第14話 新しい仲間
「宮っちさっそく大活躍じゃないですかぁ!」
ゴブリン騒動の後、心身ともに疲れ切った状態で神殿まで足を運ぶと、ウサミーさんが駆け寄ってくるなりそんなことを言ってきた。私はその言葉を聞いて、思わずため息を漏らす。
「大活躍なんかじゃないよ……おかげでひどい目にあったんだから……」
私はそう言うと再び大きなため息を吐き出す。
ゴブリンを倒した後に町長から変な連盟に加入させられたと思ったら、その次は町の人たちによる胴上げがスタート。私がスカートを履いていることなど一切考慮されず、何度も空高く胴上げをされては私のパンツは見世物となってしまい、その後は小さな子供たちにやたらとサインをせがまれてしまう始末。
……おかげで心は痛いし、右手も腱鞘炎になりそうなぐらい痛い。
「なんでこんなことになっちゃうのさ……」と嘆き悲しむ私の様子など一切気にせず、ウサミーさんが興奮気味に話しを続ける。
「しかも聞いちゃいましたよ宮っち、町長直々に魔王討伐の連盟にも選ばれたって! 凄いじゃないですか! 魔術師の仲間も二人も連れちゃって、さっそく異世界ライフをエンジョイしてますね!」
「エンジョイしてるわけないでしょ! それに仲間もまだ和希しか……って、え?」
何故かウサミーさんが口にした仲間の数と、私が記憶している仲間の数が一致せず、私は慌てて後ろを振り返った。するとどうしたことでしょう。白いローブを着た和希の後ろに、黒いローブを着た奴がいる。
「……浅田さん、なんでここにいるの?」
ささっと和希の背中に隠れた浅田さんに向かって私は尋ねた。すると彼女の代わりに和希が口を開く。
「この女の子、さっきからずっと一緒にいるよ」
「……」
どういうこと? と顔をしかめる自分の前で、再び浅田さんが和希の背中からひょこっと姿を現す。そして何やらモジモジとした態度で私の前までやってきた。
「あ、あの宮園さん……」
「はい……え?」
あれ? なんか急に口調が変わったような……
そんなことを思って小首を傾げていると、小さく咳払いした浅田さんが再び口を開く。
「この白魔術士の人って……も、もしかして同じクラスだった高橋くん?」
「うん、そうだけど……」
それがどうしたの? と続け様に言葉を発するよりも前に、浅田さんはくるりと私に背を向けた。そして和希に向かって話しかける。
「あ、あの……私、同じクラスだった浅田詩織なんだけど……」
「え?」
突然自己紹介をされて戸惑う和希。いやいやちょっと待ってよ。私が名前聞いた時、浅田じゃないって言ってじゃん! ヘロドトースなんちゃらって言ってたよね⁉︎
どいうことなの? と私は口をあんぐりと開けたまま、目の前で始まった二人のやり取りを見つめる。すると浅田さんが、聞いたこともないような乙女チックな声で言う。
「そ、その……私のこと覚えてる?」
「え、えーと……」
互いにぎこちなく言葉を重ね合う二人。まるで最初からこの世界に彼らしかいなかったかのように辺りには静けさが漂う。そして頭上からはステンドグラスの柔らかな光が、どこか幻想的に二人を包み込み……
って、ちょっと待ってよ何この雰囲気。今までの異世界ものの空気はどこいっちゃったの? なんで群青ものの甘酸っぱいワンシーンが私の目の前で繰り出されてるわけ⁉︎
私はすぐさま二人の間に入ると、慌てて浅田さんに口を挟んだ。
「か、和希は前の世界での記憶を無くしてるの! だから今は何も覚えてないの!」
「そ、そんな……」
浅田さんはよほどショックが大きかったのか、眼鏡の奥に見える瞳をウルウルと揺らす。その姿には先ほど戦っていた時のような強気で捻くれた彼女の姿はなく、なんだか謙虚な文学的ヒロインのような雰囲気さえ醸し出していた。……って、何このキャラ違い?
まさか……とピンときた私は、熱い視線を和希に送っている浅田さんの顔をじーっと見つめる。すると案の定、その頬っぺたはほのかに桜色に染まっていた。
「…………」
もしかして浅田さんって和希のこと……
何となく胸騒ぎを感じてしまった私はコホンとわざとらしく咳払いをすると、浅田さんに向かってハッキリとした口調で言った。
「そういうことだから、私は和希の記憶を戻すために今必死なの。だから浅田さんとはまた和希の記憶が戻ってからゆっくりと……」
「たしかに高橋くんの記憶は早急に戻す必要がある。これは私も一緒に手伝うしかないというわけか」
「うんそうだね。これからは二人で和希のことを……って、え?」
予想外の返答が返ってきて、私は思わず目をパチクリとさせた。すると浅田さんはいつの間にか私の目の前から消えていて、和希の側に移動していた。
「た、高橋くん心配しないで。必ず私たちが……い、いやこの私が高橋くんの記憶を取り戻してみせるから」
「あ、ありがと……」
「…………」
何だろう。なんかすっごい面倒くさい展開になってきた。というよりこれって、浅田さんがただ和希と一緒にいたいだけだよね? ぜったいそうだよね?
「ちょ、ちょっと勝手なこと言わないでよ浅田さん! 和希は私とパーティ組んでるんだよ?」
「わかっているそんなこと。だから私もこのパーティに入ればいいだけだ」
「えッ⁉︎」
それはもうほとんど「げッ」に近い声だった。いくら元クラスメイトとはいえ、浅田さんを自分のパーティに入れるのはちょっと……いや、かなりキツい!
「良かったじゃないですか宮っち! 白魔術師に黒魔術士ってすっごく良いバランスですよ! まさにクエスト的パーティです!」
「ウサミーさんはちょっと黙ってて! 私は困るよ! そんないきなりパーティに入りたいなんて言われても……」
私はそう言うと同意を求めるように和希の方をチラチラと見た。が、優柔不断の和希が英断を下す事もなく、「うーん」と悩ましげな声を漏らすだけ。それを見て私は大きくため息をつく。
「でもさっきみたいにモンスターが襲ってきたらどうするつもり? 高橋くんは攻撃魔法を使えないし、ホウキ勇者だとすぐに全滅させられるのがオチだけど?」
「ホウキ勇者って……」
私はその言葉にカチンとくるも、ここは我慢してグッと堪える。すると浅田さんはそのまま話しを続ける。
「それにモンスターによっては黒魔法でしか倒せない敵も存在するけど、その時はどうするつもりなの?」
「え? そうなの⁉︎」
私は浅田さんの話しを聞いて思わずウサミーさんの顔を見た。すると彼女が頷くように頭の耳をペコリと動かす。
「はい、その通りです! 強いモンスターの中には物理攻撃が一切効かず、魔法でないと倒せない相手もわんさかいます!」
「そ、そんな……」
その言葉を聞いて私は思わずため息を吐き出した。このまま浅田さんを和希の近くに置いておくのは危険だけど、でもモンスターはもっと危険だ。
それに悔しいけど浅田さんが言う通り、今ここにいるメンバーでまともにモンスターを倒せるのは彼女しかいない……
「うぅ」と私は声を漏らしながら頭を抱えると、考えて考えて考えた末に、仕方なく決断を下す。
「わかったよ……じゃあ浅田さんもパーティに加えたらいいんでしょ」
私がしぶしぶそう言うと、「よしッ」と浅田さんが和希の死角でニヤリと笑うのが見えた。……ダメだ、まったく安心できない!
そんなことを思い盛大にため息を吐き出すと、浅田さんが私に向かって右手をすっと差し出してきた。
「ホウキ勇者の傘下に入るのは非常に残念だが、これも高橋くんを救うためなら致し方ない。せいぜい足を引っ張るなよ、ホウキ」
「…………」
え? 何これ? 仲間になってくれるというより、明らかに私に対しての宣戦布告だよね?
私はそんなことを思うと差し出された右手を見つめたまま思わず固まってしまう。
「まあまあ、今日の敵は明日の友ですよ宮っち! ささ、握手握手!」
隣で自分たちのやり取りを何故か楽しげに見ていたウサミーさんはそう言うと、呆然と固まったままの私の右手を掴んで無理やり浅田さんと握手をさせた。そして、「シェイクシェイク!」と言いながら握手させた手を何度もブンブンと振る。
「ちょ、もういい……もういいよウサミーさん!」
無理やり握手させられた手を私は慌てて離した。すると目の前では自ら右手を差し出してきたはずの浅田さんが、「く、リア充の
……こんな握手でほんとにパーティなんて組めるの?
疑問に思った私はスカートのポケットから巻物を取り出すと、それを広げて頭の中に浅田さんの姿を想像してみた。すると巻物には彼女のステータスが現れる。
「……一応、私のパーティになっちゃったんだね」
和希の時と同じく浅田さんのステータスには、
「これで宮っちも王道の魔術師を二人もゲットですね! これならいつでもどこでもモンスターが現れてもバッチリ戦えます!」
「い、いやだよそんなの! だいたい街中にまでモンスターが現れるとか聞いてないんですけど⁉︎」
「ふむ……あれは確かにおかしい。私も町の中でゴブリンに出会ったのは初めてだ」
「そういえば僕も町の中でモンスターに出会ったのは初めてだなぁ。なんで現れたんだろう?」
珍しく三人の意見が一致して「うーん」と頭を悩ませていると、場を仕切り直すようにウサミーさんが明るい声で言った。
「あーそれはたぶん私のせいですね」
「……は?」
まったく予期せぬ言葉が突然聞こえてきて、私たちは目を丸くしてウサミーさんのことを見た。すると彼女が世間話しでもするような感じで話しを続ける。
「昨日私が神殿の戸締り当番を任されたんですが、ダンジョンに続く部屋の扉をすっかり閉め忘れてしまいまして。それで朝見に来たら扉が半分開いてたのでたぶんなんか出てきたちゃったのかなーって……てへぺろッ」
「てへぺろッ、じゃないわよ! じゃあ何⁉︎ 私はウサミーさんのせいでゴブリンに襲われて、公衆の面前でパンツ晒す羽目になって、変な連盟に加入させられたってこと⁉︎」
私は顔を真っ赤にして怒りながらウサミーさんに詰め寄った。ありえない……異世界2日目にして立て続けに起こった不幸が、まさかエロうさぎのうっかりのせいだなんて……。
ふるふると拳を震わせながらウサミーさんのことを睨み続けていると、彼女がピっと舌を出して申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「宮っち……ごめんなさいニャン!」
「…………」
うわー何だろうこれ、すっごいムカつく。それにニャンってあんた猫じゃなくてウサギでしょ! あと可愛いくて様になってるのもムカつくから、和希の前でそんなポーズ取らないでよ! もうッ!
プンスカと噴火寸前の私の空気を察したのか、黙っていた和希が「ま、まあまあ……」と私を宥めに来てくれた。
「宮園さん落ち着いて……それにほら、僕たちは用事があって神殿まで来たんだし」
「用事?」
和希の言葉にウサミーさんが「?」と首を傾げる。
「うん。宮園さんがまだ初心者手当てをもらってないって言ってたから。それとさっき倒したゴブリンの報酬も貰おうと思って」
「おぉ! そうでしたそうしでした! すいません宮っち、手当てのことすっかり忘れてました」
「……」
何から何までうっかりなウサギに、私は肩を落として大きくため息をつく。そして彼女の言動に頭が痛くなってきたのでそのまましゃがみ込んでしまう。
「ふむふむ、宮っちは初バトルでかなりお疲れのようですね。なら代わりにこれは白魔術師さんに……」
そんな言葉がふいに頭上から聞こえてきた時、私の心に何かが引っ掛かった。……あれ、たしかウサミーさんって巻物を取り出すときに……
いけない! っと重大なミスに気付いた私は慌てて立ち上がるも時すでに遅しで、ありえないことにウサミーさんは和希の目の前で堂々と右手を胸の谷間に突っ込むと、そこから小さな巾着袋を取り出した。そしてあろうことかそれをポイと和希に手渡す。
「ではではこれで確かに……」
「か、和希! ダメでしょ! そんなばっちくてえっちぃものを触ってはいけません!」
まるで幼子を叱るお母さんのごとく、私は顔を真っ赤にしながらすぐさま和希の手から巾着袋を取り上げた。
何たる不覚! 和希のように純粋でシャイな男の子に、このバニーガールは一体なんてことをやらかすんだ……
唖然と呆れ返る自分の真横では、私の言葉がよほどショックだったのかウサミーさんが「ば、ばっちい……」と衝撃を受けた顔を浮かべながら頭の耳を折り曲げている。いやいや、衝撃を受けたのはこっちだから!
「はぁ……これじゃあ先が思いやられるよ……」
思わずそんなことを呟いて再び肩を落とすと、今度はとことこと私の目の前に浅田さんがやってきた。
「心配するなホウキ勇者。もしもお前がやられた時はこの私、ヘロドトース・ギボンがしっかり高橋くんの記憶を取り戻してみせる」
「…………」
どうやら私の異世界生活は、非常に個性豊かなメンバーによって成り立っているようだ。
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