第12話 初のエンカウト!

 宿屋を飛び出すと私たちは、町の人たちが集まっている広場まで走って向かった。


「ちょ、ちょっと待ってよ和希! ゴブリンを倒すってどういうこと?」


 目の前を走る和希の背中に向かって私は息を切らしながら尋ねた。そもそもゴブリンって何? ゴキブリの一種か何かの? それに倒すってどういうこと?

 様々な疑問が頭の中を飛び交う中、チラッとこちらを振り返った和希が言った。


「ゴブリンっていうのはモンスターのことだよ! それが町に現れたってことは僕ら冒険者が退治しないといけないんだ!」


「えぇッ⁉︎ ゴブリンってモンスターのことなの!」


 和希の言葉を聞いた瞬間、私は思わず急ブレーキをかけて足を止めた。


「そ、そんなの無理だよ! いきなりモンスターを倒すなんて!」

 

 私が慌てて叫ぶと和希も同じように足を止めてこちらを振り返る。


「大丈夫だよ宮園さん! モンスターと言ってもゴブリンは下級モンスターで初心者向けだし、それに勇者の宮園さんだったら問題なく倒せるよ」


「いやいや問題しかないよ! だ、だって私ただの女子高生だよ⁉︎ ゴキブリだって一人じゃ倒せないんだから!」


 むりむりむり! と全力で首も両手も大袈裟に振っていると、「宮園さん」と和希が真剣な表情を浮かべて私の前までやってきた。そして力強い声で言う。


「大丈夫、僕が必ず君を守るから」


「和希……」

 

 ハッキリとした声で断言する和希に、私の乙女心が思わず揺れてしまう。それと同時に脳裏に浮かんでくるのは、あのバス事故の時に私のことを命懸けで守ろうとしてくれた和希の姿。

 たしかに和希なら私が危なくなれば絶対に助けてくれるだろう。それにこの世界で生きていくのであれば、たぶんこの先モンスターとの接触は避けては通れない……

 そんなことを思った私は大きくため息を吐き出すと、「わかったよ」としぶしぶ呟いた。


「でも危なくなったら絶対に逃げるからね? 無茶はダメだからね??」


「それなら心配ないよ。ゴブリンは怖いモンスターじゃないし、ほとんど一撃で倒すことができるから」


 そう言うと和希は私の左手を力強く握って、「行こう!」と颯爽と石畳の上を駆け出した。そんな彼の逞しい後ろ姿に、思わず心臓がトクンと音を立てる。

 そのせいでろうか、私は不思議と心の中の恐怖が和らいでいくのをかんじーー



「嫌だぁぁッ! 怖いッ、怖すぎるよッ!!」



 人混みをかき分けて辿り着いた戦の最前線。私は歯医者を嫌がる子供さながらの勢いで和希の腕を必死に引っ張っていた。視線の先には、生まれて初めて見る生モンスターの姿。


「ちょ、ちょっと宮園さん! 大丈夫だよ、あれはただのゴブリンだよ」


「ただのゴブリンって何よ! めちゃくちゃ怖い顔してるじゃん! あんなのぜったい倒せないよ!」


 私は早くも涙目になりながら和希に必死に訴えた。そう、ゴブリンの姿は私の想像を遥かに超えた異形なものだった。

 尖った鼻や耳に、蛇みたいに長い舌、それに悪魔みたいな尻尾まで生えている。例えるならその姿はハリーポッターに出てくるドビーを百倍くらい凶悪にした感じで、しかもそんな危険な生物が3体もいるではないか!


「ねえ! モンスターってもっとこう青くてブニョブニョしてる小っちゃいやつじゃないの⁉︎」


「宮園さん、それはスライムのことだよ。スライムもゴブリンと一緒で下級モンスターの一種だけど、残念ながらあれはゲームの中だけの存在なんだ」


「もうッ! ここもゲームみたいな世界でしょ! なのになんであんなグロテクスなやつがいきなり出てくるのよ!」


 そんなことを叫びながら私は和希の腕を引っ張りながら元きた道へと戻ろうとする。すると、今度は別の場所で人混みをかき分けて最前列へと現れた人たちの姿が。


「町長! あそこです! あそこにゴブリンが!」


 町の住人と思しき男性が大声でそんなことを叫ぶと、その後ろからヨボヨボのおじーちゃんが現れた。


「くッ、忌々しいモンスターめ! 一体どうやってこの町に入ってきたのだ! ええい冒険者は……冒険者は誰もいないのか⁉︎」


「ダメです町長! この時間帯はほとんどの冒険者がダンジョンへと旅立っていて、酒場に残っている冒険者たちはすでにアルコールによって全滅状態です!」


 男性の切羽詰った状況説明に、町長と呼ばれているおじーちゃんは悔しそうに顔を歪めた。っというより、アルコールで全滅状態ってどういうこと? こんな朝っぱらからみんな飲み潰れてるの⁉︎

 思わず呆れて言葉を失っていると、視線の先で町長がゴブリンたちに向かって勇敢にも一歩前に出た。


「仕方ない……こうなればワシがこの町を守るしかない……」


 衝撃的な言葉を口にした町長は、あろうことか着ているシャツを脱ぎ始めた。するとあらわになったのは筋骨隆々の身体……ではなく、シップとシワだらけになった老人の身体。

 私が言うのもなんだけど、あんな身体ではゴブリンどころかゴキブリ1匹まともに倒せそうな気がしないんだけど……


「あのおじいちゃん、大丈夫かな……」


 そんな心配をしていたら、周りにいる町の人たちも同じように不安になってしまったようで、「おやめください町長!」と口を揃えて叫んでは町長を取り押さえていた。

 そんな光景を横目でチラチラと見つつ、私が和希を引っ張りながら人混みの中へと消えていこうとした時、羽交い締めにされている町長とふと目が合った。その瞬間、何故か町長は「あッ」と喜びと驚きに満ち溢れた表情を浮かべて、かたや私はというと「え?」と思わず動揺した声を漏らしてしまう。何だか非常に嫌な予感が……


「あ、あの方はリストーラ様に選ばれた勇者様ではないか!」


「げッ⁉︎」

 

 案の定、不安的中。というより、こんなタイミングでそんなこと叫ばないでよ!


「さ、最悪だ……」とわなわなと唇を震わせながら呟いた時には、もう既に周りにいる人たち全員が私のことを見ていた。中には昨日神殿で顔を合わせた人もいるのだろう、「本当だ! 勇者様だ!」と声高らかに叫んでいる人さえいるではないか。


「宮園さん! これはチャンスだよ」


「む、無茶言わないでよ和希ッ! そんなの……って、キャっ!」


 突然後ろから不特定多数の人たちの手によってぐいぐいと背中を押されて、私はアンコールをもらったアーティストさながら再び最前列へと戻されてしまう。そして目の前には3体のゴブリン。


「う、嘘でしょ……」

 

 出口なし、逃げ道なし、勇気も度胸もなし。

 周囲を見るとまるで城壁のように町の人たちが私と和希を取り囲んでいて、「いけー勇者さま!」とか「串刺しにして倒してくれー!」とか無責任な言葉を次々と発している。


「勇者さま! あいつら俺が愛情注いで育ててきた馬を食いやがったんだ! お願いだ! 仇を取ってくれ!」


「う、馬を食った⁉︎」

 

 私は思わずぎょっと目を見開くと、隣にいる和希の胸元を掴んだ。


「ちょ、ちょっと和希どういうことよ! ゴブリンは初心者向けで怖くないんじゃなかったの! なのになんで馬食べてるの⁉︎」


「モンスターは肉食のタイプが多いんだよ。でも大丈夫、ゴブリンが人を食べた話しは聞いたことがないから」


「むりむりむり! 馬が食べられるんだったら、女子高生ぐらいぜったいペロッと食べられるよ! それにあんなの倒すったって、どうやって倒すのよ!」


「それはもちろん宮園さんが……って危ない!」


 突然和希が私の腕を引っ張って抱き寄せたかと思うと、直後「ケケケっ!」という気持ち悪い笑い声と共に、私の真横を一匹のゴブリンが素早く横切った。


「宮園さん! もう戦いは始まってるよ!」


「戦いが始まってるってそんな……って、アレ?」

 

 やけに脇腹あたりがスースーヒリヒリするなと思って見てみると、あろうことか私のセーラー服が破られていて、何ならちょっと擦り傷みたいなのができていた。

「え⁉︎」と驚いてさっき横切ったゴブリンを見てみると、その不衛生なぐらいに長く伸びた爪の先に、私のセーラー服の一部がヒラヒラと突き刺さっているではないか。


「むりーッ!! ぜったい無理だってあんなの倒すの! 和希魔法使いなんでしょ⁉︎ だったら私の代わりに倒してよ!」


「……」


「ねえお願い! なんかすっごい魔法とかでドカンと一気に倒してよ!」


「…………」


 和希の胸元を揺さぶりながら声を荒らげてそんなことを必死に嘆願していたら、「宮園さん」と急に和希が表情を曇らせる。


「ごめん……僕、攻撃系の魔法は使えないんだ」


「…………へ?」


 突然聞かされた爆弾発言に、私の頭が思わずフリーズする。すると和希が念押しといわんばかりに再び言った。


「その……僕は白魔術師だからサポート系の魔法は使えても攻撃系の魔法は使えないんだ」


「ちょ、ちょっと待ってよ! じゃあどうやってゴブリンを倒すつもりなのよ!」


「それは宮園さんが剣で……」


「剣なんて持ってるわけないでしょ! だいたい私、武器なんて何も持ってないから!」


「持ってないの⁉︎」と目を見開く和希に、「持ってるわけないでしょ!」と私はさらに目を見開く。だいたい異世界に飛ばされてきたばかりの女子高生が、スマホや化粧品じゃなくて剣なんて持ってたらおかしいでしょ!


「和希さっき私に言ってくれたじゃん! 私のこと守ってくれるって」


「それはサポート魔法で守るってことで……あッ!」


 何か閃いたのか、突然和希が私の両肩にポンと手を置いた。


「わかった宮園さん! だったら僕が武器になりそうな物をすぐに探してくるよ!」


「……はい?」

 

 え? 今この人なんつった?

 

 目が点になってしまった私の前で、和希が再び力強く断言する。


「宮園さんは勇者だから武器にできるものが多いんだ。だからすぐに見つかるはずたと思う!」


「いやその、そういう話しじゃなくて……」

 

 ちょっと待ってよ、なにその名案じゃなくてただの『迷案』。私は別に武器がほしいわけじゃないの! 今は安心と安全がほしいの!

 そんなことを思い、涙目になりながら顔をふるふると横に振る私に向かって、「絶対にすぐに見つけてくるから」と和希がまたも力強く断言する。いや、そういうことじゃない。そういうことじゃないし、この流れってまさか……


「か、かずきぃぃぃッ!!」


 あろうことか私の幼なじみはくるりと背を向けたかと思うと、そのまま人混みの方へと颯爽と走り去っていく。


 う、嘘でしょ⁉︎ 普通この状況で女の子を一人で残していく⁉︎ ダメだよね、これ絶対ダメな展開だよね⁉︎


「かずきぃッ!」と再び大声で叫んだ私の声は雄叫びだと勘違いされてしまったのか、「その意気だ勇者さまぁ!」「気合い入れていこう!」など間違った声援を誘発してしまった。


「ど、ど、ど、どうしよう……」


 ガクガクと顎も膝も震わせながらチラリとゴブリンたちの方を見ると、良い獲物を見つけたと言わんばかりに、「ケケケッ!」と3匹揃って愉快に笑っている。


 ダメだ……殺される……絶対に殺されちゃう!


 おずおずとした動きで一歩ずつ後ろに下がっていくと、その倍のスピードで確実に距離をつめてくるゴブリン達。こんな情けない自分の姿を見ても、町の人たちはまだ私が倒すとでも本気で思っているのか、「3匹まとめてやっちゃってくれぇ!」と声援を送ってくる始末。

 これはいよいよ危ないとゴクリと唾を飲み込んだ時、目の前にいる1匹がいきなり私に向かって飛び込んできた。


「いやぁぁぁッ! 来ないでぇぇッ!!」


 思わず叫び声を上げてしゃがみ込んだ時だった。突然『ボンっ!』と炸裂音のような音が頭上から聞こえたかと思うと、「グギェェっ!」と気持ちの悪い悲鳴が辺り一帯に響いた。

 驚いた私がハッと顔をあげれば、一体何があったのか、黒焦げになったゴブリンが倒れていく姿が視界に入った。


 えッ、どいうこと⁉︎

 

 訳がわからず私はへにゃへにゃと脱力するようにその場にお尻をついてしまう。するとそんな自分の背後から誰かが近づいてくる足音が聞こえた。


「やれやれ……勇者のくせにゴブリンごときで泣き叫ぶとは、やっぱりお前は何の取り柄も特徴も魅力もないただの宮園か」


 ぶつぶつと何か呟くような声が聞こえたと思ったら、私の視界の隅にヒラリと黒い布のようなものが映った。見るとそこには和希と同じようなローブを着た人物が立っていて、その手には魔法使いとかが持ってそうな杖が握られている。

 フードをかぶっているせいで顔が見えないけれど、この声、どこかで聞いたことがあるような……


「所詮モブはどんな世界に行ってもモブってことだな……」


 またぶつぶつと黒ローブを着た人が何か喋っている。……って気のせいだろうか、なんかさっきから私の悪口言ってない?

 そんなことを思いながらも石畳の上にへたり込んだまま身動き一つ取れずにいると、黒ローブの相手が顔を隠していたフードをばさりと取った。するとそこには一人の女の子の姿が。

 ちょっと癖っ毛のある真っ黒な髪、知的な雰囲気を醸し出しているメガネ、そして私よりも少し背が低そうなシルエット……。

 やっぱりそうだ……この人は……この人物はおそらく……



同じクラスにいた歴史大好き少女の浅田さんだ。

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