幼い君には残酷すぎたかもしれない

@issikiii

幼い君には残酷すぎたかもしれない

君の事はよく知っている。

そして、わたしは君がよく泣くことを知っている。

母親がいない君はどんなに小さな愛情でも飛び込むように縋り付いた。


「泣くのは弱いからじゃなくて、優しいからだよ。」


わたしの言葉は薄っぺらくいいかげんな言葉でしかない。

それでも幼い君はわたしに抱きつく。

何を信じればいいのか分からないんだろう。

目まぐるしく変わっていく毎日に苦しんでいた。


君にはやさしいお父さんがいる。

本当は君は一人でも孤独でもない。

だけど、君は見るもの全てを恐れている。


「本人に伝えてもいいでしょうか。もう会えなくなる事を。」


わたしには時間がない。

思いはこんなに募るのに。


「伝えていいよ。なにも言わずにいなくなったら、きっと怒ると思うから。」


お父さんから了承を得て、君の部屋に足を運ぶ。

話をすると、君は意外にも泣かなかった。

ずっと近くで過ごしてきたせいか、会えなくなることなど想像がつかないようだった。

別れの日は必ずやってくる。それまでに気持ちを整理して、事実と向き合わなければならない。

幼い君にこんな話は残酷すぎたかもしれない。



出発の日、出発直前にやっと顔を見せてくれた。


「来てくれたんだね。」


君の目は腫れている。

たくさん悩み、会えなくなる事実と向き合った結果の涙なんだと思うとわたしは苦しくなった。


「ただ会えないんじゃなくて

 二度と会えなくなるんでしょ。」


お父さんが発言に対して大慌てで怒っているけれど、君は聞いていない。ただ真っ直ぐ、私だけを見つめている。


知らないうちに大人に近づいているんだ。その目はずっと先を見つめている。

そんな君に大人なら受け入れなければいけない別れの言葉を贈ろう。


「元気でね。」


君が走ってくる。最後までよく泣く子。

わたしが人生で受け取った愛情を、全て君にあげよう。

ぎゅっと抱きしめた。



君の人生を知っている。

ずっと近くで見てきたはずなのに、大人になっていく君にだけは気付けなかった。

気づけなかったのは、きっとわたしがまだ大人じゃないから。



君の人生を知っている。

そしてわたしは、わたしが大人になれないことも知っている。

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