第21話 夢のコンビプレー!
「…………イモムシ?」
私は思わず呼吸を止めたまま、そんな言葉をボソリと呟く。あの形は何ですか? と聞かれれば、おそらく誰だってそう答えるしかできないだろう。
しかしその大きさは、私が知っているイモムシの比ではない。
「あれは……イモリット」
「い、いもりっと?」
私は早くも目に涙をためながら聞き慣れない名前を聞き返す。そんな私に向かって、「ええ」と言ってシズクさんがゴクリと唾を飲み込んだ。
「イモリットは昆虫型モンスターの中で最強種族のモンスター。その幼虫の名前をイモリットムーヤと言って、食欲が非常に旺盛で凶暴。その為人々からは『イモムー』という略称で恐れられているわ」
「…………」
何だろう……略した瞬間恐ろしさよりも可愛さの方が増したような気がするのは私の気のせいだろうか? なんかウサミーさんの友達とかでそんな名前の人いそうだな……
そんなどうでもいいことを一瞬考えてしまった自分の目の前では、巨木と同じくらいの大きさをしたイモムーが、あろうことかなぎ倒した木を一瞬にしてペロリとたいらげていた。
「ちょ、ちょっとシズクさん! あのイモムシ、マジでヤバそうなんですけど!」
「けれどおかしいわね……いくら大きいといってもイモムーは成人男性の身長ぐらいしかないはずなのに……」
「いやいや! あれどう見たってマンションぐらいの身長あるんですけど! ってか物凄い勢いでこっちに向かってくるんですけどッ⁉︎」
終始動揺する私の言葉にシズクさんは「仕方ない……」とぼそりと呟くと、胸元から一本のクナイを取り出す。そしてその持ち手部分に花火玉のようなものをグルグルと巻き付けた。
「あの大きさだと私の毒では倒せないわ……だから、爆破する」
「ば、爆破ってどういう……って、え?」
私が喋り切る前にシズクさんはイモムーに向かって勢いよくクナイを投げつけた。と、その直後。凄まじい爆音と共に目の前では花火のような閃光が激しく飛び散る。
「ギャァァァッ!」
あまりの凄まじさに、思わず私が爆破されたかのような叫び声を上げてしまう。そんな自分の隣からは、「倒したかしら?」と相変わらず冷静な口調のシズクさんの声。
「ちょ、ちょっとシズクさん! もうちょっと加減して下さいよ! 私たちまで死んじゃうところだったじゃないですか!」
「心配いらないわ。さっきの距離なら運が悪くても片腕が吹き飛ぶだけで、命に別状はないもの」
「いやいや! それもダメでしょ!」
落ち着いた口調で衝撃的なことを口にするシズクさんに、私は思わずぎょっと目を丸くする。っというよりこの人、こんな状況でも一切表情が変わらないってある意味怖いよ!
そんなことを思いながらも、「は、早く逃げましょうよ!」とシズクさんの腕を掴んだ時だった。突然煙の中から、身体を真っ赤にしたイモムーが飛び出してきた。
「ひぃぃッ! まだ生きてたのぉッ⁉︎」
「くッ、仕留め損ねたみたいね」
パニックに陥る私の手をシズクさんが掴んで走り出した瞬間、「プギュュっ!」と珍妙な鳴き声が辺り一面に響き渡る。
「しまった! 『
「ようえき?」
そのヤバそうなものは何ですか? と聞き返そうとした時、突如頭上からゼリー状の物体が大量に降ってきた。
「いやーッ! なんか変なのがいっぱいかかった!!」
見ると自分の両手両足そしてセーラー服には、まるでゼリーのお風呂にでも入ったかのようにヌメヌメとしたものが大量についていた。私の手を引いて前を走るシズクさんの身体も同じような状態だ。
「宮園さん! いったん隠れるわよ!」
「えッ? 隠れるってどこ……ギャっ!」
シズクさんは突然立ち止まったかと思うと私の身体をぎゅっと抱きしめて、近くにある茂みの中へと勢いよくダイブした。
「ちょ、シズクさん! 枝が……枝が私のスカートの中に……」
「しッ! 喋らないで。イモムーに気づかれるわ」
シズクさんの真剣な声音に、私は思わず両手を口に当てて黙り込む。って、このゼリーみたいなのめっちゃ臭いんですけどッ!
「シズクさん……このヌルヌルしたのは何なんですか? すっごく臭いんですけど……」
私は声を押し殺しながらシズクさんに尋ねる。
「これはイモムーが獲物を逃さないようにする為の体液を使った攻撃よ。幼液と呼ばれるこの液体をくらった生物は、たとえモンスターであったとしても1時間後には死ぬ」
「し、死ぬんですか⁉︎ 私たち、もうアウトじゃないですか⁉︎」
私は思わず動揺のあまり大声を出してしまい、シズクさんに「シっ」とまた怒られてしまう。
「落ち着いて宮園さん。死ぬといっても仮死状態になるだけ。運が良ければ12時間後には目を覚ますわ」
「じゅ、12時間ってその間にイモムーに食べられるか他のモンスターに襲われたら終わりじゃないですか!」
「そうね……その時は潔く、ジ・エンドね」
「…………」
あれ? 気のせいかな……シズクさん、なんかヤケクソになってない?
「ほ、ほかに助かる方法はないんですか⁉︎」
「体液を放出したイモムーを倒すことができればその効果は無くなるけど……」
「じゃあ今すぐ戻って戦いましょうよ! 大丈夫ですよ! あれだけ強いシズクさんならぜったいに倒せますよ!!」
「ごめんなさい宮園さん、それは無理だわ。さっきの攻撃が私にとって一番強力なものだったけれど、それでもかすり傷一つつけることができなかった。それにイモムーは、物理攻撃が一切効かない鋼の身体を持った『イモリットバタフライ』の幼虫。おそらく幼虫とはいえ、異常に成長したあのイモムーは爆破できない」
「そ、そんな……じゃあこのままだと……」
「そうね、潔くジ・エンドね」
「…………」
やっぱりこの人ヤケクソになってるよね?
「じゃ、じゃあ物理攻撃がダメなら……そうだ、『忍術』は⁉︎ シズクさんは忍者だし、魔法みたいに忍術を使えばイモムーも倒せるんじゃ⁉︎」
これぞ名案といわんばかりに私がパッと明るい声でそんなことを言えば、なぜか反対にシズクさんの顔に険しさが増した。
「ごめんなさい宮園さん……それもダメなの」
「えッ、もしかしてあのイモムシには忍術も効かないんですか?」
「いえ、たしかに忍術ならイモムーにもダメージを与えることができるわ。でも……」
「でも?」
首を傾げて問い直す私の前で、シズクさんが諦めたようにため息を吐き出す。
「私…………忍術がまったく使えないの」
「…………」
あれ? 完璧無敵のクールビューティだと思っていたシズクさんが、ここにきてボロボロとキャラが剥がれ落ちていってるような……
「ちょっ、どういうことですか忍術が使えないって⁉︎」
「つまり私は忍びを極める者として……潔く、ジ・エンドってことね」
「ちょっと! ジエンドジエンドって勝手に諦めないで下さいよ! なんか使える忍術とか一つぐらいないんですか⁉︎」
「自分の身体を武器に変化させる『
「それいいじゃないですか! すっごく強そうじゃないですか! それでいきましょう! ね、ねッ⁉︎」
落ち込む選手を励ます監督さながら、私は拳を強く握りしめながらシズクさんにそんな言葉をかけた。が……
「でもこれもダメ……変幻の術は術者がイメージした武器にしかなれないし、私が知っている武器の中であのイモムーの硬さに対抗できる武器がない。それに……」
「……それに?」
再び暗雲立ち込める会話の流れに、私はゴクリと唾を飲み込む。
「私の変幻の術は……10秒しか保たないの」
「…………」
うん。これはもう私たち……潔くジ・エンドね。
「って違う違う! なんでですか? なんで10秒しか保たないんですか⁉︎」
「変幻の術は大量の魔力を消費する上、私はもともと魔力が少ないの。だから10秒が限界」
「……」
わかりやすく簡潔に、できない理由を述べてくれるシズクさん。けれどその説明を聞いて、ふとある疑問が浮かぶ。
「あ、あのー……シズクさんって忍者なのに、魔力が必要なんですか?」
「……」
愚問だったのか、私の質問にすぐに答えは返ってこなかった。それどころか、何やらシズクさんが放つオーラが黒くなったような気が。
「……宮園さん、それは私のアイディンティティに関わることだから禁句よ」
「す、すいません!」
いきなり冷たい口調でピシャリと言われてしまい、私は慌てて謝罪する。……って、なんか急にカタカナ用語が増えてきたなこの人。
言葉の地雷を踏んでしまい気まずい沈黙が流れる中、私はそれでも自分たちが助かる方法を必死に模索した。と、その時。今度こそ成功する可能性が高い名案が頭の中に閃いた。
「ねえシズクさん! その変幻の術って、人から聞いた武器でも変身できるの?」
「え、ええ……私がイメージできればたぶん大丈夫だと思う」
その言葉を聞いて「だったらさ!」と私は思わず声を上げた。そして腰に携えている桜の棒を右手で握ると、聖剣を突き刺すかのように大地に向けて、そしてその先端で地面に絵を描き始める。
「こ、こんな感じの武器なんだけど……変身できる?」
「できなくもないと思うけど……本当にこんな武器で倒せるの?」
不安なのかそれとも疑いなのか、シズクさんがすっと目を細めて聞いてくる。そんな彼女に向かって私は、「大丈夫!」と自分自身にも言い聞かせるつもりで力強く頷く。
「私がいた世界だと、害虫駆除にはこれが一番強力だったの!」
「……わかったわ。やってみましょう」
そう言うとシズクさんは茂みの葉をかき分けて外の様子を伺う。
「……いたわ。この距離だと失敗は許されない。一度限りの勝負よ」
「うん……」
シズクさんの鬼気迫る声に、私はゴクリと唾を飲み込む。どの道ここで成功させなければ、私とシズクさんはヌメヌメのゼリーまみれのまま死んでしまうのだ。
「……それだけは絶対に避けなきゃいけない」
そんなことをぼそりと呟いた時、シズクさんが姿勢を構えた。
「茂みから飛び出すと同時に私は術を発動させる。だからあなたはイモムーを引き寄せてタイミングよく攻撃してほしいの」
「わかった」
私が返事を返すと、「それじゃあ行くわよ」と言ってシズクさんが勢いよく茂みから飛び出した。そしてすぐに私も飛び出すと同時に、イモムシを引き寄せるために力いっぱい叫んだ。
「おーいイモムー! 私たちはこっちだ……ぞぉぉぉぉッ!!」
引き寄せるも何も、イモムーはすでに自分たちの方に向かって猛突進を始めていた。気分はまさに怒り狂う
「きてるきてるきてるよシズクさーーーんッ!!」
「わかってるわ!」
シズクさんがそう言った直後、バフっ! という爆発音と共に彼女の姿が煙で見えなくなる。直後、その煙の隙間から馴染みある形をした巨大なスプレー缶が現れた。そう、これこそまさに……
「イモムシにはこれが効果絶大のはず……だってこれは異世界型特注の……」
私は猛突進してくるイモムーに向かってスプレーの焦点を合わせると、両手でトリガーを握りしめる。そして怒り狂ったイモムーが大きく口を開いた瞬間、全身全霊の力を込めて思いっきりトリガーを引いた。
「くらえッ! 必殺の10秒ジェッッットォォーーーっ!!」
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