第2話 二人の野菜

 近所には、おじさんのところ以外にも何か所か、地場産野菜を売っているところがある。無人直売所、農協が運営する大型直売所、障害者支援施設での販売、生協の店頭。どこもそれなりに使っているけれど、メインに据えて通っているのはおじさんのところだけだ。

 なぜか?

 農協や生協と違って直接販売だから安い。無人直売所や障害者支援施設より扱う種類が多い。

 理由付けすればそんなところだろうが、本当のところは違う。

 二人と話すのが好きだからだ。


 正直、おじさんの野菜、全部がいいとは思っていない。例えばキャベツは他で買うことも多い。

 このあたりはキャベツ農家が多く、作る品種も多様だ。ことに春キャベツは甘くて柔らかいのを競っていて、出来のいいキャベツは生で食べるのが楽しみなくらい美味しい。でも、おじさんのキャベツは結構、硬いし、あんまり甘くない。最近の春キャベツっぽくないのだ。ただ、安定して安くしてくれていることと、ないことがほぼないので、セーフティーネットとして使わせてもらっている。

 一度買ったきり手を出さないのは枝豆。トウモロコシもまず買わないし、玉ねぎ、じゃが芋はスーパーのまとめ買いで十分。スイカは当たり外れがでかくて、文字通りギャンブルだ。


 反対に、おじさんのところでしか買わないものもある。パクチーとビーツ。パクチーは他所より断然、量が多くて安くてお買い得。根っこ付きで売っている。

「あっちの人は、根っこも使うんだって」

 とおかあさんが教えてくれた。

「え?どうやって使うんですか?」

「そこまでは聞いてないけど」

 横からおじさんが

「オレ、パクチー、嫌いなんだよねえ」

 イヤーな顔をしながら割り込んでくる。

「なんで嫌いなんですか?」

「そのニオイが臭くてダメ」

「なら、なんでこんなに作ってるんですか?」

「だって売れるんだもん」

 実際、ガイジンさんが出入りしているのをよく見かける。インド、タイ、フィリピン。多分、飲食店関係だろう。珍しい直売所である。

「根っこを切って植えると、つくよ」

 そうしたら買わなくても済むよ、と男前なことをおかあさんが言う。

 言われて植えてみたけれど、つかなかった。そんなに簡単にできたらおじさんの苦労は要らないよなあと、つかなかった根っこを前に家でひとり、笑ってしまった。パクチーは以来ずっと、買い続けている。


 おじさんのところで生まれてはじめて買った野菜がビーツ。名前は知っていたけど、買って自分で作って食べたことはなかった。

「どうやって食べればいいんですか?」

「うーん。よく知らないけど、火を通すみたいよ?」

 売っている割に、あやふやな答え。仕方ないからググってみる。煮込み料理や蒸し焼きに、と出てきた。

 家で試して気に入ったのが、無水鍋に入れてストーブの上でのほったらかし。蒸かし芋と同じ要領、同じくホクホクとして甘い。甘さの質が手を加えなくてもデザートみたいなのが好みだ。身体にいいと聞いて、気が向くと買って食べる。家族にはあまり人気がないので、心置きなく独り占めしている。

 ロケットやサラダほうれん草などは、たまに買う程度。ほうれん草や小松菜、菜の花、大根などは、ごくごくふつう。キヌサヤ、スナップなどは割とオトクかもしれない。ナスやキュウリ、ズッキーニなどは結構、大きいサイズで売っている。

 珍しいところではアーティチョーク、ニンニクあたり。筍は山に生えてくるからと朝堀を出している。

 こうやって挙げてみると、個人でやっている割に、扱う種類が多いことがよく分かる。それは多分、おじさんの山っ気が現れているんじゃないかと密かに思っている。


 おじさんは、甘え上手だ。売る時もごく自然に甘える。

 週末の昼ご飯にキャベツをたくさん入れたラーメンをオットがよく作る、という話をしたあとから、おじさんはたまにオットを口説くようになった。

「キャベツ、たくさん採れちゃっててさ。こんなにあるからどう?もう一個、持っていってよ?」

 そんなことを言われても、一般家庭ではふつう、キャベツは一玉しか買わないと思う。それなのに、おじさんはニコニコと笑って勧めるのだ。オットも笑顔を返す。満更でもないらしい。

「もう一個、買う?」

 バカか。主婦がそんなことをするわけなかろう。なんのための直売所なのだ。

「買わない。使い切ったらまたすぐに買いに来ればいいんだから」

 オットは仕方なく、一番大きいキャベツを選んでカゴに入れる。おじさんは相変わらず笑っている。

 違う日。おじさんは、今度は白菜を勧める。

「安いよ。安いから2つ、どう?」

 鍋料理は主婦の味方とはいえ、白菜二玉はやはり買わない。自分で漬物でも作っていたとしたって、そうそう買わないだろう。

「うーん。2つは要らないなあ」

 笑いながら断るのにも、慣れた。

 おじさんがオットに勧めるのはきっと挨拶代わりなのだろう、と近頃では思っている。


 特定の何かを、おかあさんに勧められたことは、ない。こちらから聞くことは、ある。

「スナップかキヌサヤ、もう、ない?あったら欲しかったんだけど」

「ハンパものならあるよ。これでよかったら持ってく?」

「うん。ありがと」

 お金を渡すと、

「ハンパものだから、これはオマケ」

 と言って、他の残り物をささっと合わせて持たせてくれたりする。

 トウが立って除けられた菜の花があんまり明るく咲いているものだから、ついおねだりしたこともあった。

「家に飾りたいんだけど、もらってもいい?」

「いいよ。好きなだけ持っていって。選べば食べられるところもあると思うよ」

 おかあさんは真顔だ。

「もらった分は食べないよ。食べる分は別に買うから」

 こちらも慌てて真顔で返した。

 遠慮なくいっぱいもらった菜の花の黄色がとても鮮やかで、飾ったら家の中がぱっと明るくなった。黄色というのは見事な春の色なのだなあ、とひどく感心したのを今でもよく覚えている。

 おじさんとおかあさんはタイプは全然違うけれど、風通しがいいところは同じだ。そこがとても気持ちがいい。

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