第5話 これが私のステータス。
「勇者だなんてすごいじゃないですか! 私、感激ですぅ!」
地獄のような職業案内を終えて部屋から出たきた私に、ウサミーさんがピョンピョンと飛び跳ねながら言ってきた。
「すごくないよ……こんなの最悪だ……」
あぁ、と嘆くように声を漏らしながら私は頭を抱えると、思わずその場にしゃがみ込んでしまう。
こんなはずじゃなかった。私は和希と会う為にこの世界にやってきただけなのに、なんでこんな展開になっちゃったの?
「もうお終いだ……」と絶望感たっぷりの声を漏らす自分に、ウサミーさんがガシッと突然両肩を掴んできた。
「なにを言ってるんですか勇者さま! これからが熱いクエストの始まりです! 心と胸が踊って揺れる大冒険の幕明けですよ!!」
「嫌だよ! それと胸が揺れるとか言わないで! だいたい勇者になると魔王とかモンスターとか倒さないといけないんでしょ⁉︎ ゲームでもそんなことやったことないのに、私にできるはずなんてないよ!」
「大丈夫です! あのリストーラ様がおっしゃったのであれば絶対に魔王を倒せます! なんたってリストーラ様といえば、職業案内にしろ占いにしろハズれたことがないことで有名なお方なんですから!」
「…………」
いやそこは思いっきりハズれてほしいんですけど……
私はグスンと鼻を啜ると、涙目でウサミーさんを見上げる。
「あの……他の職業に変更したいんですけど……」
「うーん、それはちょっと難しいですね……。この世界では職業鑑定士に選んでもらった職業は変更できないことになってるので」
「そ、そんな……」
ウサミーさんの残酷な言葉に、私はますます瞳をウルウルと揺らす。
「まあまあ、そう残念がらずに! 数ある職業の中でも勇者の職業には色んなメリットがあるんですよ」
「色んなメリット?」
私が聞き返すとウサミーさんが「はい!」と言って頭の上の耳をペコリと動かす。
「まずこの世界では、勇者のみが『正式なパーティ』を組めることになっています。基本的にはパーティを組むこと自体は誰でも自由にできるのですが、勇者のパーティに加わった人だけはその勇者の許可なしにパーティから勝手に出たり入ったりできないんです。もちろん他からの引き抜きなども禁止されています」
「あの……パーティって何ですか?」
「え?」
どうやら私の質問がよっぽど意外だったのか、ウサミーさんが大きな目をパチクリとさせてきょとんとした表情を浮かべた。
「勇者さま……もしかしてパーティをご存知ではないと?」
「いやその……パーティーだったら知ってますけど……」
けどたぶん私が思ってるようなパーティーじゃないですよね? みんなで集まってご飯食べたり遊んだりするほうじゃないですよね?
そんなことを思いながらぎこちなく固まっていると、ウサミーさんが小さくため息をついてから説明してくれた。
「パーティとは一緒にダンジョンに訪れたりモンスターと闘ってくれる仲間を集めたチームのことです。それをこの世界ではパーティと呼んでいます。ちなみに勇者限定の正式なパーティを組む場合は最大5人まで仲間にすることができるんですよ」
「そ、そうなんですか……」
ウサミーさんの説明に、とりあえず私はコクコクと頷いた。どうやらこの世界ではパーティと呼ばれるチームを組むことが常識となっているらしい。
「おかしいですね……だいたい異世界からやってきた人はパーティとか勇者とか魔王とか聞くと説明しなくても勝手に盛り上がって旅立っていく人が多いんですけどね」
「……」
ああ、たぶんそれはゲームとか好きな男の子のことだろう。
そういえば弟もゲームしながら、「パーティにねーちゃんみたいな奴いたら秒で殺されそうだな!」とか笑いながらよく言ってたような気がする。って、あれ? 私大丈夫だよね? この世界でちゃんと生きていけるよね? また死んじゃったりしないよね??
そんなことを思いながら唇をプルプルと震わせていると、ウサミーさんが再び説明を始めた。
「他にも勇者の場合は技や魔法をオールマイティーに習得することができたり、勇者限定の特別なイベントに参加したりすることもできます! けれど何と言っても最大の魅力は……」
「最大の魅力は?」
妙にもったいぶった説明をするウサミーさんに、私は同じ言葉を繰り返して先を促す。するとウサミーさんが不敵にニヤリと笑った。
「最大の魅力は、数ある職業の中でも魔王にトドメの一撃をさせるのは勇者に選ばれた者だけなんです!」
「………………」
ダメだ……聞くんじゃなかった。
私は盛大にため息を吐き出すとまたも頭を抱えた。けれど興奮気味のウサミーさんは止まらない。
「この世界を支配する邪悪なものを退治できるのは選ばれし者だけなんて、それって何だかめちゃくちゃカッコよくないですか⁉︎ 私、憧れますぅ!」
まるで恋バナでもするかのように勇者の魅力について語るウサミーさん。そんな彼女を無視して頭を抱えたまましゃがみ込んでいると、突然ウサミーさんが私の腕を掴んで無理やり立ち上がらせてきた。
「さあ勇者さまッ! 職業も決まったので次はいよいよ酒場で仲間集めですよ!」
「いや私まだ勇者やるなんて……」
強引に私を酒場へと連れていこうとするウサミーさんに必死になって抵抗していると、「あ」と声を漏らした彼女が突然立ち止まった。
「これは失礼しました勇者さま! 職業が決まった方にお渡ししなければいけないものがあることをすっかり忘れていました」
「お渡しする物って……きゃッ」
何を血迷ったのか、公衆の面前で突然ウサミーさんはその豊満な胸元の谷間に右手を突っ込んだかと思うと、何やら小さな巻物のようなものを取り出した。
「そうそう……これを渡そうと思って」
「ちょ、ちょっとウサミーさん! なんでそんなところに入れてるんですか⁉︎」
「いやーだってバニーガールの服ってポケットとかないじゃないですか。だからゆとりがあって入れるところがあるとしたらここかなーっと」
「…………」
なんだろう。べつにウサミーさんはそんなつもりで言ったわけじゃないと思うけれど、
今すっごく喧嘩を売られた気分だ。
そんなことを思った私は、チラリと一瞬だけ自分の胸元を見る。そして傷つく前にすぐに視線をウサミーさんへと戻す。
「勇者さま、とりあえずこれを開いてください」
そう言ってウサミーさんは不埒なところから取り出した小さな巻物を私の右手に握らせてきた。妙に生温かくなっているのが、ちょっと嫌だ。
「それを開くと、勇者さまの現在のステータスがわかります」
「ステータス?」
またも飛び出してきた聞き慣れない言葉に、私はポカンとした表情を浮かべる。するとすかさずウサミーさんが説明を始めた。
「ステータスとはその人自身が現在持っている『強さ』のことです。この世界ではモンスターと戦う為に、攻撃力や防御力、それに魔力や知力などさまざま能力が求められます。それが一目でわかるようになっているのが、その巻物なのです!」
「は、はぁ……」
なんだかわけのわからない単語がたくさん飛び出してきたけれど、とりあえずこれを開けばわかるってことだよね?
私は巻物の紐を解くと、しゅるるとそれを開いてみる。するとそれはA4用紙ぐらいの大きさで、中身は真っ白だった。
「あれ……何も書いてないけど」
私がそんな言葉をぼそりと呟くと、ウサミーさんが得意げに「ちちち」と人差し指を揺らした。
「勇者さま、その紙を両手で広げたまま今の自分自身のことを想像してみて下さい」
「え? 私のこと?」
「はい、そうです。この紙は魔力を感知する特別な素材で作れていて、イメージした人のステータスが浮き上がるようになっているのです! もちろん人間以外でも頭の中にイメージすれば、モンスターや他の生き物のステータスも調べることができますよ」
「……」
まるでマジックか魔法のような話しを、私は半信半疑になって聞いていた。こんなどこにでもあるような紙に、本当にイメージしただけでそんなことが起こるのだろうか?
かと言ってやってみなければ嘘かどうかもわからないので、私はくいっと眉間に皺を寄せると頭の中で自分の姿を想像してみる。
えーと、今の私は制服のセーラー服を着ていて……
どこまで詳しく想像すればいいのかわからないけれど、私は可能な限り今の自分の姿を頭の中に思い浮かべてみた。
すると驚いたことに、紙の上にインクの滲んだような染みが現れ始めたかと思うと、それは徐々に文字となって文章を形成していくではないか。
「え?」と目をパチクリさせる私の隣で、ウサミーさんが「凄いでしょ?」と満足げに呟く。
「これが今現在の勇者さまのステータス、つまりあなたの『強さ』です!」
「これが、私のステータス……」
その紙には確かにウサミーさんが言っていたような項目がずらりと現れていた。何故か日本語で書かれているのが気になるところだけれど、そこにはちゃんと『
「ふむふむ……勇者さまの現在の強さは『攻撃力6』『防御力4』『魔力5』などなど……。うーん、ざっと見た感じ驚くほどのモブキャラっぷりですね!」
「…………」
やっぱり嫌だ……私、絶対勇者なんかに向いてないと思う!
あきらかに嫌がる表情を浮かべていたせいか、ウサミーさんが私の顔を見るなり慌ててフォローを始めた。
「で、でも心配しなくても大丈夫ですよ! 最初はだいたいみんな同じですから! ステータスは自分のレベルを上げれば高くなっていきますし、それに武器や防具などの装備品によっても大きく変化させることもできるので」
ウサミーさんは早口でそう言うと、話しを逸らすかのように他の項目についての説明を始める。
「この『HP』というのが戦闘可能な体力を示す数値で、『MP』というのは魔法や特技を使うために必要な数値になります。MPはゼロになっても戦闘可能ですが、HPはゼロになると戦闘不能になってしまうので気をつけて下さい」
「そ、それって……もしかして『死ぬ』ってことですか?」
「いいえそうではありません。HPがゼロになると身体は非常に動きにくくなりますが別に死ぬわけではありません。が、HPがゼロの状態でモンスターから攻撃を受けてしまうとそのままお
「お陀仏って……」
可愛くウインクをしながら非常に残酷なことを言ってくる相手に、私の眉毛が思わずピクピクと動く。
たしか私をこの世界に送ったアスなんちゃらさんは死んだ世界でもう一度生き返ることはできないと言っていたので、もしもそんな事態になってしまえば、私は二度と和希と会えなくなってしまう……
「……それだけは絶対に避けないと」
深刻な表情をしたままゴクリと唾を飲み込む自分に、「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ!」とウサミーさんが明るい声で説明を続ける。
「勇者さまは現在レベルが1なのでHPもMPも低いですが、レベルが上がっていけばこの数値も増やすことができます。それに戦闘中に減ったとしても薬草や聖水などのアイテムを使うことで回復させることができますからね。よっぽど鈍臭い人じゃない限り、そう簡単にコロッと死んじゃったりしませんから!」
「…………」
なんだろう……ウサミーさんってたまにサラッと人のこと傷つけてくるよね? 私がクラスの女の子によく「朱莉ってほんと鈍臭いなー」っていじられてたこと知ってたのかな?
そんなことを思いながらじーっとウサミーさんを睨んでいたが、相手は気にする様子もなく話しを続ける。
「そしてこの右側にある『魔法・特技』という項目が、現在の自分が使える技や魔法が表示されるところになっています。勇者さまは今のところ何もありませんが、これも『アビリティポイント』というポイントを使ってスキルを学習すればどんどん増やすことができますよ」
「あ、アビリティポイント?」
「はい。モンスターを倒してレベルが上がった時に、同時にアビリティポイントも貯めていくことができます。そしてこのポイント数に応じて勇者さまは好きな魔法や技を学習できるシステムになっているのです!」
「……」
うわーダメだ……頭が痛い。何なのこのチンプンカンプンな話しは? なんだかほんとに自分がゲームの世界にいるような気分になってくるんですけど……
「まあ元いた世界でRPG系のゲームをやったことがない人にはちょっと複雑な話しかもしれませんが、一週間もすれば慣れてきますよ!」
「は、はぁ……そうですか」
私はそう言ってため息をつく。この調子だと、和希に再会する前に私の方が力尽きてしまいそうで怖い。
「ざっと大まかな説明はこんな感じなんですけど、何か他に気になることはありますか?」
ニコリと微笑みながら気に掛けてくれるウサミーさんに、私はもう一度手元の巻物に視線を落とす。
気になるも何も、自分のステータスを見てからずっと気がかりになっていることが一つあるのだ。それは……
「あ、あの……知力8の下にある『女子力3』って何ですか?」
「あー、その項目ですね!」とウサミーさんの表情が一際明るくなる。……なんだか嫌な予感。
「女子力というのは女性としての魅力。異性相手にどれだけの力を発揮して虜にできるかという能力……つまり、『男性経験』ということですね!」
「だ、男性経験⁉︎ そんことまでわかっちゃうんですか!」
いきなり今までのジャンルを飛び越えたステータスの話しに、私は思わずカッと頬を熱くする。
「はい! この数値ももちろん大切なことです。勇者さまは今のところ女子力が3ということなので、これはおそらく幼い時に異性と手を繋いだくらいの経験はおありということでしょう。違いますか?」
「げッ」
あまりにドンピシャな話しに私は思わず絶句した。
たしかに幼稚園の頃、遠足の時に隣に並んだ和希と手を繋いだことはあるけど……って、何この凄腕の占い師並みにピンポイントで当ててくる解説は! リストーラさんなんかよりもよっぽど精度高いと思うんですけど⁉︎
恥ずかしくなって黙り込んでしまう自分に、ウサミーさんがさらに話しを続ける。
「もちろんこの数値も男性と色んな経験をしていくことで上げていくことができます。ちなみに女子力が30を超えている女性はだいたい処女を卒……」
「うわーッ! いらないらない! そんな情報いらないから!」
顔を真っ赤にして私が慌てて話しを遮ると、「まだまだウブですねぇ」とウサミーさんが余裕たっぷりにニヤリと笑う。仕方ないでしょ! だって私まだ彼氏だって出来たことないんだから!
私は「うぅ」と声を漏らしながら、ウサミーさんのことを睨み付けた。すると彼女は「冗談ですよ冗談!」とこれまた愉快そうにクスクスと笑うので、やっぱりムカつく。
ちょっと待てよ……この巻物を使えばウサミーさんの女子力だってわかるんじゃ……
ふとそんなことを思った私は、再び視線を手元の巻物へと戻すと、今度は目の前にいるウサミーさんのことを頭の中で想像してみた。すると不思議なことに文字は徐々に染みのように広がっていき、今度は違う文章を形成していく。
「ほんとだ! ウサミーさんのことをイメージしたらステータスが変わった!」
驚く私にウサミーさんが「でしょでしょ!」と言って一緒に覗き込んでくる。
「この方法を使えば事前に相手のステータスを調べてから自分の仲間にするかどうかを決めることもできるんです!」
「なるほど……たしかにこれは便利かもしれない」
なんだか自分が魔法使いにでもなったような気分になり、私はついその気になってそんな言葉を漏らしてしまう。
が、直後視界に飛び込んできたウサミーさんのステータスに目が飛び出る。
じょ、女子力78ってどういうこと⁉︎ しかもウサミーさんって、実は私と同い年だったの⁉︎
改めて知ってしまった衝撃的な事実に、私は思わずその場に崩れ落ちそうになってしまう。
いや、惑わされるな私! ここは異世界。私が暮らしてきた世界と恋愛感も女子力の定義も違うのだ。うん、きっとそうだ……
無理やりそんな言葉で自分の心を納得させていると、女子力78のウサミーさんが再び口を開いた。
「とりあえず酒場に行ってみましょう! 酒場に行けば他の異世界から来た人たちもたくさんいるので、もしかしたら勇者さまが知ってる人にも出会えるかもしれません!」
「えッ、そうなの⁉︎」
「はい! このアッラマー神殿には毎日たくさんの異世界人がやってきます。元いた世界の人に出会うことができれば、これほど心強い仲間はいないでしょう」
「たしかに……」
ウサミーさんの話しを聞いて私の心に光が灯った。ウサミーさんの言う通りなら、私の直前にこの世界に飛ばされてきた和希にも会うことができるかもしれない!
私はウサミーに向かってコクリと頷くと、酒場へ訪れる決意を固める。
「さっすが勇者さま! 魔王退治にヤル気満々ですね! よッ、その意気です!」
「いや別に魔王退治なんてするつもりはないから! それと……その『勇者さま』って呼ぶのもやめてくれない? なんか恥ずかしくて嫌だから」
「えッ、嫌なんですか⁉︎」
ウサミーさんが、そんなバカなと言わんばかりに目を丸くする。
「嫌に決まってるでしょ! それに勇者勇者って呼ばれるたびに、さっきから周りにいる人たちがちらちらとこっち見てくるし……」
そう言いながら私はチラリと辺りを見回す。この世界では勇者という存在はよっぽど人気があるのか、「え、もしかしてあの人って勇者?」と見ず知らずの人たちからの熱い視線をビンビンと感じてしまう。
これは一刻も早く職業を変えなければ……
そんなことを思っていたら、今度はウサミーさんの困ったような声が鼓膜を揺らす。
「じゃ、じゃあ私は勇者さまのことを何と呼べばいいのですか⁉︎ 勇者さま相手に失礼な呼び方なんて出来るわけもないですし……」
「べつに名前で呼んでくれた方が私としては助かるんだけど……それかニックネームとか」
「ニックネームですか」とウサミーさんが難しそうに眉間に皺を寄せる。そしてうーんと声を漏らして悩んだ末に、彼女はしぶしぶといった具合に口を開いた。
「それじゃあ……『宮っち』で我慢します」
「…………」
何だかいきなり馴れ馴れしくなったね、君。
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