第6話 アラーの神と早良親王

勘太郎が回っている関係者には、一定の法則があった。

日本人で、実際はイスラム教徒ではない。

つまり、仕事上でイスラム教徒に見せかけている者。

新藤司に、そのことを知られて取材された者。

万が一、公表されると困る者。

そして何より、事件当時、京都に行っていた者。

すべての条件に当てはまる者が2人いる。

箕山武と小日向壮介である。

箕山と小日向は、ハラールレストランの料理人。

本格的なムスリムからすれば、バカバカしい、エセハラールになるのかもしれない。

ムスリムは、国籍には関係なく、イスラム教徒のこと。

イスラムの宗教上、豚肉を食べてはいけない。

アルコールを飲んではいけないなどの制限がある。

箕山と小日向は、豚焼き肉を楽しみながらビールを飲むという暴挙を新藤司に激写されていた。

エセどころではない、完全な裏切りである。

そんなことを公表されたら、ハラールレストランでは致命的である。

当然、営業妨害には、違いない。

雑誌等への売り込みを止めさせるために殺した、という動機が見える。

もちろん、営業妨害を平気でやろうとする新藤司にも非がないとは言えない。

しかし、マスコミである以上、それも仕事と割りきらないとできない。

箕山と小日向は、ハラールレストランという立場を、もっと深く考えるべきであった。

とはいえ、だからといって殺害しても良いとはならない。

その辺りまで話して、捜査会議を終えた。

新藤幸太郎は、勘太郎の知識と洞察力に驚いていた。

最初、たかだか新藤家の乳香の香りだけで、箕山と小日向に行き着いてしまった。

木田と小林にしてみれば、いつものことで慣れっこなのだが。

『そこまでわかっているの

 なら、せめて任意で事情聴

 取しましょう。』

新藤幸太郎は、少し焦っている。

残念ながら、箕山と小日向は京都にいる。

『京都まで行くんですか。

 森川警部の出張許可が必要

 ですよね。』

勘太郎の指摘で、ようやく広域捜査の難しさに気がついた。

他府県での捜査は、勝手にはできない。

今回の場合、京都府警察捜査1課への連絡は不要。

木田と小林が同行している。

新藤幸太郎は、慌てて捜査1課に向かった。

森川警部の前に出て、京都への出張許可を申請した。

すると、驚くことに森川警部は、既に出張許可を用意していた。

『3日前に、真鍋監理官から言われていたんだよ。

君を京都に連れて行くことになりそうだと。』

再び驚いた新藤幸太郎、これまでのいきさつを森川警部と鶴園警部補に話して、とんでもないチームだと興奮していた。

『預けて良かったよ。

 かなりの成長を期待してよ

 さそうだな。』

夕方、東京駅八重洲口に木田と小林、勘太郎と新藤幸太郎の4人の刑事の姿があった。

その日のうちに、京都に移動することにした。

新藤幸太郎は、木田と小林と勘太郎が京都への移動準備があまりに手際が良くて驚きながら、3人の後ろから新幹線ホームに向かった。

東海道新幹線のぞみ号の指定席ではあるが。

列車に乗って、荷物を置いて着席してから、あることに気がついた。

『警部補・小林君・勘太郎

 先輩も。

 駅弁とかお茶、買うの忘れ

 てますよね。

 車内販売、ないと思いま

 すが。』

木田と小林は、ニコニコ笑顔をしているだけ。

そこに、高島萌が近づいて。

『木田警部補・小林君、お久

 し振りどす。

 こちらが。新藤刑事はん。

 勘太郎がお世話になって

 ます。』

 そう言いながら、弁当と水

 筒を差し出した。

『萌ちゃん、お久し振り。

 いつも悪いなぁ。

 祇園の高級クラブ乙女座の

 先代女将にこんなことさ

 して。

 なぁ、小林。』

『あはは・・・

 姉さん、お久し振りです。

 警部補。そう言いながら、

 楽しみにしてはったのまる

 わかりですよ。』

新藤幸太郎にしてみれば、もう仰天することばかりで。

『いつも、こんな贅沢しては

 るんですか。

 女優の高島萌さんですよね。

 小林君と僕の給料で、これ

 は贅沢過ぎませんか。

 しかも、高島さんに向かっ

 て姉さんだなんて。』

勘太郎が笑顔で。

『新藤君・・・

 紹介するよ。

 俺の家内で、女優やってる。

 高島萌や。』

『ぇぇ~・・・。』

1日で、何度叫び声を上げただろう。

1日で何回驚かされたのだろう。

警察庁刑事局長の息子で、キャリア組のエリート。

敏腕過ぎるほど鋭敏な刑事。

挙げ句のはてに、超美人の女優、高島萌を嫁にもらっている。

普通であれば、冗談ではないと、妬み嫉みの対象になってしかるべきだが、嫌みがない勘太郎の性格なのか、腹が立たない。

『アラーの神に、変な導きを受けたんでしょうか。』

小林が木田に訊いている。

『アホ言え。

 なんぼなんでも神さんが殺

 人事件に導くかい。

 早良さんも、同じやで。』

勘太郎が真面目に答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る