第4話 私の職業は……

 私は閉め切られた扉に向かったまま呆然と立ち尽くす。けれど、閉じ込められてしまってはもう逃げ出すこともできないので、ゴクリと唾を飲み込むと恐る恐る部屋の方を振り返った。


「げッ……」


 振り返った私の視線の先には、まるで占いの館にでも入ってしまったかのように、壁一面に怪しげなブース席がずらりと並んでいた。

 どのブース席もボロボロの布で仕切られていてなんだか不気味だし、妙に薄暗い部屋の雰囲気とも合わさって危ない臭いしかしない……


「ほ、ほんとにこんなところでお仕事紹介してくれるのかな……」


 私は思わずそんなことをぼそりと呟くと、壁に沿って軒を連ねているブース席にじっと目をこらす。どうやら自分以外にも職探しに来ている人はけっこういるみたいで、相談者の後ろ姿がちらほらと見える。

 が、肝心の鑑定士さんの顔はどのブースも絶妙に隠されていて、ここからだとどんな人が待ち構えているのかまったくわからない。

 

 できれば優しそうな女性の鑑定士さんがいいんだけど……

 

 そんなことを切に願いながら勇気を出して部屋の中を歩き始めた時、どこからともなく突然声が聞こえてきた。


「ちょっと……ちょっとそこのお嬢ちゃん……」


 まるで紙をしわくちゃにしたようなしわがれたおじーさんの声。そのあまりの不気味さに、「ひッ」と思わず背筋がブルリと震える。


「ここ……ここじゃよ」

 

 見てはいけないと思いつつ、反射的に声が聞こえてきた方向をチラリと見てしまうと、一際怪しいブース席の中から誰かが手招きしているではないか。


 ひぃぃッ!

 

 私は思わず叫び声を上げてしまいそうになり、慌てて両手で口元を押さえる。薄暗闇の中でしわがれた手がぼんやりと浮かび上がる光景はあまりにも不気味で、もはやS級ランクのホラー映画さながら。

 これは逃げるしかない! とぐっと両足に力を込めた時、再びしわがれた声が耳に届く。


「お嬢ちゃん、こちらに来なさい。さあ早く……早く来……ゲホゴホゲホっ!」


 ……え、おじーさん大丈夫?

 

 急に咳き込み出した声の主は、よほど私に来てほしいのか、「誰か……誰か助けて」と苦しそうな声で呟いている。

 関わると絶対にヤバいと頭の中では警報が鳴っているものの、どんどん咳がひどくなっていくおじーさんのことを見捨てることもできず、私は恐る恐るそのブース席へと近づくと中を覗いた。すると……


「いらっしゃーいッ!」


「…………」

 

 中を覗いた瞬間、やたらと陽気な声が鼓膜を揺らした。と、それと同時に視界に映ったのは、真っ黒なローブに身を包んだ見るからに胡散臭そうなちっこいおじーさん。白ひげはもじゃじゃだし、フードをかぶっているせいで顔がまったくわからない。

 しまった! と思った時は時すでに遅しで、あれだけ激しく咳き込んでいたはずのおじーさんはピタリと咳を止めて、私を椅子へと座らせようとする。 


「お嬢ちゃん、まあとりあえずそこに座りなさい。なーにワシは怪しい者ではない。怖がらなくても大丈夫じゃよ」


「……」


 いやどっからどう見ても怪しいんですけど……それに、このおっきな水晶玉はなに? ここって職業案内所じゃなかったの??

 

 様々なクエスチョンマークが嵐のように頭の中を飛び交うも、ここは身の安全の為に素直に従っておいたほうが良さそうだと思った私は、水晶玉が置かれたテーブルを前にして恐る恐る小さなスツールへと腰を下ろす。


「よくぞ来てくれたお嬢ちゃん。ワシはこのアッラマー神殿の中でも一番古株で職業探しの天才鑑定士、その名をリストーラという」


「は、はぁ……」

 

 唐突に始まった自己紹介に、とりあえず私はぎこちない声を出して頷く。……というより、名前と仕事内容がミスマッチのような気がするのは私の気のせいだろうか?

 そんなことを思いつつ、もちろん声にできるはずもないので苦笑いを浮かべて黙り込む。そんな私の様子など一切気にせずに、リストーラさんは話しを続ける。


「ワシはこの水晶玉を使って今まで何百何千という者たちの適職を見つけてきた。戦士に格闘家、それに黒魔術士や白魔術師。珍しい職業でいえば吟遊詩人や青魔術師なんかも……」


 ノンストップで一人ベラベラと喋り続けるリストーラさん。そもそも、戦士とか魔術師とかそんなお仕事聞いたことも見たこともないんですけど? 

 さすがに危機感を感じ始めた私は、おずおずとした口調で思わず尋ねた。


「あ、あの……もっと普通のお仕事とかないんですか?」


 勇気を振り絞ってそんな質問をしてみれば、リストーラさんが「え?」と一瞬不思議がるような声を漏らす。そして続け様に、「例えば?」と反対に質問をしてきた。


「例えばってその……パン屋さんとかカフェのお仕事とか……あとは、本屋さんとか?」

 

 私は一生懸命に頭を働かせながら、思いつく限りの安全かつやってもよさそうな仕事を言ってみた。するとリストーラさんが髭を触りながら何故か困ったような声を漏らす。


「うーん、ないことはないが……そのような職業だと、魔王どころかモンスター一匹まともに倒せんぞ」


「…………」

 

 なんでこの世界の人たちは私が魔王を倒すこと前提で話しをするのだろうか……。私はただ、幼なじみの和希を探しに来ただけなのに。

 そんなことを思ってしまい大きなため息をつくと、再びリストーラさんが口を開く。


「しかしもったいないのう……お嬢さんからはワシも今まで感じたことのないほどの強いオーラを感じるのじゃが」


「え? 私がですか?」 

 

 予想外だった言葉に思わず聞き返すと、「さよう」と相手は深く頷く。そして何故か私の腕時計を指差してきた。


「たとえばその珍しい色をした腕輪……。お嬢ちゃんはまだ気付いとらんかもしれんが、そいつは不思議な力で動いておる」


「……」


 いやこれ……電池で動いてるんですけど?

 

 呆れ返ってしまい声も出せない自分に、「驚いたじゃろう?」と勘違いな発言を続けてくる老人。


「ワシほどの者になればその腕輪に雷属性に近い魔力が蓄えられておることはわかるのじゃが……どうも解せん」


「…………」

 

 うわーどうしよう……このおじーさんに自分の職業を見つけてもらうのがますます不安になってきたよ。

 そんな恐怖を感じた私は、ここはやっぱり断っておくべきだと思い、「あの……」と口を開きかけた。が、運悪くリストーラさんの方が先に話し出す。


「ではお嬢ちゃん、この水晶玉に片手をかざしなさい」


「えッ、いや私はその……」


「なーに心配することはない。ワシがしっかりとお嬢ちゃんの力を感じ取って、一番オススメの職業を見つけてやろう」


「…………」

 

 嫌だーッ! それが一番心配だよ! だってこの人ぜったい変な職業とか勧めてきそうだもん!


 そう思った私は咄嗟に両手を後ろに隠そうとしたが、最悪なことにリストーラさんに右手を掴まれてしまう。


「うーんやはり思った通りじゃ……このスベスベ感」


「ひぃぃッ!」

 

 ざらざらな手でやたらと私の右手を触ってくる変態老人に、私は思わずブルリと身体を震わせる。


「わ、わかりました! ちゃんと自分で手をかざすから早く離してくださいッ!」


「なんじゃつまらんのう……ワシがせっかく特別サービスをしてやろうと思ったのに」


「そんなサービスいらないで早く終わらせて下さい!」


 ちょっと涙目になりながらそんなことを叫べば、「せっかちじゃのう」と相手は残念そうに呟いてやっと私の手を離してくれた。そしてリストーラさんは水晶玉を覗き込む。


「……ん?」


 何か気になることでも見つかったのか、水晶玉を覗き込みながらリストーラさんが声を漏らした。と、その直後。老人は何故かふるふると肩を震わせ始める。


「こ、これは大変じゃ……」


「……」


 一人興奮気味に何やらぶつぶつと呟いているリストーラさんを見て、私の心は急激に不安と恐怖で支配されていく。ダメだ、やっぱりこんな怪しいおじーさんじゃなくてもっとまともな人に頼んだほうが……

 そんなことを思いゴクリと唾を飲み込んだ時だった。リストーラさんが水晶玉から顔を上げて突然立ち上がった。


「…………『勇者』じゃ」


「へ?」

 

 ぼそりと呟かれた言葉の意味がわからず、私は思わず間抜けな声を漏らしてしまう。すると今度はリストーラさんがいきなり大声で叫んだ。


「勇者じゃよ勇者! お嬢ちゃん、あんたは魔王を倒せる勇者の素質を持っておるようじゃ! いやーこりゃおったまげたッ!」

 

 そう言って何度も私の顔と水晶玉を見比べてはさらにヒートアップしていくリストーラさん。かたや見事に不安が的中してしまった私は、あわあわと唇を震わせながら慌てて声を発した。


「ちょ、ちょっと待って下さい! 私、勇者の素質なんて持ってないし、それにそんなの絶対やりたくないです!」


「何を言っとるんじゃお嬢ちゃん! ワシはな、この仕事を長年やってきたがお嬢ちゃんほど勇者にぴったりの力を持った人間は見たことがない。まさにお嬢ちゃんは勇者になる為に生まれてきたような人間じゃ!」


「嫌だーッ! ぜったい勇者なんてやりたくない! 私はただ和希に会いたいだけなのぉ!」 


 半泣きになりながら首をブンブンと全力で振っていると、リストーラさんが今度は部屋全体に聞こえるような声で叫んだ。


「お集まりのみなさーんッ! 本日、魔王を倒せる力を持った勇者が見つかりました! しかもピッチピチの……」


「ちょっとッ! なに勝手なこと叫んでるですか⁉︎」

 

 さすがに怒った私はリストーラさんの言葉を遮ると急いで立ち上がってこの場から離れようとした。が、さっそく話しを聞きつけた人たちが、ぞろぞろと私がいるブース席の周りに集まってくるではないか。


「おい見ろよ、今度の勇者は女の子だぞ!」


「あの若さで勇者になるなんて只者じゃないな」


「見て見て! あの子がリストーラさんが見つけた勇者らしいよ!」


 まるで芸能人やアイドルを見るかのように熱い視線を向けてくる多数の人々。そんなおぞましい光景に、私は思わず言葉を失い立ち尽くしてしまう。


 なんで……なんでこんなことになっちゃったの⁉︎

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