第3話 ここが職業案内所です。
見知らぬおねーさんが教えてくれた通り、ながーい坂道を登っていくと、目の前にはやたらと立派な神殿が見えてきた。
「え、ちょっと待って……もしかして職業案内所ってあの神殿のことなの?」
心身共に疲労困憊になりながらもやっと坂を登り切った私は、まるでパルテノン神殿のごとくそびえ立っている神殿の前に立つ。
「ほ、ほんとにここで合ってるんだよね?」
重厚感たっぷりの巨大な門を前にして、早くも逃げ出したくなってきた。職業案内所って聞いてたからもっとオフィス的な建物を想像していたけれど、まったくそんな要素なし。
かといってここまで来て引き返すわけにもいかないので、私はゴクリと唾を飲み込むと門をゆっくりと開いてみる。
「し、失礼しますぅ……」
職員室に入る時よりも百倍気を使った失礼しますを言いながら扉を開けると、意外なことに神殿の中は人で賑わっていた……が、
「な、なにこの変な雰囲気は……」
一歩足を踏み入れた神殿の中は、謎と仮装で満ち溢れていた。
全身鎧で覆われている人、魔女みたいなローブを着ている人、やたらとマッチョでボディービルダーとかやってそうな人、海賊みたいな格好している人……って、ここはコスプレ会場か何かなの?
呆気に取られて二歩目を踏み出せずに立ち止まっていると、誰かが隣に近づいてくる気配がした。
「ようこそ職探しの神殿『アッラマー神殿』へ! あなたにピッタリの職業を見つけるお手伝いをさせて頂きます!」
「あ、ありが……って、ひゃッ!」
隣を見た瞬間、バニーガール姿の女性が視界に飛び込んできて私は思わず飛び跳ねてしまった。
「私はここで受付担当をしているウサミーと申します。どうぞよろしくお願いします!」
そう言ってかなりリアルなうさ耳をつけたウサミーという女性は、私に向かってペコリと頭を下げた。
「……」
初めて見る生バニーガールに、私は思わず言葉を失ってしまう。歳は自分と近そうな気がするが……一体この人はこんな格好をしてここで何をやっているのだろうか? というより、胸おっきいな!
強烈に視界にアピールしてくるその谷間に、同じ女性である自分の方が恥ずかしくなってしまい視線を泳がせてしまう。すると何かを察したのか、「あっ」とウサミーさんが言葉を放つ。
「ふむふむ、その様子だとこの耳のことが気になっているようですね。もちろんこれはコスプレなんかじゃなくて本物です!」
「えッ、本物⁉︎」
ウサミーさんの言葉に、私は思わず目を丸くして彼女の頭の上に付いている二本の可愛いうさ耳を見た。すると驚いたことにその耳は、まるで意志を持っているかのようにぴょこぴょこと動いているではないか!
「私は人間とウサギ一族の血を持つハーフなのです。つまり、この世界で誰よりもこの格好が似合う女!」
そう言って「いえいッ」と目の前でうざきのようにピョンと飛び跳ねるウサミーさん。
「あ、あの……ウサギ一族って何ですか?」
またも飛び出してきた意味不明な言葉に、私の頭は思考停止寸前だった。が、そんな自分に向かってウサミーさんはコホンと咳払いをすると、さらに私の頭を追い込んでくる。
「転生されたばかりの方はご存知ないかもしれませんが、この世界では私のようなウサギ一族や、他にも猫や犬などの動物でも人間と同じような生活をしている種族がいるのです。基本的に魔力を強く持つものは知能も高くなる傾向があるので、人間たちと仲良く共存できてるってことですね!」
「…………」
ダメだ……私もうこの世界にギブアップ! 話しが全然ついていけない!
そんなことを思いながら「あぁ……」と頭を抱えていると、突然ウサミーさんが私の右腕をガシッと掴んできた。
「魔王を倒す冒険者になる為にまず大切なこと『職探し』です! ささ、こちらへ! 私がこの神殿を案内してあげましょう」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 私、冒険者になるなんて一言も……」
「心配しなくても大丈夫です! ご案内ぐらいは無料でさせて頂きますよ! こう見えても私、前職は無料案内所で働いてたんで」
「…………」
うわーどうしよう……ぜんっぜん意思疎通できない! っというより、無料案内所ってなに??
わけもわからず固まってままの無抵抗な私を、ウサミーさんはぐいぐいと神殿の中へと引っ張っていく。
「この神殿は主に4つのフロアに分かれています。まずは入り口入って右側に見えるのが冒険者の憩いの場所である『酒場』です!」
「え? 職業案内所に酒場があるんですか?」
驚く私にウサミーさんは「はいッ」と言って左耳をペコリと動かす。
「酒場は冒険者にとって貴重な情報交換の場所でもあり、パーティーを組む相手を見つけることができる大切な場所です。他の町からもたくさん人が来て賑わってますし、いっつもお祭りみたいで楽しいところですよ!」
「は、はぁ……」
私はぎこちない返事を返すと、その酒場とやらをチラリと見た。そこはお店というよりも食堂のような広い場所になっていて、相変わらず仮装した人たちでごった返していた。
まあ私は未成年だし冒険者になるつもりもないので近寄ることはないか……
そんなことを思い再び視線をウサミーさんへと戻す。
「そして酒場の真正面、神殿の入り口入って左側にあるのが冒険者にとって欠かせないアイテムをたくさん販売している『道具屋』! 傷を治す薬草から、魔力を復活させる聖水。それに他の町や村では売ってないような貴重な武器や防具もこのアッラマー神殿の道具屋にはたくさん扱ってますよ!」
「へ、へぇ……そうなんだ」
うわー、なんだろう……クラスでリーダー格の女の子にぐいぐい話しかけられた時のような私のこのぎこちない感じの対応は。って、ウサミーさん見た目のわりに握力強くてちょっと痛いんですけど。
そんなことを思いながらも、私を案内することに夢中のウサミーさんは、今度はその道具屋と呼ばれるお店の前まで私を引っ張っていく。
「この町の中にも色んな道具屋がいっぱいあるのですが、ここまで色々揃っているお店はなかなかないんですよ! なんかお土産屋さんみたいで楽しくないですか⁉︎」
先ほどよりもさらにテンションを上げて興奮気味に説明を始めるウサミーさん。
たしかに先ほどの酒場と同じくらいの広い空間にお店がずらりと並んでいる光景は、駅や温泉街のお土産屋さんを彷彿させる。そしておそらくウサミーさんが興奮している理由は、手前のお店が何故か野菜を扱っていて、そこにニンジンが山盛りに積まれているからだろう。
そんなことを思って横目でチラリとウサミーさんを見ると、彼女が突然あわあわと動揺し始めた。
「あ、その顔は私がニンジンを見て興奮していると思っていますね? ち、違いますよ! 私はただのウサギではなく立派なウサギ一族の血を引く者。ニンジンの一、二本ごときで心揺れるほど、やわな乙女ではありません!」
そう言ってウサミーさんは、じゅるりと口端から流れ出ていたよだれを手で拭いた。……すっごく食べたそう。
「と、とりあえず次の場所に移動しましょう! ここは誘惑が多くて危険です!」
ニンジンの誘惑を断ち切るようにウサミーさんは私の腕を掴みながら足早に道具屋の前を通り過ぎていき、今度は神殿の奥へと向かっていく。すると突き当たりの壁に二つの扉が見えてきた。
「あの左側の扉が職業案内所の部屋に続いています。そして右側にある扉がダンジョンへと続く部屋の扉です」
「ダンジョンへと続く部屋?」
ぽかんとした表情で尋ねる私に、ウサミーさんが「そうです」とまたも左耳をペコリと動かす。
「正確にはダンジョンへと『ワープ』することができる部屋のことです。昔は歩いてダンジョンへと向かうことしかできなかったのですが、先人たちの知恵と努力のおかげで、今はこの神殿からでも遥か遠くの地にあるダンジョンに一瞬で訪れることができるようになったのです。これぞまさにアッラマー神殿の最大の魅力!」
「そ、そうですか……」
キラリと目を輝かせながら嬉しそうに話すウサミーに、私はとりあえず苦笑いで乗り切る。日常生活を送る上で道具屋は使うことがあったとしても、冒険者になるつもりなんて一ミリもないので、酒場とあの部屋は使うことがないだろう。
「あ、もしダンジョンに行きたくなった時は扉の隣にある受付で申し込んで下さいね。あの部屋だけは勝手に入ることができないようになっているので」
「だ、大丈夫です! 私があの部屋を使うことは絶対にないので」
即答でそんなことを伝えると、なぜかウサミーさんは不思議そうに首を傾げた。と、思いきや、私の腕を離したかと思うと何か閃いたようにポンと手を叩く。
「なるほど! あえてワープというお手軽な方法は選ばず、自分の足で道を切り開いていくということですね! さすが転生者ともなれば、この国に住んでる冒険者よりも覚悟が一味も二味も違いますね!」
「いや、あの……そういう意味じゃないんですけど……」
一人勝手に盛り上がるバニーガールに、私の顔がますます青ざめる。あぁダメだ……この世界での私のアウェイ感がハンパない。
そんなことを思ってため息をついた時、ちょうど扉の前まで辿り着いたウサミーが私の方を振り返ってニコリと笑った。
「ではでは今からさっそくあなたにピッタリ合った職業を見つけてもらいましょう!」
「あ、あの……自分に合った職業ってどうやって見つけてもらうんですか?」
扉の取ってを握っているウサミーさんに向かって私は尋ねた。今までの流れを考えると、なんかめちゃくちゃな方法で調べられそうな気がして非常に怖い。
そんなことを思い完全にビビってしまい動けなくなる自分に、ウサミーさんは微笑んだまま話しを続ける。
「それは職業鑑定士の人によってそれぞれ違います。けれど基本的には一対一でお話ししながらどんな職業が自分に合っているか見つけてもらう感じですね!」
「そ、そうですか……」
一対一でお話し、ということはカウンセリングみたいな感じに近いのだろうか? それだったらまだ安心できるけど……
「まあとりあえず体験してみるのがてっとり早いです! 部屋に入れば色んな鑑定士さんがいるのでお好きな人を選んで下さいね」
「え、ちょっと待って、まだ聞きたいことが……」
まだまだ気になることが山盛りにある私のことを無視して、ウサミーさんは意気揚々と扉を開けてしまった。そして無理やり私を部屋の中へと押し込むと、あろうことか扉をバタンと閉めてしまう。
「……」
なんて強引なバニーガールなんだろう……。
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