第1話 JKの私はこうして第二の人生を迎える
「あれ……なんで私こんなところに……」
「やっと目が覚めたようね、人間の女」
瞼を開けると真っ暗な視界の中、突然誰かの声が聞こえてきて私はビクリと肩を震わせた。なんだか頭はフラフラするし、それに身体もなんか変。妙に軽いというか、これじゃあまるで……
「ようこそ、あの世の入り口へ」
「……え?」
再び暗闇の中から聞こえてきた声に、私は思わずハッとして顔を上げた。今、『あの世』とか言わなかった?
「だ、だれ⁉︎」
私はフラつく両足に必死に力を込めながら立ち上がると辺りを見渡す。ここはどこだろう、まるでお化け屋敷みたいに真っ暗だ。いや、足元で変な模様が青白く光っているので、かろうじて自分が立っている場所だけは確認できる。できるけど……
「ったく、どこ見てんのよ。ここよ、ここ! アンタ人間のくせにちゃんと目ん玉ついてるの?」
また声が聞こえた。……というより、口調といい言葉使いといいさっきからめちゃくちゃ怖いんですけど⁉︎
「ひッ」と思わず小さく悲鳴を上げると、私は自分の身体を守るように両腕でぎゅっと抱きしめる。すると突然目の前にスポットライトみたいな光が降り注いだ。
「はぁ……これだから人間の小娘を転生させるのは嫌なのよ」
「ひゃあッ!」
視界の真ん中に突然玉座みたいなのが現れて、そこに座っている女性を見た瞬間私は思わず声を上げて赤面してしまった。
だって服装がめっちゃエロいんだもん!
「ひ、紐パン……」
「は? パンって……アンタ死んだばっかりなのにお腹減ってんの?」
「え?」
どうしよう……何から突っ込んだらいいのかまったくわからないよ! というよりあのやたらと綺麗でエッチなお姉さんは誰⁉︎ なんで下着姿みたいな格好であんな堂々と威張ってんの? しかもあのキラキラと光ってるマントみたいなのは何? それにここってどこなの?? まったくわけがわからないんですけど⁉︎
頭の中に大量のクエスチョンマークが洪水みたいに溢れる中、私は直視する恥ずかしさに耐えかねて両手で顔を隠して指の隙間からチラリと覗く。すると金髪美人の謎のおねーさんは椅子から立ち上がると前髪を優雅にかき上げた。
「私の名前はアスティーナ。死んだ者の魂に第二の人生の選択肢を与えることができる女神の一人」
「め、めがみ? それに、死んだ者って……」
ぼそぼそと呟いていた私はそこでハッと肝心なことを思い出した。
「やっと気づいたようね、
「死んだって……そんな……」
動揺のあまり私は思わず声を漏らしてしまう。そんな自分の脳裏に浮かび上がってくるのは、谷底へと真っ逆さまに落ちていくバスの車内。そして鼓膜を突き刺すクラスメイトたちの悲鳴。
フラッシュバックのように小刻みに浮かび上がってくる記憶に思わず身体がぶるりと震える。
「まあピッチピチの10代で死んじゃったのは可哀想だけど、こればっかりは運が悪かったんだから仕方ないわね。諦めなさい」
「……」
なんだろう、死んだことはすっごく悲しいけど……でもこの人はちょっとムカつく。
「あ、あの! 死んだって言っても、私の意識も体もまだちゃんとここにあるんですけど?」
「はぁ……だから言ったでしょ? ここはあの世の入り口だって。ちゃんと私の話し聞いてた?」
そう言ってアスなんちゃらさんは「ちっ」と面倒くさそうに舌打ちをした。
私はというと話しが何一つ飲み込めずにただ呆然と立ち尽くすだけ。そりゃそうだ。いきなり自分が死んだことを告げられて、しかも女神とか第二の人生とかそんな話しをされても理解できるはずがない。
が、アスなんちゃらさんはそんな私のことなど一切気にせず話しを続ける。
「さっきも言った通り私の役目は死者に第二の人生を選ばせること。今からあなたには三つの選択肢が与えられるわ」
「三つの選択肢?」
「そう、新しい人生の選択肢よ。一つ目は、今までのことは綺麗さっぱりに忘れて赤ん坊からやり直す人生。まあ人間たちの世界で言う一般的な『生まれ変わり』ってやつね」
「……」
私は少しでも状況を整理する為に必死に頭をフル回転させて話しについていく。
「二つ目は、これまでの行いを査定にかけて天国か地獄に行ってそこで永久に暮らすという選択肢」
「…………」
ダメだ、やっぱりちょっと……というか、かなりついていけないんですけど! そもそも天国と地獄って永久に暮らせるとこなの? それに査定って何⁉︎
ここはやっぱり高校生らしく手を挙げて質問した方がいいのでは、と思った瞬間、女神のアスなんちゃらさんが勢いよく右手を伸ばしてピンと指を3本立ててきた。
「そして三つ目! これが是非ともあなたにピッタリでお勧めの選択肢よ! なんたって今の自分の記憶も体も維持したまま違う世界で生活できるっていう超ハッピーな選択肢なんだから! しかも数百という世界の中から好きな世界を選ぶことができるんだから楽しさ百倍! ねッ、すっごくいいでしょ⁉︎」
「……」
なぜか急にテンションが上がったアスなんちゃらさんはそう言ってニヤリと不敵に笑った。
私はというと頭が完全にオーバーヒートして煙を上げている。
「あ、あの……それって違う世界でもう一度生き返るってことですか?」
おずおずとした口調で質問すると、何故か今度は面倒くさそうにため息をつく女神。
「ちッ、いちいち質問してくるとかほんと面倒くさい子娘ね。まあ厳密に言えばちょっと違うんだけど、だいたい合ってるからそんな感じでいいわ。私としては是非アンタに三つ目を選んでほしいの。というより三つ目しか選んでほしくないの。……だって女神の中でまだ今月のノルマ達成できてないの私だけだし」
え? 今ちょっと最後の方聞き取りにくかったんだけど、この人なんかめちゃくちゃなこと言ってなかった?
そんなことを思いつつも相変わらず呆然としたまま突っ立っていると、相手がまた勢いよく口を開く。
「ほら、ちゃっちゃっと選んじゃって。後が混んでるから! どうせ三つ目でしょ? 三つ目でいいんだよね?」
「え、いや、あの……急にそんなこと言われても」
ダメだ。さっきからわけわからないことばっかり起きてて全然頭が回らない。というより、もし生き返ることができるなら元の世界に帰りたいんですけど!
「残念だけど、それは出来ないわ。一度死んだ世界では基本的に生き返れないことになってるから」
「え? なんで私の思ってることがわかったんですか⁉︎」
「はぁ、アナタほんとに頭が悪い子なのね。私は女神なんだからそれぐらいわかるに決まってるでしょ。私の前ではどんな人間だって隠し事もできないし個人の情報だって簡単にわかっちゃうんだから。例えば……」
そう言って相手は人差し指を私に向けてクルリと小さく回した。すると突然指先が光ったかと思うと、その光が一枚の紙のような形になる。
「えーとなになに……宮園朱莉は17歳。身長153センチに体重が46キロ。髪型はここ最近ずっとセミロングで、コンプレックスは胸の大きさが小さいこと。んー、まあBカップだと普通じゃない? ちなみに男性経験は今のところゼ……」
「ちょ、ちょ、ちょっとストーップ⁉︎ 何勝手に私の個人情報バラしちゃってるんですか⁉︎」
「バラすも何も、こんな情報なんて私たちには筒抜けよ。それよりどうすんの? 三つ目の選択肢を選ぶの? 選ぶのよね?」
「だ、だからそんなこと急に聞かれても……」
だいたい私、まだ死んだ実感とかないし、それに違う世界で生きていく自信もないんですけど……
「あのさー、後がつかえてるからさっさと決めてくれない? アンタと同じ連中はみんなすんなり決めてったわよ」
「みんなって……あッ!」
その瞬間、私の頭の中に一つの記憶が浮かび上がった。クラスメイトたちを乗せたバスが谷底へと落ちる寸前、「危ない!」と叫んで私の身を抱きしめて守ってくれた彼のこと……
「あ、あの
「高橋……、あーアンタのひとつ前にここにきた男の子のことね。もちろん迷うことなく決めてったわよ。三つ目の選択肢に」
「ほ、ほんとですか⁉︎」
驚いた私は声をあげると、今度は脱力したようにヘナヘナとその場に座り込む。
「和希が……和希が元の姿のままで生きてる……」
漏らした声と共に、思わず視界がじわりと滲む。
和希とは家が隣同士で、幼稚園の頃からずっと一緒に過ごしてきた幼なじみだ。顔はカッコいいくせにいつもどこか抜けていて、ちょっと天然が入ってる男の子。
そのせいなのか、同い年のはずなのに私の方がお姉ちゃんみたいなポジションになることが多くて、小さな時からよく面倒を見ることが多かった。そんな和希が……よく私に頼っていた和希が……あの時、命懸けで自分のことを……
「ちょっとちょっと、何一人で感傷に浸ってんのよ。お願いだから早く決めてくんない? っていうよりもういいよね? この子他の世界に送っちゃっていいよね??」
よほどイライラしているのか、アスなんちゃらさんはつま先をカンカンと鳴らしながらプレッシャーをかけてくる。そんな相手に、私は右手の甲で涙を拭うと今度はキリッとした目つきを向ける。
「あ、あの……一つお願いがあります。アス……アスなんちゃらさん!」
「アスティーナよ。アンタ私に喧嘩売ってる?」
ギロリと超威圧的な睨みを利かせてくる相手。っていうか、この人ほんとに女神なの?
私は思わず「うッ……」と一瞬怯んだ声を漏らしてしまうも、覚悟を決めるためにゴクリと唾を飲み込むと、今度は大きく唇を開いた。
「わ、私を……私を和希と同じ世界に連れて行って下さいッ!」
ぎゅっと目を閉じ、全身を震わせながら叫ぶ私。
そんな私に向かって「そうこなくっちゃ!」と嬉しそうに言った後、これで今月のノルマ達成と小声でボソリと呟いた女神様。
直後、足元の青白い光が一際強く輝き始めたかと思うと、私は意識が薄らいでいくのを感じた。それに合わせるかのように、瞼がゆっくりと落ちていく。
「それじゃあ宮園朱莉、これからあなたを違う世界に送り出すわ。さっきも言った通り……頑張って『魔王』を倒してきてね!」
「……はい?」
え? 何その新しい情報? 全然聞いてなかったんですけど⁉︎
私は慌てて瞼を開けると、目を見開いて相手を凝視する。しかし向こうは、女神とは到底思えないようなニヤニヤとした笑みを浮かべながら手を振っていた。
「ちょっ、どういう……」と慌てふためきながら声を発した時、突然辺りが真っ白な光に包まれて、私は思わず目を瞑ってしまう。そして、再び意識が遠のいていくのを感じた。
こうして普通の女子高生だったはずの私、宮園朱莉の第二の人生は幕を開けてしまったのだ。
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