第4話  夫婦大根


 

 おかあさんが過ごす作業場は床がコンクリートなので、寒い。足元から深々と冷える。ストーブを焚きっぱなしにしているけれど、入り口も全開なので、ストーブの側にいないと冬はとても過ごせない。動かすのは手だけで身体はじっとしたまま作業しているから、寒さも一際だと思う。作業場前のスペースの方が、晴れた日は日向ぼっこができて暖かそうに見える。風さえ強くなければ、の話だが。

 この時期のあいさつは「寒いですね」が定番だ。「寒いわよぅ」と元気な声が返ってくる。芸がないと思いながらも、毎度、同じ言葉を繰り返している。

 それでも今年の冬は例年より暖い。そのせいか、おじさんは元気そうに見えた。はじめのうちこそ縮んで見えたけど、気付けばいつもと変わらないくらいに戻っているような気がする。

 重い白菜もキャベツも大根も、おじさんはいつも通り運んでいる。


 いつも通りと言えば、今年も夫婦大根が表に飾られた。

 夫婦大根とは何か。

 知らない方のために説明すると、男女それぞれの下半身のように見える大根をペアにしたものである。ふつうなら一本まっすぐに伸びた大根が、二股に分かれて足に見え、さらに男子の大根は真ん中に…、とまあ、そんな形の大根だ。女子大根は、独り身だったらモテそうな、結構セクシーな子も多い。色は当然白いし、とても「大根足」なんてバカにできたものじゃない。少なくとも私よりはよっぽど色っぽい。

 もちろんそんな大根は、ふつうなら出荷できない。だが、ここは直売所。いびつなものでも売れるなら売る。ちょっとばかり変な形をした大根は、真っ当なものより安い値段で並べられ、それならと買う客も多い。私も値段につられて買った。味はもちろん変わらなかった。

 おじさんは変な形の大根は売るけれど、夫婦大根だけは売らない。たまに「売り物ですか?」と尋ねられることもあるそうだけど、非売品だと答えているらしい。冬の間はずっと、外に置かれたレジ台代わりの事務机の上に飾られている。その姿はまるで、二人の代わりに客を迎える売り子のよう。もしくは冬場の雛人形。

 夫婦大根は始めから一対で登場するはずはなく、最初は独り身で過ごしている。連れ合いが現れるのが早い年もあれば、時間がかかる時もある。二人揃うとおじさんは満足げだ。

「今年も登場しましたね」

 声をかけると、

「いいだろ、今年のも」

 と胸を張る。

 売り物にしない野菜で胸を張るなんて、まったくしようがないおじさんだ。おかあさんは夫婦大根のことに口を挟まない。「バカよねえ」と言って苦笑いしているだけだ。

 ところでどれくらいの比率でへんな形の大根ができるのだろうか。へんな形になる理由はあるのだろうか。夫婦大根ができなかった年はあるのだろうか。逆に二組以上できた年は?なんで夫婦大根だけは売らないのだろうか……。

 夫婦大根のことでおじさんに聞いてみたいことは結構ある。そのどれもがたいしたことではないが、気にはなるのだ。そのうちタイミングをみて聞いてみようと思っている。


 暖かいせいか、今年の白菜は結構、大きくて安い。キャベツも大根も葉物も、手術を受けてきてまだ日が浅いひとが育てているとは思えないほど、立派に育って陳列棚の上に並んでいる。冬野菜のどれもが順調のようだ。

「ところで病院はどうですか?」

「行ってるよ。検査とかしないといけないし」

「経過は?」

 答える代わりに、笑顔だけが返ってきた。それを見る限り、回復具合は冬野菜の生育と同じくらい順調らしい。何よりだった。


 夫婦大根は毎年、春になる直前まで、事務机の上で二人仲良く立っている。そんなに長く保つのは寒さのおかげだそうだ。

 初めはピチピチした生きの良い肌をしていた夫婦大根が日を追うにつれ少しずつシワが浮き出てくる。なんとなく一回り小さくなってきたかなあ、と見る度に気にするようになる。

 そしてある日、二人は姿を消しているのだ。


 夫婦大根が消えると、春はもう、すぐそこだった。

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