第6話 奇跡の再会

 ウサミーさんから望んでもいない勇者の説明を一通り聞いた後、私は彼女に連れられて神殿の中にある例の酒場まで向かった。


「え! ウサミーさん一緒に来てくれないの⁉︎」


「ごめんなさい宮っち……ウサミーはこれから他の人を案内しないといけないのです。それに酒場には盛ってる男の人もたくさんいるので、こんな格好で行くのは危ないじゃないですか」


「…………」


 いやいやちょっと待ってよ! バニーガール姿が危ないってことは、純情な乙女がセーラー服姿で乗り込むのもかなり危険だと思うんですけど⁉︎


 そんなことを思いながらウサミーさんの腕を必死に掴んで首をふるふると何度も左右に振るも、ウサミーさんは無情にもその手を払い退ける。


「心配しなくても宮っちなら大丈夫です! なんたって宮っちは魔王を退治してくれる選ばれし勇者なんですから!」


「……」


 ダメだ……やっぱこの子のペースにはついていけない……。というより、この短時間で何かやたらと距離感近くなってない? クラスメイトの女の子に話しかけられているような気分なんですけど?


「じゃあ宮っち、バッチリ良い仲間見つけて来て下さいね!」


「ちょっ、せめて入り口まで……入り口まで一緒にきてよぉッ!」


私は足早に遠ざかっていくウサミーさんの背中に向かって叫んだ。なんてことだ。まさかの異世界での放置プレイ。しかも未成年でありながら、今から私は制服姿で酒場に乗り込まなければいけないなんて。


「うぅ……ウサミーさんのバカ……いじわるぅ」


 私はもはや半泣きの声でそんな言葉をぼそぼぞと呟く。だが、このまま立ち止まっていてもどうしようもないので、私は勇気を振り絞ると目の前に見えている酒場へと恐る恐る進んだ。


「す、すいませーん……」


 入り口とおぼしき辺りで店員さんを呼んでみたが、私のか細い声などガヤガヤとした酒場の雰囲気に一瞬でかき消されてしまう。

 ちらりと中を覗くと、店内には巨大な丸太を真っ二つにしたような大きなテーブルがいくつか並んでいて、そこには相も変わらず騎士や魔術師みたいな怪しいコスプレをした人たちで賑わっていた。


……ほんとにこんな場所に、私と同じような人がいるのだろうか?


 ゴクリと唾を飲み込むながらそんなことを思っていたら、たまたま近くを通りかかった店員のおねーさんが声をかけてきた。


「ごめんねーお客さん! 今混んでて忙しいから適当に好きなところに座ってて」


「は、はい……」


 ショートヘアのいかにも活発そうなおねーさんの言葉に促され、私は清水の舞台から飛び降りる覚悟で店内へと足を踏み入れる。


「にしても……ほんとに仮装パーティーみたいなところだな……」


 お化け屋敷にでも入ったかのようにおずおずとした歩調で店の中を進みながら、私はぼそりと呟いた。

 真っ昼間からお酒を飲んでる軍人や海賊みたいな人たちもいれば、何やら怪しい雰囲気を醸し出して商談をしている占い師みたいな人。誰一人して私が安心するようなまともな格好をしている人はおらず、みな何かしらの変装をしている。

 たぶんこれがこの世界でのまともな格好なのだろう。


「おうおう嬢ちゃん! えらく珍しい格好してるじゃねーかッ」


「ひゃあッ!」


 酔っ払ったボディビルダーみたいなおじさんにいきなりお尻を叩かれ、私は思わず叫び声を上げた。


「お、よく見ると嬢ちゃんけっこう可愛いじゃねーか! どうだ、俺たちと一緒に飲まねーか?」


「い、いや私はその……」


 じんじんと痛むおしりを右手で押さえながら私は慌てて首を振る。いきなり女の子のお尻を叩いて未成年相手にお酒を勧めてくるとか、この人たちぜったいにヤバい連中だッ!

 そんな危機感を強く感じながらも、恐怖のせいで一歩も動くことができない。その間もアルコールのせいで完全にできあがった強面のおじさんは、「ほら嬢ちゃんもここに座れよ!」と嬉しそうにベンチの空いているスペースをバンバンと叩いている。

 

 や、ヤバい……どうしよう……

 

 何とかして逃げるきっかけを作らなければとキョロキョロと辺り見渡していた時、今度は突然背後から声を掛けられた。


「ちょっと! アンタもしかして朱莉じゃない⁉︎」 


「え?」

 

 まさかこんなところで自分の名前を呼ばれるとは思わず、驚いた私は慌てて後ろを振り返った。

 するとそこにはジャンヌダルクさながらの立派な鎧を身に纏った長身の女騎士が立っていた。


「やっぱ朱莉じゃんッ! いやーマジでビックリ! 朱莉もこの世界に飛ばされてきたんだね」


「し……志保しほちゃん?」

 

 兜と鎧を身につけていて一瞬誰かわからなかったが、その声と綺麗な顔立ちから、目の前にいる女騎士がクラスメイトの三谷みたに志保しほだということにやっと気づく。そしてその瞬間、私の涙腺が一気に崩壊する。


「志保ちゃぁんッ! あびだがったよーッ!」


「落ち着け落ち着け朱莉……って、鼻水たらしながら飛びついてこないでよっ! 買ったばかりの鎧が汚れるじゃん!」


 そう言って志保ちゃんは感動の再会を喜ぶ私を無理やり両手で引き離した。って、扱いひどいな!


「やっぱあのバス事故でこの世界にやってきた生徒ってけっこう多いんだね」


「え? 志保ちゃん以外にもまだいるの?」


 グスンと鼻を啜りながら尋ねると、志保ちゃんが大きく頷く。


「何人かいるみたいだよ。って言っても私が直接見たのは神殿の入り口でぎゃんぎゃん泣きわめいていたインキャラの曽根田そねだぐらいだけどね。曽根田のやつ男のくせに、「家に帰りたい帰りたいッ!」ってずーと泣いてやんの。せっかく異世界に来れたんだから、もっと楽しめばいいのに」


「………」

 

 いや、その適応能力の高さはきっと志保ちゃんだけだと思うけど……。そういや志保ちゃんって、「私って無人島でも生きていけそう!」ってよくノリで話してたっけ。あの時は完全に冗談かと思ってたけど、異世界でその実力発揮できるとか凄いの通り越してなんかヤバい気がするんですけど……

 そんなことを思ってしまった私は泣くのをやめて思わず志保ちゃんの顔を凝視する。するとさっきまで黙って自分たちのやりとり見ていた荒くれ者のおじさんが、再び口を挟んできた。


「おい! そこにいる騎士のねーちゃんも嬢ちゃんの友達なんだったら俺たちと一緒に飲もうぜ! なーに、二人とも悪い目には合わせないよ」


 ぐへへっと明らかに悪い目に合わせてきそうな下品な笑い声を漏らし、おじさんはいやらしい目つきで自分たちを舐め回すように見てくる。


「はッ、誰がお前らみたいなキモいおっさんと飲むかっての。死んでもごめんだね」


「んだとクソガキっ!」


 いきなり衝撃的な言葉を放った志保ちゃんに、荒くれ者のおじさんは顔を真っ赤にして立ち上がった。……いや、顔はもともと真っ赤だったけど。


「ちょ、ちょっと志保ちゃん!」と私はまた泣き出しそうになるのを必死に堪えながらクライメイトの腕にしがみつく。けれど志保ちゃんは何故か強気な態度を崩すことなく、再びおじさんに喧嘩を吹っかける。


「ガキ相手だからって舐めた口きいてるとアンタの方が痛い目に合うよ!」


 ちょっと志保ちゃーんッ! 一体どうしちゃったのーッ! いつもみんなのムードメーカーだったはずの志保ちゃんがなんかすっごい凶暴化してるんですけど⁉︎


 私は唇をあわあわさせたまま、今にもおじさんに飛びかかろうとしている志保ちゃんの腕を必死に引っ張る。

 が、彼女の言葉によって完全にスイッチが入ってしまった相手は、「良い度胸だな!」と叫んだ後、あろうことか志保ちゃんに向かって右手を上げてきた。直後、あまりの恐怖に私はぎゅっと目を瞑る。


「いてッ! いてててッ! ちょっと待ってギブギブ!」

 

 突然聞こえてきたのは志保ちゃんの悲鳴ではなく、何故かおじさんの情けない叫び声だった。それに驚いた私が「え?」と慌てて目を開けると、あろうことか志保ちゃんがおじさんの右手を掴んで関節技を決めているではないか!


「ちょ、お嬢ちゃんやめ……いててッ! マジ無理マジ無理! ほんとごめんなさい! 土下座します! 土下座するから許して!」


 よほど志保ちゃんの技が強力なのか、今度はおじさんの方が涙目になって何度も謝罪の言葉を口にしている。

 周りにいるおじさんの仲間たちも、「あの野郎、さては女騎士のヘビメタだな!」と何だかわけわからないことを言いながら志保ちゃんのことを鋭く睨んでいるも、誰も手を出そうとはしてこない。……なにこれ、どんな展開なの⁉︎

 友人の知らなかった一面に呆気にとられたまま突っ立ていると、志保ちゃんが小さくため息をついておじさんの手を離した。


「これに懲りたら二度と私らに近寄ってくんなよ、クソハゲ!」


「は、はいッ!」


 先程までの強気な態度はどこへやら、おじさんはへこへこと頭を下げてきたかと思うと、「行くぞお前らッ」とその一言だけはカッコよく言って酒場の出入り口へとぞろぞろと向かっていった。


「はぁ……これだからレベルの低いチンピラどもは困るんだよなぁ。張り合いがない」


「…………」


 え、この人って志保ちゃんだよね? よく私と一緒にタピオカ買いに行ってくれた優しい志保ちゃんだよね?

 

 ゴクリと唾を飲み込ながら無言のままでそんなことを思っていると、志保ちゃんはやっといつもの声音と口調に戻って話しかけてきた。


「朱莉もあんな奴らにバカにされないように早いとこレベルを上げて、装備もちゃんと揃えた方がいいよ」


「れ、レベル?」


 すらすらとこの世界の言葉やルールを話す友人に、私は思わず目をパチクリとさせる。


「そ。この世界では女や子供でもレベルが高くて実力があればあんなバカな連中一発で黙らせることができるんだよ。いやーそういうところも良いよね異世界って!」


「は、はぁ……」


 一人楽しそうに話す志保ちゃんを前に私はポカンとした表情を浮かべたまま声を漏らす。 

 たぶん志保ちゃんが言ってるレベルというのは、さっきウサミーさんが説明してくれた話しのことだろう。なんかモンスターを倒していけば上げることができるって言ってたような……

 そこまで考えていた時、ふとあの巻物のことを思い出した。


「あ、もしかして志保ちゃんもこの巻物持ってるの?」


私はそう言うと、スカートのポケットからさっきウサミーさんからもらったばかりの巻物を取り出した。


「そりゃもちろん私だって持ってるよ。それがないと今自分がどれだけ強いかわかんないし」


 そう言って志保ちゃんも同じように鎧の中から巻物を取り出すと、それを開いて私に向かって勢いよく開いた。


「じゃじゃーんッ! さっきダンジョンから帰ってきたらレベルが2つも上がってたの! どうどう? 凄いでしょ⁉︎」


 そんなことを嬉しそうに言ってくる志保ちゃんの巻物を見てみると、確かにそこには三谷志保という名前の下にレベル26と書いてある。


「凄い……志保ちゃんもうこんなに強くなってるんだ。しかも技も魔法もたくさん覚えてるし!」


「まあねッ! この世界に来た瞬間から気合入れてバシバシとモンスター狩りやってたからさ。ほら、陸上部エースの血が騒ぐってやつ?」


「……」


 そこは部活動が関係するところなのだろうか……。

 そんな疑問を思いながら志保ちゃんのステータスを眺めていた時、ふとある数値が目に止まる。


 じょ、女子力37……


 友人のハイレベルな女子力に、私は思わずゴクリと喉を鳴らす。ちょっと待ってよ、30超えてるってことはもしかして志保ちゃんって……


「あれ、どうしたの朱莉? 顔真っ赤にしちゃって」


「う、ううん! 何もない! 何も想像してないから!」


 慌てて両手と頭を振る私を見て、志保ちゃんが「?」な表情を浮かべて小首を傾げた。


「そ、そういえばさっきの人たち志保ちゃんのことを『女騎士のヘビメタ』って言ってけど、あれってどーゆうことなの?」


 何か話題を変えなければと思った私は、おじさんたちの会話を聞いて気になっていたことを慌てて尋ねてみた。すると志保ちゃんがクスクスと肩を震わ始める。


「あーあれね! べつにたいした意味はないよ。こっちの世界での私のニックネームみたいなもんだからさ。私ヘビメタ好きだし、そこに女騎士も合わせるとなんかめっちゃ強そうじゃない?」


「そ、そうですか……」


 聞いたら聞いたで何だか余計に謎が深まったような気がするけど……ま、いいか。


「そういや朱莉はどんなパーティ組んでるの?」


「え? 私はまだ……あッ」


 その瞬間、私の頭の中に名案が浮かんだ。志保ちゃんだ! もしもパーティとやらを絶対に組まなければいけないというのなら、これはもう志保ちゃんしかいない!

 

 そう思った私は即断即決で口を開く。


「あのさ志保ちゃん! 良かったら私と……」


 そこまで口を開いた時、酒場の入り口から突然大声が聞こえてきた。


「ヘーイッ! シホ!」


「あ、勇者様!」


「え、勇者?」


 友人の言葉につられるように、私も慌てて同じ方向を見た。すると酒場の入り口の前に、これぞ勇者! と誰もが一目でわかる出で立ちをした男性とその仲間と思しき人たちが立っていた。

 勇者は外人なのだろうか、彫りが深いその顔はやたらとイケメンで、その格好のままハリウッド映画とかに出てきても違和感がまったくなさそうな気がする。


「見て見て朱莉! あの人が私の勇者様なんだけどすっごく男前じゃない⁉︎」


先ほどのおじさんたちの時とは打って変わり志保ちゃんはそのビー玉みたいな大きな目をキラキラと輝かせて一人興奮していた。こういう姿を見ると、やっぱり女子高生だと思うのでちょっと安心でき……


「あれ……もしかして志保ちゃんってもうパーティ組んでるの?」


「そりゃもちろん! イケメン勇者がいるなら即パーティに入れてもらうしかないでしょ!」


「…………」


 どうやら私の友人は、すでに人様のものになっていたらしい。って、あんな立派で強そうな勇者がいるなら、私が勇者になる必要なくない⁉︎


「あ、あのさ志保ちゃん……実は私も……」


「ごめん朱莉! 勇者様にお呼ばれされちゃったから私行ってくるね!」


 そう言ってあからさまに乙女な表情を浮かべている志保ちゃんは、その可愛い顔とは相入れぬいかつい鎧をカッシャカッシャと鳴らしながら勇者のもとへと向かってしまった。 

 またも放置プレイの状態になってしまった私は、呆然としたまま彼女の後ろ姿を見届ける。


 どうしよう……また一人になっちゃったよ……


 こんな世界で友人とのまさかの再会を果たすことができた喜びが大きかった分、今度は一気に地獄に叩きつけられた気分になってしまう。ダメだ……このままだとまた泣いちゃいそうだ……


「うぅ」と唇をきゅっと噛みしめながら込み上げてくる涙を我慢していると、何やら今度はドタドタと女性陣たちが慌ただしく店内奥へと集まっていく姿が見えた。

 何だろう? と思って伏せていた視線を上げて人だかりの方を見てみると、どうやらこちらにも男前がいるらしい。


「見て! あの白魔術師の男の子、超カッコ良くない⁉︎」


「いいなーあんな男の子に私の身体も癒してほしい!」


 などなど、興奮気味の女性陣たちの黄色い声があちこちから聞こえてくる。異世界とはいえイケメンや可愛い女の子がモテるというのは万国ならぬ万世界の共通ルールのようだ。 

 そんなことを思っていた私は、人だかりの隙間からチラリと一瞬見えた話題の的になっている人物に視線を向けた。と、その直後思わず呼吸が止まる。


 あれ……あの男の子ってもしかして…………和希じゃない?

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