1日目 急変
定期を見せて電車を降りる。
いつもの道、テツは僕に話しかけ、僕はそれに返す。並んで歩きながら、話しながら進む。
こんなのがずっと続けばいいのにと思った。でも、続かないのはわかっている。
少なからず、僕が変わらなければ、続かせることはできない
ふと思った。
テツはなんで僕に構うんだろうか。
僕には少なからず魅力はない。
敢えて言うなら愛想も悪く、表情だってまともではない。
それなのに僕に構うのはなぜなんだ。
「なぁテツ。ひとつ聞かせてくれ。」
「ん?どうした?」
まっすぐ目を見て聞く。その純粋な瞳に僕は吸い込まれてしまいたかった。
「お前はどうして僕に構うんだ?」
「そんなん決まってるだろ?楽しいからに決まってるだろ?」
真っ直ぐ返される言葉に思わずたじろぐ。が、言葉を紡ぐ。
「なんで僕なんか・・・僕と話すのが楽しいと思えるんだ!?」
「はぁ、お前マジで言ってるのか?なら言うよ。」
ふっと笑顔を浮かべて、口を開いた。
「ケンちゃん。お前はな、お前の思う以上に面白いぞ?ちゃんとノリにも乗ってくれるし、真面目に話も聞いてくれるし。それにな、俺の言葉を最後まで聞いてくれて、その上で主観をちゃんと話してくれるのはお前だけなんだよ。だからこそ……」
そこで息を少し吐き出して、吸った。
「お前と一緒にいて楽しいんだよ。」
今まで見た中で1番の笑顔だった気がする。
少し、照れてしまうのもしょうがないだろう。
体育館に着いた。
テツとはここで別れた。
体育館前に溜まっている水たまりを少しだけ躊躇しながら飛び越えていった。
靴を履き替えて二階に上がる。
テツはもう、着替えていて先輩たちと話していた。
体育館の二回の柵から覗いていると、隣に他の応援の人が続々集まってきた。
少し肩身の狭い思いをしながら見ていると、テツが手を振ってきた。
とりあえず振り返すことにする。
そうしたらパァっと明るい笑顔を見せてきた。
後ろから黄色い歓声が上がる。
「やばい」だの「こっちに笑ってくれた」だの言っているが、それは君たちじゃないよ・・・と思ったが、言ったら後が怖いので後ろは向かないようにする。
そして、試合前の最後の調整だろうか、練習というよりもアップをしている。
アップと言っても、少なからず、ドリブルの練習や、何本かシュートを打っているので練習ではあるだろう。その最中に、何人かの人と共にテツが呼ばれた。
それを見て残っている先輩たちの何人かが、悔しそうにしていた。
きっと今回試合に出られないのだろう。そう考えると少しかわいそうに感じてくる。
『かわいそう?部活すらできない君が?』
そう後ろから聞こえてきた。
僕は思わず身を固くした。
気のせいではない、だけど気のせいだと思いたかった。
同時に、その言葉に少しいら立ちを覚えた。
僕はできない。でもそれは、あなたのせいじゃないか。
そんな無責任に言葉を投げかけてくるんじゃない。
でも、
だからこそ、因果応報なのかもしれないとも思った。
思いは口にしなければ伝わらない。それを僕は知っている。
でも、できないでいる。
それが僕だ。
『君には人にそんなことを思う資格はない。』
それは確かだろう。だからと言ったって
「そんなに、僕に言わなくたっていいじゃないか・・・僕はやりたくたってあなたのせいでできないんだから・・・」
冷たさと恐ろしさよりも、姉に対する、別のいわゆる反発心、怒りが勝った。
小さな、小さな声で引き出したその言葉には、確かな熱気があった。
初めてだったかもしれない。自分から口に出したこの言葉には、正しく意思がこもっていた。
その瞬間、後ろが、肩がすっと軽くなった。
思わず後ろを振り向くと、テツのファンの一人と目が合った。
気まずくなって慌てて前を向くと、「何あれ?」「さぁ?テツ君のお友達じゃない?」「恥ずかしかったんだよ、きっと」と聞こえた。
君たちじゃないんだ・・・やっぱりこの言葉は飲み込んでおこう。
でも、なんでいなくなったのだろう。何がトリガーだったのか。もしかして僕の言葉が?そんなことを考えていたが、「試合始まるみたいだよ。」と聞こえてきたため、一旦考えるのをやめた。
第一クオーター、相手の学校がラン&ガンといわれる超攻撃スタイルのようだ。
だが、うちの学校にダンクができるほどの身長、ジャンプのできる人間が2人、相手の学校には3人。
その差は大きく、パワーフォワードに押し込まれることや、リバウンドに負けることが多く、着実に相手が点数を決めていく。
第二クオーターを前にして、20対10とかなりもったほうだ。
そこでうちの学校の監督がテツを起用した。
テツの身長は176で辛うじてダンクができるぐらいだ。
だが、センターになれるといっても過言ではない。
強豪ならば無理だろうがうちはそこまで強くはない。だからこそ、選ばれる可能性はあった。
だが、テツはスモールフォワードに選ばれた。あいつの強みは、何よりも速いのだ。それによる速攻や崩し、カウンターは圧巻だ。クラスメイト曰く、『一人ラン&ガンしているみたいだった』そうだ。
僕はテツのプレイを見るのは初めてだからな。ひどく背中の7番が目立った。
そして、第二クオーターが始まる。
ボールがすぐにテツに渡る。
ふっと浮かぶと同時に体を揺さぶりフェイントをかける。
そして右にいったと思ったとたんに左から抜き去った。その加速のまま相手の陣まで入りシュートの態勢に入った。そしてすっと伸びた手の先には相手の選手の手がある。だからこそだろう。もう一度沈んで後ろに跳んだ。ジャンプによりボールを持ってからジャスト2歩。だがそこは3ポイントの線の外。誰もマークに追いつかない。そのまままっすぐ跳び手からボールが解き放たれた。
バスッ。
リングや板に当たらずに入ったとき特有の音。
確かに響き、直後に歓声が湧いた。
そして、相手がすぐにカウンターに移行。テツがすぐに相手の前に立った。
1対1のマッチアップ、相手は走っている、なのにテツは相手に手を伸ばした。相手は背中を向けて抜き去る態勢だ。
「まずいっ!」思わず声に出た、あれじゃあ体に当たってファールになる。
その瞬間、手が真後ろに移動した。いや、バックステップだ。前のめりになるテツはそのまま加速して、回転を終えて正面を向いた相手の、手から離れた直後のボールに手をかける。
テツがそのまま走り抜けると、相手選手の手にボールは残ってなかった。
そのままレイアップシュートで得点した。
7点。とったのは5点でも、与えた打撃は7点だった。
相手チームにマイナス2点、自分チームにプラス5点だ。
そのあとも、純粋なスティールからのレイアップ、3ポイントシュートなどで点を稼ぐ。
圧倒的と言って過言ではない。
ダンクを決めたときには思わず「ナイス!」と叫んでしまった。
ばっちり見られてピースを返された。かなり恥ずかしかった。
だが、すこし体に負荷をかけすぎのように感じた。
変に汗が多いからだ。他の選手より圧倒的に多い。これはおかしいと思った。
嫌な予感がした。
嫌な予感があたり、4クオーターの5分ごろ、急に崩れ落ちた。
「っっっ!?」
声にならない声が出た。耳がガンガンするぐらいの悲鳴が聞こえるが関係ない。
人を避けて急いで階段を駆け下りて様子を見に行った。
監督に聞いたところ、バックステップの多用による左足首の過負荷だろうとのことだ。
丁度良く僕が来たからだろう、監督をやっている先生に「肩を貸してやってくれ」と言われた。
いつもは少し怖い監督をやっている物理の先生が少し小さく見えた。物理の時間での少しの口の悪さが目立つ先生だったが、確かに生徒思いなんだと思った。
保健室で処置をするそうだ。監督が、「この試合は無理だな、一応病院に行けよ。」と言って先にいった。準備が必要だそうだ。僕が肩を貸して運んでいるうちに、弱まった雨がまた強くなってきた。
あらかじめ余った左手で傘を差していてよかった。
テツが気まずそうに「悪いな・・・」とこぼした。
「何言ってるの?かっこよかったよ。」
「ダサいだろうが、最後までコートに立ってられず挙句肩まで借りてんだ。朝に啖呵きった割に、ダサい事ばっか・・・「あんだけやってまだ足りないとか傲慢だよ?テツはめっちゃ頑張ってたじゃん。」そうか?」
まだ、表情はとても暗かった。
だから、僕が少しは支えてあげたいと思った。
「じゃあ今からテツがやったことを言うね。1に得点数が32点。うち15点が3ポイント。2にアシスト数が4回。3に、スティール数が4回。これだけやっておいてまだ暴れたりないの?」
そうしたらキョトンとした顔で「うっそまじ?」と聞いてきた。
「まじまじ。おおまじ。嘘つかないよ。こんなことではね。」
そう返す僕はきっと得意げな顔をしていただろう。
「へへへ・・・そっかそうか~・・・俺カッコよすぎない?」
「調子に乗らなければもっとね。」
本音を言えばもっと言いたかったけど、やめておく。
ゴロゴロと空が泣く。
嫌な予感がした。とても嫌な予感が。
「なぁ、表情豊かになったな。ケンちゃん。」
「そう?」
テツは笑顔を浮かべて口を開いた。
「あぁ!今は空を見てまた曇ったけどな。俺に説明するときなんかめっちゃ目がキラキラしてたぞ。」
「そんなことない。」
「いやあるね。」
「ないったらない。」
「あるって言ってんだろ。聞~け~よ~。」
「い~や~だ~。」
今これ以上テツを見たら、にやけてしまいそうだった。
その時、テツが突然胸を抑えて唸りだした。
「大丈夫か!テツ!」
「ぐっ・・・」
テツの背中に黒い靄が見えた。
その黒い靄が僕の方に、のしかかってきた。
心臓に痛みが走る。
「ああああああああ!」
寒気、喪失感、倦怠感、何よりも、内臓を引っ掻き回されてるような感覚。
ぐちゃぐちゃにされていく感覚。
「やめろおおおおお!!!」
そう叫びながら、テツが僕の背中のそれに殴りかかった。
テツのこぶしが靄に触れる瞬間、あたりを光が包んだ。
僕たちは抗うすべなく、その光に焼かれた。
いったい・・・なに・・・が・・・・?
意識が暗転した。
――――――――――――
『お~い、起きてます~?』
目の前に羽を生やして頭にわっかを乗っけた女性がいた。
え???
「はっ!・・・んんん?」
隣で誰かの・・・いやテツの声が聞こえた。
『お?起きたみたいですね。私は天使です!以後お見知りおきを!」
「「はい?」」
僕らの声は重なった。
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