第7話 幼なじみ争奪戦

 そんなバカなといわんばかりにポカンと口を大きく開けた私は、ゴシゴシと両目を擦るともう一度人だかりの方を凝視する。ここからだとよく見えないが、人混みの隙間からチラチラと見えるその横顔は、私の記憶の中にある和希と一致するような気が……


「ま、まさかね……」

 

 私は思わず声を漏らすと、ゆっくりと女性陣のほうへと近づいていく。そして、「ちょ、ちょっとすいません……」と言いながらその中を進んでいくと……


「か、和希⁉︎」

 

 やっとの思いで人混みを抜けた私の前に現れたのは、間違いなく自分の幼なじみである和希の姿だった。制服ではなく何故か白いローブみたいな服を着ている彼は、矢継ぎやに飛び交う女性陣からの質問にあわあわとたじろいでいる。

 そんな彼に向かって、「和希!」と再び名前を叫んだ私は、一直線に彼のもとへと駆け寄った。


「良かった和希! 本当に無事だったんだね!」

 

 思わず瞳を滲ませながら、私は和希の両手を握りしめるとブンブンと腕を揺らす。間違いない。どことなく子犬のような可愛らしさを兼ね揃えたこの顔や、そしてちょっとふわふわとしたこの雰囲気。やっぱりこの男の子は私が探していた……


「ちょっとアンタ、何一人だけ抜け駆けしてんのよ!」

 

 突然、心臓を突き刺すような鋭い声が聞こえてきて、私はビクリと肩を震わせた。恐る恐る振り返ると、そこには魑魅ちみ魍魎もうりょうのごとく、殺気立った目で私のことを睨みつけてくる女性陣の方々……


「うッ……」

 

 今すぐにでも公開処刑されそうな雰囲気に、私の顔からサーっと血の気がひいていく。

 視線の先にはあきらかに私よりも歳上で気の強そうな女性や、中には志保ちゃんみたいに騎士の格好をしている人もいて、どう考えても私一人で乗り切れる状況ではない。口をパクパクとしてただ固まっている自分に、「何様のつもり⁉︎」と殺気立った女性たちがジリジリと距離をつめてくる。


「その男の子は今からウチらのパーティに入るんだから勝手にちょっかい出さないでくれる?」


「は? アンタなにバカなこと言ってんの? この子はね、私たち『風のツバサ』の一員になるのよ」


「ちょっとちょっと貴方たちそれは違うわ。この可愛らしい男の子は今日から『マダムファミリー』に加わる予定よ。邪魔しないで下さるかしら?」


 どうやら私の目の前で幼なじみの争奪戦が繰り広げられているらしい。

 おそらくここにいる人たちはみな何かしらのパーティに参加してる人たちなんだろう。どのおねーさま方(一部マダム)も和希を加えようと必死だ。

 

 ど、ど、どうしよう! このままだと和希が……和希が他の人に取られちゃう!

 

 私はあたふたとしながらそんなことを思うと、和希を連れて何とか逃げ出せる方法はないかと辺りを見回す。が、残念ながらすでに四方は囲まれていて、何なら剣や杖を構えて今にも戦闘を始めそうな人たちさえもいるではないか!


「とりあえずそこのアンタ! さっさとその男の子から離れてくれない? 馴れ馴れしくてウザいんだけど」

 

 そう言って目の前にいる女騎士のおねーさんはスチャンと私に向けて剣を引き抜いた。その刃先が怖いのなんのって、私は思わず「ひぃぃッ!」と情けない声を漏らす。

 

 ヤバいヤバいヤバい! こ、このままだと本当に殺されちゃう!!

 

 そんな恐怖にバクバクと胸の中を激しく鳴らしながら、私は助けを求めるようにチラリと和希の方を見た。が、しかし。どうやら和希もこの場の雰囲気に完全に飲まれてしまっているようで、同じように顔が青ざめている。


 ダメだ……和希のこの顔は大の苦手な野良犬を前にした時と同じ顔だ……


 やっぱりここは私が何とかしないと、と和希に対して姉御肌な自分の性格がチラッと顔を覗かせるも、目の前に迫ってくる恐怖のせいですぐに萎んでしまう。

 このままだとせっかく和希と再会できたのに離れ離れになるどころか、私はきっとあの怖いおねーさんに三枚おろしにされちゃう!

 万事休すとはまさにこのこと。片手に剣を構えた騎士のおねーさんは、魔王さながらの顔をして私にズンズンと近づいてくる。

 ヤバい! っと思わず目を瞑ったその時だった。恐怖で真っ白になった頭の中に、ふとウサミーさんの言葉が蘇る。


 勇者のみが正式なパーティを組むことができるーー


 そうだ……たしかウサミーさんはあの時そんなことを言っていた。

 勇者のみが正式なパーティを組むことができると。そして勇者とパーティを一度組んでしまえば、他の人たちが勝手に引き抜くことは許されないと。……だったら、

 私はゴクリと唾を飲み込むと、プルプルと震えっぱなしの唇にぎゅっと力を入れた。


「…………勇者です」


「は?」


 ボソリと呟いた自分の言葉に、目の前の女騎士はさらにイラッとした表情を見せた。その迫力にまたも私は「ひッ」と小さく叫び声を漏らすも、ここで引いてはダメだと思い、覚悟を決めると再び声を発する。


「わ、私は勇者……勇者なんです! そして彼は私と正式にパーティを組む人なので、誰にも渡すわけにはいきません!」


 恐怖で声を震わせながら、何度も何度も舌を噛みそうになりながらも、それでも私は必死になって叫んだ。

 和希は私の幼なじみで、そしてあの時命懸けで自分のことを守ろうとしてくれた大切な人。……だから、いくら怖くたって私がこんなところで諦めるわけにはいかない!


「は? いきなり何を言い出すかと思ったら、あんたみたいなチンチクリンが勇者だって? そんなヘンテコな格好をした勇者なんているわけないでしょ!」


 目の前の女騎士は怒りを通り越して呆れ返ってしまったのか、剣を持ったまま今度はお腹を押さえてバカ笑いし始める。するとそれにつられるように、周りにいる女性たちもクスクスと笑い出した。


「…………」


 さっきまでの恐怖心とは違う、今度は羞恥心という名の恐怖が私の心をぎゅっと押しつぶす。冷ややかな笑い声や無数の冷めた視線はそれだけで殺傷力抜群で、メンタルが豆腐のように弱い私にとってはまさに凶器そのもの。

 このままではますます窮地に立たされると思った私は、一か八かの賭けに出て、スカートのポケットからあの巻物を取り出した。


「こ、これが証拠ですッ!」


 私はそう言ってしゅるりと巻物を開けるとみんなの前に勢いよく突き出した。そしてぎゅっと瞼を閉じると頭の中で精一杯自分の姿をイメージする。


 どうか……どうかこれで見逃して下さい!

 

 まるで願掛けでもするかのように、私は心の中で強くそう叫んだ。すると暗闇の向こう、閉じた瞼の真ん前でバカ笑いしていたはずのおねーさんの笑い声が徐々に小さくなっていく。

 あれ? と疑問に思った私がチラリと前を見ると、今度は何故か騎士のおねーさんの方が少し怯えたような表情を浮かべている。


「あ、ありえない……こんなドジで間抜けそうなガキが本当に勇者だなんて……」


 どうやら私の賭けは成功したようで、騎士のおねーさんは唇を戦慄わななかせながらそんな言葉を呟いた。すると今度は周りにいる女性陣たちも笑うことをやめて、みな次々とざわめき始める。


「えッ、あんな子が勇者なの⁉︎」


「しかもよく見るとリストーラ様のお墨付きじゃない!」


「凄い……今度こそ魔王を倒せる勇者が現れたのね」


 あちこちからそんな動揺や驚きの声が聞こえてきて、私の方が思わず目をパチクリとさせてしまう。

 どうやらこの世界で勇者という存在は、私が思っていた以上に威力が絶大だったらしい。それに……リストーラさんが凄い人というのもあながち嘘ではないらしい。

 そんなことを思っていると、目の前にいる怖い女騎士さんが剣をさやへと戻した。


「ちッ、勇者とパーティ組むなら横取りできないわね……」


 そう言って悔しそうに唇を噛む騎士のおねーさん。それを見て私は少しホッと胸を撫で下ろすと、今がチャンスといわんばかりに再び口を開く。


「こ、この先も彼が私のパーティから抜けることありません! それに和希は……この男の子は昔からずっと一緒にいる私の幼なじみなんです」


 ね、と言って和希の方を振り向くと、さっきまで青ざめていた彼もやっと落ち着きを取り戻したのか、ポカンとした表情を浮かべていた。そして「あの……」とこの世界で再会してから初めてその唇を開いた。


「君って……誰?」


「…………はい?」

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