第9話 この世界にお泊まりできるところはありますか?

「さっきはごめんね……」


 神殿から出た私は、隣を歩く和希に向かって言った。随分と酒場で長居してしまったようで、頭上にはお日様ではなくいつの間にか大きなお月様が浮かんでいる。


「ううん。僕の方こそ何も覚えてなくてごめん……宮園さんとは前の世界で一緒に過ごしていたはずなのに」


 そう言って和希はしょぼんと眉尻を下げた。記憶が無くしても和希らしいその子犬のような表情に、思わず胸の奥がきゅうと締め付けられる。


「和希が謝ることないよ。たぶんバスの事故のショックで一時的に忘れてるだけだろうし。だから少しずつでも思い出してくれたら私は大丈夫!」


「宮園さん……」


 私の言葉に、辛気臭い顔をしていた和希の表情に明るさが少し戻った。それを見て私もニコリと微笑む。

 たしかに和希の記憶が無くなっていることはショックだったけれど、見知らぬ世界の空の下で、こうやって再び会うことができただけでも奇跡だ。それだけでもアスなんちゃらさんには感謝しないといけないし、それに和希も私と一緒にいることで徐々に記憶が戻ってくるはずだ。

 だって私と和希は、幼い時からずっと一緒に過ごしてきた幼なじみなのだから。


「あ、あの……僕と宮園さんは前の世界ではどんな関係だったの?」


「えッ!︎ わ、私と和希の関係⁉︎」

 

 まるで不意打ちのようなその質問に思わず声が裏返ってしまった。

 別に和希とは隠すようなやましい関係なんて一切ないけれど、突然面と向かってそんなことを聞かれると、何だか変な気分になってしまう。

 私は動揺してしまったことを誤魔化すように咳払いをすると、出来るだけ平然とした口調で答える。


「そ、そうだなー。和希と私はちっちゃな頃から知ってる幼なじみ同士でいっつも一緒にいたかな。学校もずーっとおんなじだったし家も隣同士だったから、近所の人からはよく兄弟みたいだねって言われてたよ。まあどちらかというと私がしっかり者のお姉ちゃんで、和希がちょっと鈍臭い弟って感じだったかなぁ」


「へぇ、そうだったんだ」


 自分のことなのにまるで他人ごとのように興味津々に頷く和希。普段の彼なら、「誰が弟だよ!」って口を尖らせて怒るはずなのに、どうやら今はそんなこともないようだ。


 あれ……これってもしかして、チャンス?


 ふとそんなことを思った私は、試しに思いついたことを口にしてみた。


「それと和希はよく私のことを褒めてくれてた……ような気もするなぁ。『朱莉って勉強よくできるね』とか『今日の髪型似合ってるよ』とか……」


 あはは、とぎこちない笑い声を漏らしながら私はそう言うとチラチラと和希の様子を伺う。すると和希は疑うこともなく、「なるほど」と真剣な表情で何度も頷いているではないか。


「じゃあ僕もこれから宮園さんのことを褒めるといいってことかな?」


「え! べ、べつに強制してるわけじゃないよ! でも……和希が褒めてくれると幼なじみの私にとっては嬉しいかなぁ……とか思ったりしちゃって」


 私は和希から視線を逸らしながらおどおどとした口調で答える。やっぱりそうだ。和希は私にどんな風に接していたのかまったく覚えていないんだ。……ということは、これは私にとって理想の和希を育てるチャンスなのでは?

 一瞬そんな悪い考えが頭の中に浮かんでしまい、「違う違う!」と私は慌てて首を振る。けれど一度浮かんでしまった考えはそう簡単には消えないもので、私は甘い誘惑に誘われるままにもう一度口を開いてみた。


「ち、ちなみに今の和希からだと……私ってどんな女の子に見える?」

 

 右手で髪の毛を撫でつけながら、私は和希から視線を逸らしたまま尋ねた。べつに和希のことが好きとかいうわけではないけれど、ただやっぱり気になるではないか。一応私も女の子なので、男の子からどう見られているのかということは。

 そんなこを思いながら和希からの返答を待っていると、彼がゆっくりと口を開いた。


「そうだなぁ、僕から見れば宮園さんは『可愛いパンダみたいな女の子』って感じかな」

「…………」


 え? ちょっとそれどういうこと? パンダみたいな女の子って……それ褒めてるの? 褒めてるんだよね? 決して太ってるとかぽっちゃりしてるとかそういう意味ではないよね??

 

 和希のどう捉えたらいいのかわからない褒め言葉に、私は思わず眉間にきゅっと皺を寄せる。私からの返答がなかったことに和希も気になったのか、「そ、それに……」と彼が慌てて言葉を付け足す。


「僕、この世界だと知らない人ばっかりだったから、宮園さんみたいな人に声を掛けられた時すごく嬉しかったんだ。それにパーティにまで入れてもらえたから、これから一緒にいれると思うと何だか不思議なくらい安心しちゃって」


「そ、そう……」


 急に和希の素直な気持ちを聞かされてしまい、私はぎこちない口調で声を漏らしてしまう。

 嬉しかった、これから一緒にいれる、という言葉についてはどういう意味なのかもっと掘り下げたいところだけれど、今はちょっと恥ずかしくて面と向かって聞けそうもないのでそれはまた次回にしておこう。

 私はそんなことを思うと、いつの間にか熱くなっていた顔をパタパタと手で仰ぎながら話題を変えて和希に言った。


「と、とりあえず今日は色々あって私も大変だったし和希も疲れてるだろうから、ゆっくり休んで明日に備えないとね!」


 はは、っと笑ってさっきまで感じていた恥ずかしさを誤魔化すように言ってはみたものの、私はそこでハタと肝心なことに気づいた。


 休むって……どこで?

 

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