第16話 その強さ、もはや魔王クラス!
「嫌だぁぁッ! こんな生活もう嫌だぁぁッ!」
お
「なんだホウキ勇者。もう音を上げるのか? 情けない奴だな」
「……誰のせいだと思ってんのよ」
はて? とわざとらしくとぼける相手に、私はガルルっ! と噛み付かんばかりの勢いで睨みつける。そんな自分たちを見て、「ま、まあまあ二人とも……」と仲裁を始める和希。……うん、今日もいつも通りのやり取りだ。
「はぁ……」
私はあからさまに大きなため息をつくと、コツンとテーブルにおでこをつけた。ここ数日間、何とか異世界での生活に慣れようと日々奮闘しているものの、個性が強すぎる人たち(和希以外)によって慣れるどころか体力も精神もごっそり削られていく一方だ。
できればこれ以上もうおかしなことに巻き込まれたくないのだけれど……
そんなことを一人思いながら「うぅ」とテーブルにおでこをつけたまま嘆いていると、ふと頭上から声が聞こえてくる。
「勇者のお嬢ちゃん、ちょっと俺たちの相談に乗ってくれるかい?」
その声にぬっと顔を上げると、目の前にはやたらとマッチョなおじさんの二人組。
「あ、セガールさんにジーアスさんじゃないですか。こんにちは」
「おうよ嬢ちゃん! 今日も相変わらずパーティみんな仲良さそうじゃねえか! がははッ!」
「そ、そうですね……」
ジーアスさんのやたら元気な言葉に私は思わずぎこちない苦笑いを浮かべる。
この二人は最近仲良くなった格闘家の二人だ。見た目はマフィア以上の危険度マックスの二人だけれど、話してみると案外優しい人たちで、こうやって酒場で顔を合わす度に陽気に声をかけてくれる。
異世界に来たばかりの頃はまったく知り合いなどいなかった私だけれど、こんな感じで最近は話せる相手も何気に増えてきた。……っと言っても、いつもウサミーさんが勝手に絡ませてくるのだけれど。
「それで、相談って何ですか?」
私が尋ねると、陽気な顔をしていた二人が急に険しい表情を浮かべた。それだけで何やらただ事ではない雰囲気が伝わってきて、私は思わずゴクリと唾を飲み込む。すると先にセガールさんが口を開いた。
「実はよ勇者のお嬢ちゃん……最近町の冒険者たちが夜な夜な襲われてるって話しを聞いてよ。しかもやられてるのが俺たちみたいな野郎どもばっかりなんだ」
「は、はぁ……」
なんだか真昼間から聞きたくもない怖い話しを聞かされて、私はまたもゴクリと喉を鳴らす。
「目撃者によると相手は一人らしいんだがそいつがすげぇやり手らしく、ほんとか嘘かはわからねぇが、なんでも王都の方ではそいつのせいで一個師団の猛者たちがたった一晩で全員やられたって話しだ」
「…………」
何その魔王みたいな危ない奴は……というより、何でそんな怖い話しを私にするの?
何だか嫌な予感がしてきた私は、「そ、そうなんですか……」と言葉を返した後、トイレに行くフリをして席を立とうとした。が、先にジーアスさんにガシッと両手を掴まれる。
「頼む嬢ちゃん! 俺たちの代わりにそのいけすかねえ奴を退治してほしいんだ!」
「えぇッ⁉︎ む、む、無理ですよ! 私にそんなことできるわけないじゃないですか!」
私は慌てて立ち上がるとジーアスさんに掴まれている手を離し、頭をこれでもかといわんばかりにブンブンと振った。どう考えたって今の話しは、こんなセーラー服姿のか弱い女の子に頼む話しなんかじゃない!
「無理です無理です!」と何度も必死に連呼するも、スイッチが入ったおじさん達はそう簡単には諦めてくれない。
「リストーラ様に勇者として選ばれて、しかもこの町を救ってくれたことのあるお嬢ちゃんなら奴も必ず倒せるはずだ」
「いやいやいや、ぜーったい無理ですって! しかも私、レベルもまだまだ全然低いし、武器だってまともな武器じゃないんですよ⁉︎」
「なーに心配いらねーさ嬢ちゃん! 冒険者に一番必要なのは武器じゃえね! ハートだハート! 熱いハートを相手に打ち込めば、魔王だってイチコロだ! ガハハハっ」
「…………」
いやいやだったらジーアスさんのその熱いハートをぶち込めばいいでしょ! 何で私の頼りないハートをぶち込まないといけないのよ!
そんなことを思いながらも、もはや声さえ漏らすことができずにただ首だけを振っていると、今度はセガールさんが私の両肩に手を置いてきた。
「大丈夫、勇者のお嬢ちゃんなら絶対に勝てるはずだ。それにウサミー姉さんも言ってたんだ。宮っちは満開の力を持つすごい勇者だってな」
「…………」
あのバニーガール娘……今度会ったら絶対にあの棒で一発叩いてやる!
そんなことを憤りながら一人ふるふると拳を震わせていると、今度は隣からプークスクスと腹立たしい笑い声が聞こえてくるではないか。
「たしかに頭が常にノー天気で満開のホウキ勇者なら、相手も怯えて一人で勝てるかもしれない」
「ちょっと浅田さん! ノー天気って何よノー天気って! それに戦う時はパーティなんだからみんな一緒に戦うはずでしょ!」
「でもそんなに強い相手となると、かなり上級職の冒険者とかじゃないんですか?」
今まで黙っていた和希も会話の内容が気になったのか、的確なことを質問してきた。……って、上級職って何?
「た、たしかに高橋くんが言う通りその可能性が高いと思う……バトルマイスターとか暗黒魔術師とか……わ、私も実は高橋くんと同じこと……思ってたの」
「…………」
え? 何それ浅田さん初耳なんですけど? というより和希と会話する時だけモジモジするのはやめてくれない? なんか見ててムカつく。
チラチラと和希のことを上目遣いで見る浅田さんを、私は絶対零度の冷たい目で睨む。すると隣で深刻そうな表情を浮かべていたセガールさんが、「いや違う……」とぼそりと口を開いた。
「聞いた話によると、奴の職業はそんな
「…………」
いやーもうやめて下さいよ。これ以上私たちを怖がらせるのは……
相変わらず深刻そうな表情を浮かべているセガールさんに、私たち三人は思わず黙り込む。するとセガールさんが小さく息を吐き出してから再び口を開いた。
「夜な夜な冒険者を襲いまくっている奴の職業は……『遊び人』だ」
「…………はい?」
セガールさんの言葉に、思わず私の目が点になる。あれおかしいな……こんな至近距離で聞き間違えちゃったかな?
「え?」と先程の言葉を聞き返すように声を漏らすと、なぜか今度は浅田さんと和希も深刻そうな表情を浮かべる。
「なるほど……遊び人か」
「やっかいな相手だね、遊び人」
……やっぱり、『遊び人』に間違いないのね。っというより、そんな職業が成立するこの世界ってどうなの?
呆然として固まっていると、四人は「遊び人となると手強いな」と私を放ったらかしにして意気投合し始めたではないか。
「あ、あの……その『遊び人』ってどんな職業なの?」
思わずおずおずとした口調で尋ねると、「何言ってんの? この子バカなの?」と言わんばかりに白けた目を向けてくる浅田さんが面倒くさそうに口を開く。
「遊び人っていうのは文字通り遊ぶことを特技にしてる奴らだよ。自分の魅力を最大限に発揮してどんな相手とも遊んで油断させることかできるから、知らない間に懐に忍び込まれて大ダメージを受けてしまう。まあ主に混乱系や誘惑系のスキルが異常に高いのが特徴だ」
「…………」
なんだかそれって強いのか弱いのかまったくわからないんですけど……というより職業遊び人に一個師団がやられるって、その国大丈夫なの⁉︎
ますます謎が深まる異世界の常識に、私は開いた口が塞がらない。けれど遊び人の脅威を知っている浅田さんはそのまま真剣な口調で話しを続ける。
「数ある職業の中でも遊び人はよっぽどの適合者じゃないと選ぶことができない職業だ。しかもレベルを上げてその道を極めれば、一切自分は動くことなくパーティを組んだ人間に生涯養ってもらうことができるようになるらしい」
「…………」
いやもうそれ遊び人っていうか、ただの『ヒモ』じゃない。嫌だよそんな人間とパーティ組むなんて。絶対にイヤ。
私はそんなことを思うと、「遊び人とは絶対にパーティを組まない」と心に強く刻む。
「けれど相手が誰かわらかないとなるとやっかいだな。ホウキ勇者はともかく……た、高橋くんを危険に晒すわけにはいかないし……」
「ちょっと浅田さん、なんで私のこと見捨ててるのよ! それとそうやってチラチラ上目遣いで和希のことを見るのはやめて」
そう言って私はギロリと彼女のことを睨んだ。再びバトルを始めた自分たちを見て、「ま、まあまあ落ち着いて……」と和希が苦笑いを浮かべる。
「その心配はないぞ黒ローブの嬢ちゃん! 奴の正体についてはだいたいの目星はついてる!」
「え? そうなの?」
ジーアスさんの力強い発言に、私は思わず目をパチクリとさせておじさん達の方を見た。さすが冒険者歴20年の大ベテランコンビ。おそらくよほど凄い技で使って敵を正体を……
そんなことを思っていたら、今度はセガールさんが
「あぁ、もちろん。奴はおそらく以前この酒場で開催された『婚活パーティー』に参加していた奴だ」
「…………へ?」
先ほどよりもさらに衝撃的な言葉に、思わず私の呼吸が止まる。……え? 今この人、何て言ったの?
さすがに今の発言は異世界に精通している私の仲間たちにも通じなかったようで、和希も浅田さんもポカンとした表情を浮かべていた。と、その時。酒場の入り口付近が突然騒がしくなった。
「ちッ、噂をすればさっそく奴の登場か」
「え⁉︎」
舌打ちをして再び険しい表情を浮かべるセガールさんとジーアスさん。
私はそんな二人が睨んでいる視線の先に同じく焦点を合わせた。すると、入り口に次々と群がっていく男性陣の姿。そして……
「おうおうッ、ここにも旨そうな男たちがわんさかいるじゃないか!」
そんな意味不明な言葉が聞こえてきたと思った直後、群がっている男性陣がまるで花道でも作るかのようにささっと両側に移動した。そして奥からは一人の女性が優雅な足取りで現れる。
「……え?」
そのあまりに奇抜すぎる格好に、私は思わず目を丸くした。
仮装集団が集まる酒場の中でも断トツに目立つ赤い髪。整った顔立ちと抜群のスタイルの良さも人目を引くが、まるでその色気を凶器に変えるかのように、豊満に膨らんだ胸元は細い布切れでぐるぐると巻かれているだけ。そして下半身には踊り子のようなセクシー過ぎるスカート。
直視するだけで18禁のアラートが鳴りそうなその出で立ちは、まさに色欲の悪魔。が、何よりも一番衝撃的なのは……
「ね、ねぇ浅田さん……まさかとは思うけど……」
「奇遇だなホウキ勇者……私もちょうど同じことを考えていた」
「?」
珍しく意見が一致した私たちの会話を聞いて、和希がポカンとした表情をして首を傾げた。いやいや和希、本来だったらあんたも絶対わかるはずだよ!
「う、嘘でしょ……まさか王都の軍隊を全滅させた遊び人って……」
私はゴクリと唾を飲み込むと、もう一度その女性を凝視する。
髪の色、服装、そして言動……ありとあらゆる要素が私の記憶と違っているし、何よりその可能性について信じられない。いや、信じたくない。
あの不埒な女性が……秒速で警察に捕まりそうな格好をしたあの女性が…………
私たちの担任、松本先生だなんて。
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