キャベツの味

満つる

第1話 農家っぽくない二人 

 その直売所は遊歩道の奥の方、高速道路の高架下にある。

 今の家に越してきてからしばらくして、散歩の途中で見つけた。


 だだっ広い1階がガレージみたいに全開になっている作業場は、大きなテレビやら5、6人は楽に座れそうなテーブルセットやら年季の入った量りやら会社で使うようなホワイトボードやら、とにかくありとあらゆるものであふれている。それら雑多なものの足元に、採れたての野菜が入ったケースが無造作に山積みされていて、つけっぱなしのテレビの音が流れる中、椅子に座ったおかあさんがケースの野菜を小分けにして透明のビニール袋に詰めている。


 相方のおじさんは大方、畑に出ているけれど、タイミングが合えば、畑で採ってきた野菜を積んだ軽トラックを作業場の前の広いスペースに横付けにして野菜を洗っていたり、小分けが済んだ野菜が詰められたケースを軽トラの荷台に積み込んでいるところに出くわしたりもする。


 何度か歩いて直売所を覗くうちに二人と顔見知りになり、他愛ない立ち話をするようになり、そのうち週末、食料品のまとめ買いをするコースに組み込むようになっていた。

 行くのは大まかに昼前。朝の早い二人が、コンビニ弁当とお茶でお昼を済ませたあたり。ずいぶんと前に図々しくも尋ねたことがある。

「なんでコンビニ弁当なの?」

「だって忙しくて作ってる時間なんてないから」

 おかあさんが肩をすくめた。

 二人はおじさんが運転する軽トラックで毎朝、作業場に来る。日が落ちる頃までずっとそこで働き、仕事を終えて、また二人で家に帰る。家は車で10分から15分くらい離れたところにあると聞いた。

 一日雨降りの日はおかあさんは来ないけれど、おじさんはなんだかんだで出入りしていることも多い。用事があって直売所に来られない時は、閉めたままの入り口に大きなボードが置かれ、そこに「今日は都合により休みます。明日は開けます。よろしくお願いします」などと書かれている。律儀なのだ。

「せっかく目の前に採れたて野菜があるのにね」

 私がからかうと、

「だから、常連さんが、買った野菜で作ったおかずをおすそ分けしに来てくれたりするのよ」

 茶目っ気たっぷりに笑った。

「おすそ分けできるほどの技量はないから、私は持ってこないよ」

 言い訳じみた私の言葉に、二人は笑ってお茶を飲んでいたっけ。



 二人はまったくもって農家っぽくない。

 おじさんが畑仕事をしているところを見たことはないが、畑よりも、お祭りの屋台でたこ焼きとか焼きそばを売っている方が似合いそうに私には思える。丸顔に団子っ鼻、いつも笑っているような細い目に、日に焼けた顔。これで鉢巻でも締めれば、抜けたままの歯があるせいで滑舌が悪いのが難だが機嫌と愛想は悪くないテキヤの親父の出来上がり。

 それに反しておかあさんの方は、かなりとんがったオシャレさんである。今、流行りのシルバーヘアはベリーショート。日焼け止めくらいしか塗ってなさそうなのに、70を超えた今でも目元がキリリとしている。ゴム長にエプロン代わりの割烹着姿でもサマになっているのだから、若い時はさぞカッコ良かったであろう。なんで農家のヨメなのか分からないくらいだ。残念ながらいまだに農家スタイル以外見たことがないのだが、どう見ても只者ではない感がプンプン漂っている。


 見た目、見事に対照的な二人だが、性格もまるで違う。

 おじさんは、陽気な甘ったれだ。

 おかあさんが年に何度か孫の世話で一ヶ月ほど家を空けている間、直売所に寄ると必ず、手伝いのおじさん仲間数人と仲良く座り込んでおしゃべりをしている。彼らは一応手は動かしているけれど、なんだかかなりいい加減な感じで、仕事をしている感がまるでない。うっかり地元の居酒屋か何かに紛れ込んでしまったような空気を昼前から垂れ流している。

「はい、これ」

 作業場前に並べた三列ほどの陳列台の上に、野菜が種類ごとにケースに入れられて置かれている。その中から選んで持っていき、おじさんに声をかけると、よっこらしょ、という感じで立ち上がって、

「ほい。500円」

 パッと見て、計算する。

「おかあさんは?」

「鬼の居ぬ間の洗濯中」

 ニヤッと笑うと、ところどころ抜けた歯が目につく。

「帰ってくるの、いつ頃?」

「うーん。今回は長いと思うよ」

「おじさんもタイヘンだねえ」

 お金を渡しながらの私の言葉に、おじさんの代わりに外野から返事が飛んでくる。

「鬼とか言ってるけどさ、こいつ、いないと全然だらしなくってさあ」

 おじさんは笑ったまま、肯定も否定もしない。

 おじさんとその仲間は、年格好が似て見える。同級生かいいところ2、3才違いくらいの幼なじみ、と私は勝手に心の中で決めつけている。小学校に入る前からこの年になるまでずっと一緒、いたずらも悪い遊びも一緒にやって一緒に怒られてきた、そんな感じ。

「まあ、あんまり羽目は外さないようにね」

 おじさんの目尻は下がったままだ。おかあさんがいる時のおじさんはもっとおしゃべりだから、やっぱりお仲間の言う通りなんだろうと思う。


 おかあさんは、いつ直売所に行ってもちゃきちゃきしている。

 息子家族の元から帰ってきたおかあさんに「あっちはどうだった?」と挨拶代わりに水を向けると、

「もーう、疲れちゃったわよう」

 全然疲れてなさそうな端切れのいい口調で返ってくる。

「孫は可愛いけど、普段は別々に暮らしてるワケだから長く一緒だとやっぱりタイヘンなのよねえ」

「でも、観光もしたりするんでしょう?」

「そりゃ、もちろん」

 横で聞いていたおじさんが早速、口を挟んでくる。

「こいつのことだもの、遊んでこないはずないじゃない」

「当たり前でしょ。高い飛行機代払って行ってるんだから」

 おかあさんにぴしゃりと言われて、顔をしかめるおじさん。でも、しかめた顔が、やけに嬉しそうだ。

「あっちでずっと忙しくしてるじゃない?疲れたなあ、うちに帰ったら少し休もうって思って帰ってくると、家の中がぐちゃぐちゃ。それ見ると、もっと疲れちゃって。もうちょっと片付けてあったらいいのに、このひとときたら全く」

 おかあさんの口撃に、ぐへぇ、とか言いながらおじさんが苦笑いしている。同じように笑っていても、留守だったこの前までとは、雰囲気が全然違う。

「ほんとにいくつになっても男の人ってこんなかしらねえ」

 口撃は続くけれど、おじさんは逃げ出さずに私たちの横でうろちょろしている。

「おじさん、おかあさんが帰ってきてよかったね」

 言わずもがなのことを言って、私たちは直売所を後にした。


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