白球のシンデレラ

第18話 ピッチング

　今日の先発である澪がマウンドに立つ。

　捕手を務める千尋が澪に近寄り、声を掛ける。

「確り腕を振っていこう」

　千尋の言葉に澪は頷いた。

　千尋は澪の表情から今日の調子を確認するが、問題なさそうだと判断して、自身のポジションに戻る。

　澪の優れているところは、マイペースの極致に至っているのか、試合展開や内容などの状況変化に一切影響を受ける事なく、試合中に調子を狂わせたりしない事だろう。

　スタミナや怪我など身体的要因により調子を崩す事はあるが、精神的要因で調子を崩す事はない。安定感のある非常に計算の出来る投手というのが、彼女の最大の魅力である。

　なので千尋は、わかっていても捕手といて投手の様子を確りと把握するのを怠る事はしない。

　相手の一番打者が左打席に入る。

　千尋は初球、インローにフォーシームのサインを出す。サインに頷いた澪は、千尋の構えるコースに精密に投げ込む。

　バッターはバットを振る事なく見送り、ストライクとなった。

　二球目、スラーブのサインを出した千尋は、アウトローにミットを構える。

（ストライクゾーンからボールに逃げる球でいい）

　サイドスローである澪の投球フォームと、変化の大きい彼女のスラーブは、左打者にとって非常に遠くに逃げる様に感じるだろう。初球のインコースに投げたフォーシームの効果も相まって、尚更遠く感じる筈だ。

　そのスラーブを打者は空振りしてしまう。これでカウントはツーストライクになりバッターを追い込んだ。

　そして三球目は、インローにスクリューを投じた。

　二球目のスラーブの残像が残っていた打者はバットを振る事が出来ず、見逃し三振してしまう。

　澪と千尋のバッテリーにとって、外に逃げるスラーブからの内を抉るスクリューは、左打者に対して鉄板の配球だ。

　勿論、同じパターンばかりだと相手に読まれてしまうので、ワンパターンにならない様に千尋はリードしている。もっとも、わかっていても打てるかどうかは別問題だが。

　見逃し三振した一番打者は、ネクストバッターである二番打者に一言二言耳打ちしてベンチに戻っていった。

　投手の球種や球筋を伝えたのだろう。

　そして、二番打者が右打席に入った。

　千尋は初球、インローにフォーシームを要求する。

（ボールでいい）

　内角のボールゾーンでミットを構えた千尋に澪は頷き、要求されたコースに確りと投げ込む。

　投じられた球をバッターは余裕を持って見送り、ボールとなる。これでカウントはワンボールとなった。

　二球目はフォーシームをインハイに投じた。

　投げ込まれたフォーシームは確りとストライクゾーンの際どい所に入り、バッターは見送る事しか出来ず、ストライクとなる。

　そして三球目、千尋はアウトローにチェンジアップのサインを出す。

（これで終わるかな）

　千尋の読み通り、チェンジアップにタイミングをずらされたバッターは、勢いのない打球をサード前に転がされた。

　サードを守る涼はボールを確りと捕球し、ファーストの攸樹に送球してバッターをアウトにした。

「ツーアウト！」

　ツーアウトになったところで、涼が場を引き締めた。

　打席にはネクストバッターである三番打者が右打席に入っている。

　三番打者には初球、スクリューをアウトローに投じた。

　バッターはバットを振り抜き打球を捉えたが、打球は一塁線を切れてファールとなる。

　千尋は二球目、インハイにフォーシームのサインを出す。

　サイン通りに投げ込まれたフォーシームに、バッターは仰け反り、ストライクとなった。

　サイドスローである澪のフォーシームはクロスファイアとなり、右打者の胸元を抉る武器となるのだ。

　そして三球目、千尋は澪にサインを出す。

（練習試合だし球種を隠す必要はない。遊び球なしでいく）

　千尋のサインに頷いた澪は、アウトローに投げ込む。

（ストライクゾーンからボールに落ちる球で決める）

　澪が投じた球は、彼女の伝家の宝刀であるスライドパームだ。

　バッターはフォームを崩され、ボールの大分上を振る事になってしまう。結果、空振り三振してしまった。

　これで三者凡退となり、初回の守備を終えたのである。

◇　◇　◇

　試合は現在九回裏であり、五対一と鎌倉学館がリードしている。

　レンがツーランホームランを放ち、今日は三打点の活躍だ。セラと攸樹も一打点ずつあげる活躍をしている。

　先発である澪は六回一失点と好投し、七回から継投した真希が七回、八回を無失点に抑えた。

　そして九回裏のマウンドには、レンが立っていた。

「一回だけだし全力でいくよ」

「わかった」

　レンはこの回を抑えれば試合終了なので、ペース配分を考えず、全力で行くと千尋に宣言した。

　初球、フォーシームをアウトローに投げ込んだ。

　投じられた球は、千尋のミットに勢い良く吸い込ませていく。バッターは見逃して、ストライクとなる。

　スピードガンを片手に球速を測っていた鎌倉学館のベンチでは、驚きの声が上がっていた。

「一四一キロっ！」

　瞳の声に反応して、ベンチでは驚きが伝播していく。

「超高校級の球速ですね」

　レンの能力には脱帽するしかない様子の早織である。

　高校歴代最高球速は一四八キロである。

　一四〇キロを越える球を投げる投手はプロでも少ない。

　それを一年のこの時期で既に投げられるレンは物凄い事だ。

「とは言え、ペース配分を考慮しなくて良い一イニングだけの登板だからこその球速でしょう」　

　早織の分析通り長いイニングの登板だと、現段階では厳しいだろう

　二球目は、インハイにフォーシームを投じる。

　バッターは堪らず空振りしていまう。これでツーストライクと追い込んだ。

「今度は一四〇キロです」

　スピードガンを確認した瞳は、すかさず球速を告げる。

　そして三球目は、アウトローにスプリットのサインを千尋は出す。

（三球で仕留める）

（了解）

　サインに頷いたレンは、要求通りのコースにスプリットを投げ込んだ。

（フォーシーム！）

　バッターはフォーシームだと判断して、バットを振り抜くが――

（違うっ！？　スプリットっ！！）

　バッターの手元で鋭く落ちるスプリットに、バッターは空振りしてしまった。

　三球三振だ。

「・・・・・・あのスプリット、一三六キロでしたよ」

「あれは打てませんね・・・・・・」

　フォーシームと殆ど球速の変わらないスプリットに、早織も若干引き吊った表情を浮かべる。

　フォーシームとスプリットの球速が近ければ近い程、判別は難しい。

（ヴィルケヴィシュテさんには、クローザーを任せるのが良いかもしれませんね）

　レンの投球を見て、早織は彼女の登板方針を固める。

　そうしてレンは続く打者二人も三振に取り、三者三振で試合を締めるのであった。