しさに、寒気は感じなかった。


時間は午前6時20分だった。






隣で寝てるテツは未だに目を開かず、いびきをかいている。




僕は起き上がり、お風呂に入ることにする。


服を脱いで畳んで床に置いておいた。


というかいつの間にパジャマに着替えてたのだろう?


あれ?こっち来た時の格好は何だっけ?


西向きに窓がついているにも関わらずかなり明るかった。


体を洗おうとしたら、シャンプーとかはなく、『魂だから、服は脱がなくてもいいんですよ。それにシャンプーとかは使わなくても、お湯を被るだけで綺麗になりますよ。』と書いてあった。




なるほど、そう言えば魂だった・・・あれ?今の僕たちって靄みたいじゃないのなんでなんだろう。


まぁ服脱いでるしいいや。


あのおじいさんみたいに何かしらの契約書を取り込んでいるのだろうか?


体を鏡で見ながら探っていると体が不意に透けた。その靄の中・・・僕の体に紙が浮かんでいた。


思わずうわッと声が出た。


唐突に見えた僕の体の中、そして紙・・・これはたぶん契約書の一つだろう。


契約した覚えはない、多分仮契約のようなものだろう。


取り出そうとすると体の全部が抜けていく感覚がしてなんとなくやめた。


その脱力感は姉にされたことに似ていた。


魂に癒着しているのだろう。


その脱力感と恐怖に少し汗を掻いた。


あって困るものでもないな、と考え着くと自然と見えなくなっていた。




恐らくあの紙の近くに核があるのだろう。




お湯につかると、水面に自分の顔が写った。その顔色は、ここ最近見たものの中で一番良かった。


がたがたと何かがなった。テツが起きたんだろう。


ガラガラとお風呂場の扉が開けられる。


寝ぼけまなこで寝ぐせの立ったテツが裸でいた。




「ふわぁ。お、ケンちゃんも今風呂か。となりいいか?」


「五右衛門風呂で隣入るの?」


「俺は気にしないぞ?そういえば、服どうしたん?脱がなかったの?」


「いや、気にしろよ・・・てか無くなってたの?じゃあやっぱりこの服も魂でできてるのか。」


「んんん?どういうこと?」


「今服を着てるイメージしてみなよ。」




そう言うとテツは目を瞑った。


すると、体に今までと違う服・・・というか今まで着てた服さえ記憶の中じゃ朧気になっているけど、学生服になっていた。


確かこっちに来た時、テツの格好は・・・そういえば試合用ユニフォームだったな。




「・・・おわぁ!マジだ!格好変えられるのか!」


「多分それの要領で消せるはずだよ。」


「どれどれ・・・おっ消せたな。じゃあ入るか。」


「ん?なんで?狭いって言ってるよね?」


「そうか、じゃあ少し小さくなるわ。」


「何言って・・・はあああ!?」




テツは宣言どうり小さくっていうか若返った。


昔見せてもらった小学校の時の写真にそっくりだった。




「これならいいだろ?」


「そういう問題じゃ・・・もういいわ。」


「はっはっはっはっは!俺の勝ちだ~!と~う!」


「うわっぷ。跳んで入るな!」


「ふぃ~気持ちいいな~・・・なぁケンちゃん。こっち来て元気になったな。」


「テツ?何言ってんだ?」


「いや、少しな。この前まで、お前の顔がどんどん青ざめるようになっていったんだよ。体育の途中で吐血したときより、今のほうがよっぽどやばいとも思ってた。でも、雷の後から、確実にお前は感情豊かに、それ以上に元気になったよ。心配したぞ?俺は友達だからな、たまに不安になるんだ。どこか、遠くに行っちゃうんじゃないか?って。まぁ、不思議なもんで今俺たちは絶賛、体から遠いところにいるんだがな。」




そう言って笑うテツの顔に少し安心感を覚えた。


テツはなんで、俺に構うようになったのか、それの一端も見えやしない。


でも、これだけは分かる。


テツは真面目に話したときに、それを本気でどうにかしようとしてくれる。


その姿に、僕は憧れたんだ。


だからこそ、もう一度聞きたいと思った。


なんで、僕と話そうと思ったのか、と。


仲良くしてくれるのかと。




「なぁテツ。改めて教えてくれ。」


「なんだ?なんでも教えてやろう。」


「お前はどうして、僕なんかに関わろうと思ったんだ?話しかけてきたんだ?そうしなきゃこんなことにも・・・」


「バーカ、人と関わるのに、理由がいるかよ。話しかけるのに、意味なんかいるかよ。俺が『話してみたい』そう思ったから話しかけた。楽しかったから、仲良くした。それ以上に何か必要か?」


「だけど・・・」


「だけどもなんもない。何に悩んでるんだ?ケンちゃん、もしかして関わりたいけど、関わったらまたケンちゃんの姉みたいに、俺が何かなっちゃうんじゃないかって悩んでるのか?俺心配なのか?」


「違う!違うけど・・・」


「多分自分じゃ気づいてないだろうから言うけど、ケンちゃんはどっちつかずじゃなくて、どっちもをどうにかしようとするからパンクするんだよ。2つ以上のことをどうにかするんじゃなく、1つずつどうにかすれば周りも手伝える。昨日みたいにもっと周りを頼ればいいんだ。手が足りないなら貸すし、頭が足りないなら貸す。だから・・・頼れよ、俺を!脳みそは足りないかもしれない!魂だって弱いかもしれない!でも、お前の友達なんだよ!俺がお前の足りないところを補うから!お前も俺の頼りないところを補え!そうすれば最強だろ?」


「・・・傲慢すぎるよ。」


「傲慢で結構!それで!・・・それで、お前が救われるならいくらでも手を差し伸べてやる。」




そうか・・・僕の風切り羽は無くなっても変わらないのか。


テツが僕に新しい翼をくれるから。


カチリ


そう、心の臓の奥が鳴った。


目から流れる涙の熱に、自分の体をめぐる熱に、足元から上る熱に、僕は笑顔を浮かべた。


手を握りしめて、テツのほうに向けた。




「あぁ・・・これからも頼むよ・・・相棒。」


「こちらこそ頼むぜ、相棒!」






いつの間にか、テツはいつもの身長になっていた。


こぶしを互いに合わせた。


アメリカの映画のような感じに、少し恥ずかしくはなったが、それ以上に嬉しかった。




「それはそうと、やっぱり狭いな。」


「だから言ったでしょ?」


「まぁ偶にはいいよな。」


「しばらくはいいかな。」


「俺だってしばらくは遠慮させてもらう、まぁ銭湯とかならいいかもな。」


「今度行こうか。」


「そうだな~、ちょいと遠いがそれもいいかもな。」




こんな他愛ない話。


続けばいいのか、いや、続かせよう。


そう心に決めた。

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