1日目 日常

目の前に、姉がいた。


「ずっと・・・ずっと聞きたかったことがあったんだ・・・」

「なに?」


微笑みながら、姉は返事を返してきた。


「なんで僕に憑りついたの?」

「それはね・・・」


声にノイズがかかって先が聞こえない。

なんで?なんで?その言葉が頭をぐるぐると回っている。

そうしているうちに、姉の手が伸びて・・・

僕の体を・・・



20xx年6月28日――――――――



朝、激しい寒気を感じて跳ねるように起きた。

アラームはまだ鳴っていない。

寝汗がひどい、何か嫌な夢でも見たのかもしれない。

携帯を見ると、5時20分だった。二度寝しても起きれなくなるだけなので、起きることにする。


窓を見ると、雨が少し弱まっていた。


ふと、姉の部屋が気になった。

朝早くなのでゆっくりと動き、音を立てないようにする。

入るとふと、日記が目についた。

姉に失礼だが開けようとした。だが、手がそれを拒んだ……

もしかしたら、姉が僕にまた何かをしてくるかもしれない……

そう考えると体がそれを拒んだんだ。

怖さで足が震えた。

あの感覚はどうしようもなく怖い。

背中に冷たさが走り、心が凍てつくような感じがする。そして心臓を掴まれたように動悸が早くなり、貧血の時のようにふらついてくる。そして何か、小さな声で何かを囁いてくるのだ。

それを心が拒み、体もまた拒んだんだ。


結局何もできずに、部屋に戻った。



お母さんが作ってくれたご飯を食べる。

あまり変わらぬ味、どんなものが出ても色あせた食事に味を感じられない。

3年前からそれは変わらない。

僕は3年前からずっと演技を続けている。

丁度明後日で3回忌だ。

その時僕はどんな表情でいるのだろうか。

僕はどうしたらいいんだろうか。

決別もできず、受け入れることもできず僕はただ『生きているだけ』だ。

『私はどちらの方面へ向っても進む事ができずに立ち竦すくんでいました。』

あぁ、うるさい。脳にガンガンと響いているその言葉がとても煩わしかった。


ふと窓から外を見ると、雨が強まっていた。

黒い雲に嫌な予感がした。


昨日と同じ道のり、テツの傘を携えて、自分の傘を差しながら歩いて行った。

学校に行くのには学生服じゃないといけないので全く変わり映えしない。

まるで平日と同じ感覚だ。

駅付くまでの道のりが今まで以上に暗く見えた。

紫陽花からは色が抜け落ち、水たまりに反射している自分の姿を見るのが無性に恐ろしく感じた。

駅に来る電車の黄色さがやたらとまぶしく見えた。

手を傘の中から出して雨に触れた。

酷く冷たかった。


傘を閉じて黄色い電車を見上げた。

いつもより重そうに感じた。

僕は電車に乗った。

ボックス席ではなかったので、気楽に座ったが、代わりに両方に人がいたので少し身を固くした。


外を見る余裕もなく、ただただ揺られていた。

呼吸が苦しく、酸素が少なくなっているのかとも錯覚した。

モノクロに染まる視界に吐き気さえ覚えた。

数分が数十分にも感じた。


何駅か経ってテツが乗ってきた。

その姿を捉えた途端、世界に色がついた気がする。

テツは雨で濡れた髪をタオルで拭きながら話しかけてきた。


「ちゃんと来たんだな~よかった~!」


語尾の音が少しだけ高くなる。喜んでくれたみたいだ。


「一応、約束だからな、あと傘。」

「おっサンキュー。」


にこやかに返される。その顔に少しにやけそうになる。だが、今尚僕の背に上る冷たさがそれを許さない。顔を繕って返答する。


「別に、感謝されるようなことはしてないよ?」

「いいんだよ、俺がありがたがってんだ素直に受け取れよ!」


その嘘偽りのない返答に、喜びと背の恐怖が混ざり、思わず顔をしかめる。


「おいおい~そんな顔すんなって~。あっすいません、席譲っていただいてありがとうございます。」


こうして話しているうちに、席の間に余裕ができて、隣の人たちが間を詰めてくれた。

そのおかげで、テツが僕の横に座る。

ふと、その触れた方に、安心感を覚えた。そして、冷たさを感じなかった。


やっと呼吸ができる。そんな気持ちになった。

周りを見る余裕ができた。


外には色鮮やかな紫陽花、タチアオイ、森林。

緑系のコントラストと赤さ、青さが、空の黒ささえも飲み込み力に変えた。

そこには、安らぎがあった。



「それにしても、今年の梅雨はかなり雨が降るらしいな~。」


そう言ったテツは僕と同じように窓から外を見た。

尤も、テツの見ている先は空なのだけれども。


「雷の可能性もあるらしいからね。」

「まじ?危ないじゃん部活休みにしろよ。」


はぁというため息とともに、テツは愚痴るが


「僕にカッコいいところ見せてくれるんじゃなかったの?」


という言葉をニヤニヤしながら言うと。


「あっ!そうだったそうだった!今回後半の3クオーターからの参加だからばっちり見とけよ?」

「はいはい、頑張れ頑張れ。」


他愛のない会話、その中に喜びを感じた、まるで3年前に戻った気がして。


ふと、姉の言っていた言葉を思いだした。


『人を大切に思う気持ちの強さは、自分の好意の時間倍なんだって。だから、少しでも仲いい人と長くいるだけで、とっても大切になるし、すごく好きな人ができたらあっという間にたいせつになっちゃうんだって。』


全く受け売りにもほどがあるだろう・・・でも今ならなんとなく分かる気がする。


僕は少しは姉を好きだったのだろう。家族として必要としていたのだろう。

そして、生まれてか姉が死ぬまでずっと一緒の家だった。

だからこそ、僕は姉がいなくなったとき、ひどい喪失感を感じたのだろう。


愛憎は紙一重と言えども酷すぎる。

僕に憑りついて呪詛を吐く必要はないと思う。


そんな時に僕の支えになってくれたのはテツだった。


中学3年生の時には理解をされたが、高校に入って僕の心の状態を言葉で知っていても理解しようとする人はいなかった。

あまつさえ、『悲劇の主人公ぶっている』とさえ言われた。

体育の時や授業の時、楽しいことや嬉しい事がある度に襲ってくる、あの感覚。

嫌悪感、怠惰感とも違う。喪失感と恐怖と冷気。

過呼吸、貧血、ひどくて吐血まであった。


その為、人には避けられ、僕も避けた。

でも、テツだけはその領域に入ってきた。


僕が吐血したときに真っ先に来てくれたのはテツだった。

そして、その後も関わってくれて、僕に良くしてくれた。

まだ、体が君に対応できてない。でも・・・



でも・・・確かに、君のおかげで僕は少しは笑えるようになったんだ。

少しは、姉の影から逃れられるんだ。

心の底からありがとうと言える時まで、待っていて欲しい。




「着くみたいだぜ?降りる準備はいいか?」


ニヤッと笑いながら僕を見てくるその姿に、僕は少し安心感を覚えた。


「分かってるよ、そんな戦場に行くみたいに言わなくてもね。」

「なんたって俺には戦場が待ってるからな。」

「わかったわかった、よいしょっと。じゃあ行こうか。」


リュックサックを背負って傘を手に取った。

雨は少し弱まっていて、寒気は感じなかった。

でも・・・空はまだ黒く、どこまでも黒くたたずんでいた。



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