第13話 勝負の行方……

「え?」

 

 私は思わず目をパチクリとさせると、何度も相手の姿を凝視する。

 浅田さんとはほとんど喋ったことはないし、彼女はいつも一人でいるので顔もはっきりと覚えているわけではないけれど、声といいちょっと怪しい雰囲気といい、たぶん浅田さんだ。いや、浅田さんに違いない。


「もしかして、浅田さ……」


「違うッ!」

 

 突然勢いよく杖の先端を向けられてしまい、私は思わず「ひぃッ!」と小さく叫び声を漏らした。


「私は浅田あさだ詩織しおりなどという名前ではない。私の名は孤高の黒魔術士、ヘロドトース・ギボンだ!」


 そう言って彼女は私のことをギロリと睨みつけてきた。


「…………」

 

 え……ヘロドトースって何? なんでカタカナ表記の名前になってるの? っていうより浅田さんだよね??

 

 まったく状況が飲み込めずただ呆然としていると、ヘロドトースと名乗る彼女がゴブリンに向かってビシッと杖を向けた。


「役立たずで無能で無用な女はそこで指を咥えて見てるがいい。これが古来より我が一族に伝わる黒魔法……」


 スラスラと台詞じみた言葉を話す相手は、そのまま呪文のような言葉を唱え始めた。


「今宵燃えさかる怒りの炎よ……その禍々まがまがしい炎によって燃え上がるのは部下の乱心と本能寺…………くらえッ! 炎の黒魔術、『アケチミツヒッデー』ッ!」


「…………」

 

 やっぱりあんた浅田さんだろッ!

 

 思わず大声で突っ込みそうになった時だった。

 突然彼女が持っている杖の先端が赤く光ったかと思うと、そこから目にも止まらぬスピードで大きな火の玉が飛び出していき、目の前にいたゴブリンに直撃する。そして隣にいたもう1匹も巻き添いを喰らったようで、慌ててその場から離れていった。


「す、すごい……」

 

 初めて見る魔法という力に、私は思わずゴクリと唾を飲み込む。すると隣にいる浅田さんが口を開いた。


「どうだ驚いたか? これが我が一族に古来より伝わる炎の黒魔術の一つ。その起源は古く、初めて使用されたのは今から約500年くらい前……そう、日本史で例えると安土桃山時代の頃で……」


「…………」

 

 うわー……もう間違いなく浅田さんだよ。絶対そうだよ。なのになんで黒ローブなんて

着てるの? それに浅田さんってそんな胡散臭い話し方してたっけ?

 

 一人ペチャクチャと安土桃山時代について熱く語る彼女を呆れた目で見ていたら、今度は町の人の叫び声が聞こえてきた。


「ゴブリンが生きてるぞーッ!」


「え?」 

 

 その言葉に思わず慌てて振り返ると、先ほど魔法の直撃をま逃れたゴブリンが「グゲェーっ!」と怒ったような声を漏らしながらこちらに向かってくるではないか!


「ひぃぃぃッ!」


 私は慌てて立ち上がると、浅田さんの腕にしがみつく。


「ちょ、ちょっと浅田さん! 早くッ、早くさっきの魔法で倒してよ!」


「ええい私に触れるなけがれた元リア充め! それに私は浅田なのではない! ヘロドトース・ギボンだ!」


「もうッ! ヘロドトースでもガボンでもなんでもいいから早くやっつけてよ!」


「ガボンじゃない、ギボンだ! 高名な歴史家の名前を愚弄ぐろうするなこのバカもの!」


 浅田さんはそう言うと、私の手を払いのけて再び杖を構える。が、何やらさっきと違って様子がおかしい。


「しまった……MP切れだ」


「えッ、もしかして魔法使えないの⁉︎」

 

 動揺する私の目の前で、浅田さんが悔しそうな表情を見せる。


「くッ、おそらく徹夜で三国志を読破してしまったせいだ……思った以上にMPが回復してない」


「…………」

 

 やっぱりこの子、歴史大好き浅田さんでいいよね? もういいよね?


 そんなことを思い一瞬白けてしまった私だったが、再び聞こえてきた「グゲェっ!」というゴブリンの叫び声によってすぐにハッと我に返る。


「ヤバイよヤバいよ! もうそこまでやってきてるよ!」


「ええいさっきからうるさい奴だな! 私のローブを引っ張るな! 伸びるだろ!」


「どうしよう浅田さん! このままだと私たち食べられちゃうよ!」


「だから私は浅田じゃないし……早くその手を離せ……」

 

 私を置いて逃げようとする浅田さんの服を力一杯引っ張りながら、自分の目は気持ち悪いモンスターに釘付けだった。

 一応さっきの魔法攻撃によるダメージは食らっているようでその足取りはフラフラだが、それが逆にゾンビみたいに見えてきて余計に怖い。

 このままじゃヤバい! と思わず目を瞑りそうになった時だった。「宮園さん!」と私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「和希!」


 振り返ると、人混みをかき分けて自分たちの方へと走ってくる和希の姿が見える。


「ごめん遅くなって! 宮園さんこれを……これを使って!」


「こ、これって……」

 

 私は和希が差し出してきたものを両手で受け取る。

 彼が私のために一生懸命に探し出してくれたもの。驚いたことにそれは自分の背丈ほどもある立派な……



 ホウキ、だった。


「…………」

 

 動揺を隠せず手が震える自分に、和希が息を切らしながら口を開く。


「近くにある道具屋が今日はどこも定休日だったから……武器になりそうなものがなかなか見つかならくて……」


「武器になりそうなものって……」

 

 私は和希の言葉を聞きながら、もう一度自身の手が握っているものをまじまじと見る。 

 使い込まれた感じの味のある持ち手に、毛がバッサバサにひらいた先っぽ。やっぱりどこをどう見ても、これはホウキにしか見えないんですけど?


「和希これって……ホウキ、だよね?」


「うん。ホウキだよ」


「…………」

  

 やっぱりホウキらしい。っというより、これのどこか武器なの⁉︎


 言葉を失い驚愕した表情のまま何度もホウキと和希の顔を見比べていると、彼が真剣な顔つきで言ってきた。


「大丈夫! 宮園さんは勇者だから、相手にダメージを与えられるものならどんなものにも攻撃力が宿るんだ!」


「む、む、無理だよホウキで倒すとか! ハエじゃないんだよ⁉︎ 相手はあの気持ち悪いゴブリンだよ⁉︎」


「グゲェーっ!」

 

 私の言葉に怒ったのか、ほんの数メートル先まで迫ってきているゴブリンが叫んだ。その瞬間、私も「ひぃぃッ!」とホウキを握りしめながら思いっきり叫ぶ。


「はぁ……ほんとに無能な奴だな。呪文だよ呪文。呪文を唱えればホウキにも力を宿すことができる」


 黙って自分たちのやりとりを見ていた浅田さんが、呆れた口調でそんなことを言ってきた。その言葉に、「呪文って何よ⁉︎」と私はすかさず言い返す。


「呪文に形式ばった言葉なんて存在しない。本人が心を込めた言葉そのものが呪文だ」


「だからどうすんのさ!」


「ホウキに対して思ったことを言葉にするだけだ。そうすればホウキが答えてくれる」


「そんなこと言われても……って、きゃッ」

 

 ついにヨロヨロ足だったゴブリンは私たちの前までたどり着き、その不気味に光る目をさらにギラリとさせながらこちらを睨みつけてきた。


 ええいッ、こうなったらヤケクソだ! ヤケクソで唱えてやる!


 そう思った私はホウキをゴブリンに向かって構えると、思いっきり息を吸い込んだ。


「ほ、ホウキよホウキ、ホウキさん! いつも教室の床を綺麗にしてくれてありがとう! 廊下や玄関を綺麗にしてくれてありがとう! それと……それとえーっと……」

 

 力を解放する為には感謝の言葉しかないと思った私は、ホウキに対して思いつく限りの感謝の言葉を述べていく。

 すると何故だろう、さっきからプークスクスプークスクスと隣から浅田さんの笑い声が聞こえてくる。


「ホウキで叩くだけなのに呪文なんているはずないでしょ……プークスクス!」


「………………」


 む・か・つ・くぅぅーッ! 私を騙したな浅田めーッ!!

 

 思わず顔を真っ赤にした私は、ゴブリンのごとくギロリと浅田さんを睨みつけた。けれど相手は相当笑いのツボにハマってしまったようで、お腹を押さえてしゃがみ込んでいる。


「ちょっと浅田さん! 私を騙したでしょ!」


「騙すも何も、普通に考えればわかるだろ」


「ひ、ひどいッ! 和希も黙ってないで何か言い返してよ!」


「ぼ、僕はその……」


「グゲェェーっ!」


「お前はうっさい!」

 

 パコン! と私は会話に乱入してきたゴブリンの頭を思わずホウキで思いっきり叩いた。と、その直後。ゴブリンは一際大きな叫び声を上げたかと思うと、そのままバタンと背中から倒れてしまう。


「…………あれ?」

 

 思わずハッと我に戻った私は、死にかけのゴキブリのように足をピクピクと動かしているゴブリンを見た。すると本当に力尽きてしまったのか、ゴブリンはぴくりとも動かなくなってしまう。

「もしかしてこれって……」とその様子を茫然と眺めていると、突然周囲からドッと歓声が上がった。


「勇者さまがゴブリンを倒したぞーッ!」


「ホウキでゴブリンを一撃で倒すなんて、やっぱり勇者さまは違うな!」


「あの子知ってる! リストーラ様に選ばれた勇者の子よ!」


「魔王を倒すのもやはりあの勇者さまか!」


「…………」

 


まるでワールドカップの優勝国さながらの盛り上がりを見せる広場。その中心、喜びと歓喜の声に包まれる中で、一人急速に顔が青ざめていく私。何だかこれは……まずい展開のような気が……

 そんな胸騒ぎを感じながら辺りをキョロキョロと見回していると、町長と呼ばれていたあのおじーちゃんが近づいてくるのが見えた。


「いやーさすがリストーラ様に見込まれた勇者さま! おかげで助かりましたよ!」


「いやその、そんな……」

 

 力強く私の手を握りながら何度も感謝の言葉を口にする町長に、私は思わずぎこちない笑みを浮かべる。だいたいあのゴブリンは浅田さんの魔法で弱っていたし、それに何より、私はこんなことで有名になんてなりたくない!

 そう思った私はさりげなく町長の手から自分の手を離すと、「そ、それじゃあ失礼します……」と言ってこの場から立ち去ろうとした。が、何故か再び町長が私の手をガシッと掴んできた。


「君はこの町の窮地を救ってくれた勇者、いや英雄だ! なのでこれからは君も『魔王討伐勇者連盟』の一人に任命する!」


「…………はい?」

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