第22話 初の大勝利。

「けほ、コホ……宮園さん……大丈夫?」

 

 暗闇の向こうからシズクさんの声が聞こえてきて、私は閉じていた瞼をそっと開けた。すると目の前には人間の姿に戻っているシズクさんの顔。


「あれ、私……」

 

 ぼんやりとする頭を右手で押さえながら立ち上がろうとすると、シズクさんが優しく肩を貸してくれた。


「どうやら本当に倒したようね」


「え?」

 

 その言葉にハッと肝心なことを思い出した私は、慌てて前方へと視線を向けた。すると殺虫剤独特の臭い匂いが立ち込める中、ピクピクと足を動かして倒れているイモムーの姿。

 そのあまりにグロテクスかつ生々しくておぞましい姿に、勝利の喜びを感じるよりも前に私は思わず「うッ」と顔を背ける。


「それにしても凄いわ宮園さん……使用者までもが気絶するほどの強力な武器を知ってるなんて」


「いやーそんな……」

 

 ………て、ちょっと待って。今なんかサラッと私も害虫扱いされなかった?

 

 そんなことを思ってしまいぎこちない苦笑いを浮かべていると、「あれ?」と声を漏らしたシズクさんが死にかけのイモムーの方へと近づいていく。


「これって……」


 勇敢にもイモムーの口元あたりでしゃがみ込んだシズクさんは、何かを拾うと私の方へと戻ってきた。

 まさかチビイモムーでも拾ってきたんじゃないかと思わず身構えていると、シズクさんがその手に持っているものを見せてきた。


「これって何かわかる?」


「ん? んん?」


 シズクさんが手に持っていたのは、ピンポン玉ぐらいの大きさをした丸くて真っ黒な『石』だった。

 が、不思議なことに、まるで暗闇を閉じ込めたかのようなその黒い石の中では、紫色の炎のようなものがユラユラと揺らめいている。


「まさか……死にかけのイモムーが産み落とした卵とかじゃないよね?」


「それは違うわ。イモムーの産卵期は今の時期じゃないし、それに卵を産み落とす場合一つじゃなくて一度に数千個は産み落とすもの」


「…………」


 卵ではないことに安心はしたものの、イモムーの恐ろしい生態系については知りたくなかった。

 そんなことを思い一人ブルリと身体を震わせていると、シズクさんがその黒い石を腰につけている袋の中へと入れた。


「え? そんなの持って帰って大丈夫なの?」


「別に毒はないみたいだし、村に持ち帰れば武器の材料に使えるかもしれないから」


「そ、そう……」


 相変わらず冷静な判断を下すシズクさんに、私は思わず感心してしまった。

 たまにキャラ崩壊することもあるけれど、やっぱりシズクさんは私と違って立派な冒険者のようだ。

 そんなシズクさんを見て、果たして自分はこの先冒険者としてやっていけるのだろうかとつい情けないため息を吐き出した時、彼女がすっと右手を差し出すのが見えた。


「ありがとう宮園さん。あなたのおかげで命を救われたわ」


「し、シズクさん……」

 

 不意をつくような優しいその言葉に思わず瞳を滲ませながら、私は差し出された手をぎゅっと握り返した。あぁ……何だか私、本当の冒険者になったような気分だ。


「今までたくさんの冒険者と会ってきたけれど、あなたのように個性的で面白い人は初めてだわ。もしもまた一緒に冒険することがあれば楽しくなりそうね」


そう言ってシズクさんは初めて私の前でニコリと笑ってくれた。その笑顔が綺麗のなんのって……いや、今はそんなことよりも……

 私はシズクさんの言葉で最も肝心なことを思い出し、今度はガシッと両手で彼女の手を力強く握りしめる。


「あ、あのシズクさん! 実はそのことなんだけど……」

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