1日目 観察

「あれは・・・幽霊?」


その言葉にハッとした、そうだあれは僕たちに憑りついた姉のような存在だ。

思わず身が固くなった。その僕をみてお兄さんが笑い声を上げた。



「はっはっはっ!そんなに身構えんなって。ありゃ、魂付きの霊だ。正規の手順で来たやつだから安心しろ。」

『そうじゃそうじゃ、わしのことなんて近所のおじいちゃんとでも思っておけばよい!』

「実際82歳で死んでるからね~おじいちゃんがちょうどいいかもね~。」

「んんん?今その靄喋りましたよね?」

「ケンちゃん何言ってんだそんな訳が・・・」

『そうじゃが、それがどうした?』

「「うわああああ!!!??」」


やはり喋っていた。天使のように脳に響かせるように。

お兄さんが気まずそうに口を開いた。


「あーそうか、お前らは霊が原因でこっちに来たんだもんな。笑って悪い。それに別の課の死神が中身をこぼしちまったか、快諾なしに死期だからと無理やり連れてきたのが大元の原因だ。代わりに謝らせてもらう。すまねぇ。」


そういって頭を下げられた。

嫌な気持ちは無かった。

テツも同じ気持ちだったようだ。


「大丈夫ですよ。」

「俺の方も大丈夫です。」


その返事を聞いたお兄さんはほっとした表情を浮かべ、話を再開した。



「さて、爺さん待たせたな。話を続けようか。」

『せっかくじゃ、最初から言おうかの。』

「新顔もいることだし、それのほうがいいかもね。じゃあ、今までの経歴をお願いね~」


おじいさんはコホンと咳ばらいをしてから語り始めた。


『儂には殺した人がおる。その人は儂の妻じゃ。儂は物理的に殺したのではない、心を殺したんじゃ。儂は家庭のことなんて考えなかった。仕事だけ、背中だけ見せておればいいと思っておった。じゃが・・・』


威厳のあるようなそれでいて悲しそうな言葉。

格式張ってないが、だからこそ心からの言葉に聞こえた。

そう言って一呼吸置いてから、靄を揺らしながら吠えた。


『そんなことはなかった!!!妻は家庭に育児、それに口数の少ない儂に精神をすり減らしていった!!!儂はそれをあろうことか見て見ぬふりをした!!!それこそが儂自身の1番の罪じゃ!それを罪と認めてもらうまでは、儂は罪を甘んじて認める気はない!!!いくら貴様ら死神がいい人であろうとな!!!」


ビリビリと空気が震えた。心からの慟哭、罪の意識。

それこそが正しき人間の在り方なのかもしれない。とても美しい贖罪だ。

空気が一瞬で和らいだ。


『分かっておる、これはわしのわがままじゃ。それでもわしは認めることができんのじゃ。認めてしまったら、ばあさんといた日々を。確かに笑顔でいられた日々を否定されるような気がしての・・・』


死神のお兄さんがその時口を開いた。


「おうおう随分と端折って話をしてんな。違うだろ?爺さん。俺らはあんたに経歴を聞いてんだ。何もあんたの感情を聞いてるわけじゃねぇ。間違えんな、爺さんあんたはな、たった今別の罪から目を背けてんだよ!!!」

『何ぃ?儂の他の罪とはなんじゃ!』

「あんたはこいつらが来るまでこう話していたな。『ばあさんと一度でいいから話したい』『謝罪したい』ってその上で、『それ以外に奪った命は分かるか?』と聞いたらあんたはこう言ったんだ。『分からん。それ以上の罪はない』って。そのあと少し抜けたのは悪かった・・・だがな、これだけは言わせてもらう。あんたは自分のやった行いはな?自殺っていうあんたを支えてきたすべてを、それこそあんたのばあさんまでもを否定しちまう、最低最悪の行動なんだよ!確かに死神は業務として、自殺を助長しただろう。だがな、死期を定めてしまったのはあんたなんだよ!俺だって新米の時にはそれでいいと思ってた。でもな、それは違うんだ。この職になって気づいたんだ、魂にはなぁ生き様が確かに残ってるんだよ!いいか?何回人生を謳歌しようとも、何十回罪を償っても、魂に刻まれた生き様ってのは変えられねぇんだ。あんたは自分自身の生き様を決めちまったんだ。嫌なことから逃げるって生き方をな。その傷を、生き方を治すことはできない。できんのはその生き方を矯正することぐらいだ。その為に俺らはいるんだ。だから、安心して罪を負え。もしも、どうしてもその罪を負いてぇって言うんだったら、自殺しちまうその生き方を叩き直すのが一番の償いだ。」

『・・・くっ。』


靄の中の丸いものが激しく動いた。

赤や青、いろいろな色に内側から点滅をする。

あれは・・・感情なのか、それとも別の何かなのか僕には分らなかった。

でも、これだけは分かった。おじいさんは激しく心を動かされてる。


お兄さんはそっと息を吐きだした。

そこに続いたのがレイくんだった。


「おじいさんがどう思うかは知らない。でもね、天界の規定は絶対なんだ。その中で最大限できることをするのがこの部署。その為にここに来るように言われたんだよ。伝言ぐらいなら規定に引っかからない。だからね・・・今からおじいさんの奥さんから預かった伝言を言うね。」


そう言って、コートの内側から封筒を取り出して、中の紙を開いた。


「『拝啓、私の愛した貴方。貴方にはいろいろと迷惑をかけさせられました。でも、私はそれを恨んでいません。むしろ、頼ってもらえて嬉しかったです。実はお医者様に言わないようにしてもらったのですが、私は癌に侵されていました。死因は過労死ではなく衰弱死でしたでしょう?そういうことです。女に秘密の一つや二つはあるものですよ。敢えて言うなら、もう少しお話をしたかったことだけが心残りです。これが読まれているころには私はここにはいないでしょう。きっと何かの縁があればまた出会える、そう死神さんたちがおっしゃってました。どうかご自愛くださいませ。敬具。』だって。とっても愛されてるんだね。だからこそ、おじいさんは絶対にこの罪以上も以下も受けちゃいけないんだ。いいかい?僕たち死神にはとある一つの決定権を、神を名乗るうえで手に入れる。それは、【人を裁く】と言う権利だ。あくまでも天界の法に依存するけど、どんなことをしたからこれだけの刑ってのは死神が決めるんだ。それで・・・この手紙を持っているってことはどういうことかわかる?因みに規定として、誰が何処に行ったかは言えないけど~、同じ場所にいかせるのはセーフなんだ~。」

「そういうこった。会いたかったら、罪を受け入れな。あとは任せておけ。俺らが何とかする。」


瞬間オレンジ色に変わる靄。


『ありがとう・・・ありがとう・・・。』


すすり泣くような声を出して泣いていた。

聞かなくても分かる。あの感情は喜びだ。

お兄さんがこっちに来て僕たちの頭を少し乱雑に撫でた。


「いいか、人にしろどんな生命にしろ2度死ぬんだ。どっかで聞いた言葉だろ?それは事実だ。1度目は物理的、と言っても霊を失ったときだ。2度目はその霊を、生きた証を忘れられた時だ。課長の部屋にあった資料、あれは俺らの課が作った【生きた証】だ。俺たちは記憶だけじゃなく、その証をものにしてるんだ。だが、お前らはまだ生きてる人間だろ?なら、今後誰か身近な人間を失っちまうかもしれない。健太はもう失っちまった、そうだろ?なら、2度は死なせず、生かしてやるのがお前らにとって1番必要なことだ。あの爺さんだって、地上じゃきっと忘れられる。それでも・・・いやそれだからこそ俺らは生かしてやりたいんだ。お前らも生かすために、忘れないでいてくれ。死神だってもともとは人間にしろ。動物にしろ、植物にしろ、生きていたんだ。それぐらいの傲慢、やったっていいだろう?特に、いい奴ならな。」


その顔にはとてもいい笑顔が浮かんでいた。

お兄さんは、頭を撫でていた手を離しておじいさんの元に向かった。


「さて仕上げだ。クソガキ・・・いや相棒、やるぞ。」

「こういう時だけ相棒って言うんだもんな~まぁ了解!任された!」

「「これより死神による罪の裁定を言い渡す!貴様には無意味に生命を害した45年の懲役に加え自殺をしたという30年の懲役が科される!よって天界にての労働か天獄による懲役のどちらかになる!我々は魂分析により、天界での労働を科すこととする!」」


その瞬間、突然何らかの紙が目の前に出現する。

その紙はおじいさんの元に向かい、靄の中に溶けた。

そして靄が光り輝いた。光が収まると、一人の白髪で少し強面の老人が涙を流しながら立っていた。


「安心して、推薦書は書くからね。」

「歩合制だから早く出ようと思えばかなり早く出られるぞ。まぁそんなことは思わないだろうがな。」



二人は二ッと笑って親指を立てた。

その老人は涙をぬぐって、親指を立て返し、不器用に笑って「よろしく頼むぞ!」と叫んだ。


その後「この人を教習センターに送ってくる。説明頼むぞ。」と言葉を残して、お兄さんが鍵を使って出ていった。


レイくんがニコニコとしながら話しかけてきた。


「分かった?お仕事。」

「・・・まぁ、なんとなくは。」

「俺も同じくっす。」

「それならよし、もう夜だからあと1つの魂分対応したら終わりだけど・・・



・・・やってみようか!」

「「無理です!!」」


僕たちの心は再び、完全に一緒になったのだった

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