第17話 元担任は提案する。

「野郎ども! 今夜も私と朝まで盛るぞ!」

 

 オォゥっ! とむさい男どもが遊び人の言葉に一斉に歓喜の声を上げた。その顔は誰も彼もが本能むき出しで、まるで発情したお猿さんみたいなっている。


「…………」

 

 え? まさかとは思うけれど……夜な夜な冒険者の男たちが襲われてるって……そういう意味ですか?

 

 そんなことを考えて思わず顔を赤くしてしまった私は、テーブルにさっと視線を戻すと盛大なため息を吐き出す。今までの真剣な話しは何だったんだろうか。これじゃあ怯えていた自分がバカみたいだ……

「あぁ……」と嘆きながら頭を抱えていると、隣に立っているセガールさんたちが悩ましげな声を漏らした。


「くっ、今日も一段とお美しくてそそられるぜ……」


「…………」


 あなた達もまんざらじゃないのね。というより、もう私この話しに関与しなくていいよね? なんかややこしそうなことになりそうだし関わらなくていいよね??

 

 そんなことを思いながらチラリと顔を上げると、どうやら浅田さんも同じことを思っていたのか、呆れた表情を浮かべたままコクンと小さく頷いてきた。

 その合図を受け取り、「じゃあ私たちはそろそろ……」と三人揃って席を立とうとした時、今度は遊び人の一際甲高い声が聞こえてきた。


「いやーんッ! 可愛いイケメン男子はっけーーんッ!!」


「……え?」

 

 突然聞こえてきたそんな言葉に、私も浅田さんも思わず肩をブルリと震わせる。直後、物凄い足音と共に、遊び人の女がこちらに向かって突っ込んできた。


「ねぇねぇ白魔術士の僕ぅ、今夜おねーさんと一緒にとーっても楽しいことしない? 何ならこれから毎日だっていいわよぉ?」


 もの凄いスピードで自分たちのところまでやってきた遊び人の女は、いきなりそんな爆弾発言をかましてきたかと思うと突然和希のことを抱き寄せる。そしてあろうことか、その指先をいやらしく動かして彼の頬をくるくると撫で始めたではないか!


「ちょ、ちょっといきなり何やってるんですか! 松本先生ッ!!」


 思わず目が飛び出そうな勢いでそんな言葉を叫んだ瞬間、さっきまで活気付いていたはずの相手の顔からサーっと血の気が引いていくのがわかった。そして直後、まるで化け物とでも出会ったかのような怯えた表情でこちらを見てきたかと思うと、その唇がぷるぷると戦慄せ始める。


「わ、私は松本先生などという名前ではない! そして教師などというおぞましい職業でもないッ! 私は……私は立派な遊び人だ!」


「なに意味不明なこと言ってるんですか先生! その声といいスタイルといい、ぜったい松本先生ですよね? そうですよね??」


「だ、だから違うと言ってるだろ! 私の名前は……名前は……そう! 『マツモッティー』だ!」


「…………」

 

 は? と私と浅田さんが同時に冷め切った視線を元担任へと送る。というより何なのこのどこかで見たことのある展開は? 異世界に来た人ってみんな過去の名前とか記憶とか捨てたくなっちゃうものなの?

 そんなことを思いながらじーっと相手の顔を睨んでいると、マツモッティーと名乗る松本先生が逆上したように再び口を開く。


「き、貴様らのように自由を謳歌する17歳には、公務員というおぞましい職業の辛さなどわからないだろう! ルールを犯せない、モラルも破れない。そして生徒との禁断の恋さえ何一つできない……これのどこに自由と生きがいがある⁉︎」


「…………」

 

 いやもう完全に松本先生って暴露してますよねその話し? それに生徒との禁断の恋って……そんな願望を持ちながら国語の授業やってたんですか?

 

 呆れかえって声さえ出せなくなってしまった私の前で、再びスイッチが入った松本先生が妄言を吐く。


「しかしやっと……やっとこれで私の夢が叶うのだ……この子の身体を使って……じゅるり」


 先生はぶつぶつと一人そんなことを呟きながら、右手で口元を拭った。どうしよう……知っている顔とはいえ、相当タチが悪くてヤバい人に絡まれちゃったんですけど……

 これ以上は危険だと思った私はすぐさま松本先生から和希を引き離すと、二人の間に城壁のように立ち塞がった。


「先生! 和希は私と一緒にパーティを組んでるんです! 勝手なことをしないで下さい!」


「くッ、やはり10代のお相手は10代が良いということか……悔しすぎるッ!」


「…………」

 

 何が悔しいのかさっぱりわからないが、そんなわけのわからないことを言いながら松本先生は本当に悔しそうに親指の爪をガリガリと噛む。


「おいホウキ勇者、今のうちに早くこんな場所から離れよう。私たちが知っている松本先生はこの世界にはいない」


「そ、そうね……本物の先生はたぶん今頃他の世界で……」


「ちょ、ちょっと待ってくれ君たち! そんなにすぐに見捨てないでくれ!」


 そう言って松本先生はガシッと私と浅田さんの肩を掴んできた。


「君たちはまだ未成年だ……未成年には正しい道へと導く指導者かつ保護者が必要だ。どうだ、この機会に私をぜひ君たちのパーティに……」


「い、嫌ですよ! ぜったいに嫌! 以前の松本先生ならともかく、今の先生は危険な匂いしかしないんですけど⁉︎」


「私のどこか危険なのだ! さては金か? このパーティに入る為には金がいるのか? それだったらこの身体を使っていくらでも稼ぐぞ!」


「いやーッ! やっぱりこの人松本先生なんかじゃなーい!」


「だから私はもう先生などではないと言ってるだろ! ただし君たちと面識があったことは事実だ。な、だから頼む! 君たちと……この男の子のそばに私を置いてくれ!」


「嫌です! 先生みたいな人がいたら和希にとって悪影響です!」


「何を言う! 私は元教育者としてしっかりこの子を……元教え子だったこの男の子を……うぐッ」


 先生は指導者かつ教育者として一体何を想像したのか、その顔を見るとツーっと鼻血が流れていた。……ダメだ、この人やっぱりかなり危ない!

 教育者ではなく変質者を見るような目で元担任を睨んでいると、鼻血を拭いた先生が再び喋り出す。


「わかった……ならこうしよう。私と共にダンジョンへと向かい、その実力を認めてくれたらパーティに入れる、というのはどうだ?」


「え? ダンジョン?」


 急に飛び出してきた提案に、私たち3人は首を傾げる。


「そうだ、ダンジョンだ。この世界で冒険者として生き抜いていく為には、能力値が高い仲間がいるにこしたことはない。私は君たちと違ってもう大人だからな。こんな格好はしているが、冒険者としての腕は一流だ」


「…………」


 自分が変な格好をしている自覚はあるんだね、先生。

 

 そんなことを思って呆れていたら、隣で巻物を開いた浅田さんが「ほほう」と納得するような声を漏らす。


「たしかに先生の話しは嘘じゃないようだ。レベル30、攻撃力84、魔力71……」


「どれどれ……」

 

 浅田さんが興味深けに見ている先生のステータスを私も覗き込んでみた。と、直後視界に飛び込んできたものに思わず目を丸くする。


「じょ……じょ……」


 ……女子力918ってどういうこと⁉︎

 

 私は目をパチクリとさせながら何度も先生の顔とステータスを見比べる。


「どうだ驚いただろう? 職業遊び人はその気まぐれさゆえにどんな能力値も一つだけずば抜けて伸ばすことができる天才肌! これぞ一点集中型の戦い方の極み」


「…………」

 

 いやいやこの人、異世界きてから何のスキルを高めてるの⁉︎ なおさら和希と一緒にいてほしくないんですけど⁉︎

 

 愕然とする私の隣では、浅田さんが冷静に先生の能力をジャッジしている。


「まあ『オートフェロモン』や『蠱惑こわく的なポーズ』なんかの誘惑スキルは覚えているから、いざとなった時囮おとりにするには便利そうだけど……」


「いやいやなに冷静にひどいこと言ってるの浅田さん! それにその変なスキルはなに⁉︎ 敵味方関係なく危なそうな気がするんですけど⁉︎」


 なおさらパーティに入れるわけにはいかないと強く決意する自分に向かって、先生は相変わらず大人げなく駄々をこねてくる。


「なあ頼む! 一度だけでいい! 一度だけでいいから一緒にダンジョンへと行こうじゃないか! そして私の実力を認めてくれた暁にはこのパーティに……このパーティに……」


 早く入れてぇえ! っと真っ昼間の酒場でそんなことをいきなり叫び出す元担任を、教え子だった自分たち3人はゴブリンを見るかのような冷ややかな目で睨んでいた。


 本当にこんな人と、一緒にダンジョンなんて行っても大丈夫なんだろうか?

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